9話
「せあっ!!」
俺から一言発せられると同時に、細く、銀色の形をしたその剣は宙を斬った。
そして、何が起きたのかわからない蟹は、俺に一発お返しでもしようとしたのか、いつの間にか再生している腕で俺に殴りかかろうとした。
が、蟹の体に斜めの一本の切れ目が入ると、そこから徐々にスライドされるように体の上半分がずれていく。
俺の方へと近づけていた腕も体の動きには逆らえず、俺のもとから少しずつ離れていった。
「…これが、最強って言われる剣士の実力か」
蟹の足元近くで俺を見守っていたガレアは一言そう呟いた。
そして、ふと不敵な笑みを浮かべると、兵士たちの方へ振りかえった。
「だから、言っただろ?」
ガレアの声には誰も反応せず、近くにいた兵士もただ倒れていく巨大蟹の様子を呆然と眺めている。
ガレアはその様子をみて無視されたことに気づくと、はぁ…と一つため息を吐き、周りの兵士たちを見回した。
が、どこにいる兵士も近くにいた兵士と同じような反応である。
「まあ、そりゃあ、自分たちがあれほど手こずった相手があんな風に倒されるのを見ると、こうなっちまうのもわからなくもねぇけどよ…」
すると、1人、この兵士達の中遅れてきたのか今馬を降りた女兵士にガレアは気づいた。
…今更ここにきたところでもう敵は片付けちまったんだけど。
それに女って…、何しにきたんだよ。
ガレアはその女兵士のもとへと頭を掻き毟りながら近づいていった。
俺は現在。飛び乗った蟹から降りられずかなりのピンチ状態であります。
いや、高所恐怖症なの!さっきは勢いで上まで上がってきたけど、降りるときになると怖くて足が動かなくなるんだよ…。
興味本位で木に登ってみたもののそこから降りれなくなる…、自分でもこんな猫みたいな失態を犯してしまうとは思わなかったんです。
…お願いだから誰か助けてくださいぃ…
まあ、そんな願いなど叶うはずもなく、力を失った蟹の右斜め半分の胴体は勢いよく下に降下し始めた。
高所恐怖症の俺にとってこれは一生のトラウマもんである。
力はないけど運動神経ならそれなりにある俺なら、まあ落ちてもなんとかなったかもしれない。
しかし、今まったく俺の体は動かないので…。
「やばいやばいやばいやばい…!!」
まあ、俺が何を言おうと重力がいうことを聞いてくれるはずもなく、俺の体は自然と下へと加速していく。
そして、頭が真っ白になる瞬間、俺は背中に体温のような暖かさを感じた。
………
………………
「…あれ、ここどこ?俺もしかして死んだの!?」
するとそこには幼い頃の俺が隣で剣を振るっていた。
おそらくここは、俺が幼年時代に過ごした街の中心部だろう。小さい頃の俺もいるし、夢でもみてるのかな。
あぁ、そういやこの頃から剣を習い始めたんだったっけ。…でも、誰に?
俺は1人で修行をしていたわけではなかった。誰かに教えてもらって、ここまで剣術を鍛えあげたからだ。だけど、誰に教えてもらったのか…という記憶が全くといっていいほど残っていない。
すると、小さい頃の俺のまえに1人の男性が近寄ってきた。
…あの顔は、見たことがある。いつも朝起きたときに目に入るところに飾ってあるし。
「ベル兄さんっ!!剣の使い方教えてよっ!!」
小さい頃の俺はそう言うと、その男性に勢いよく飛びつく。そして、自慢の木刀をその男のまえに差し出した。
…あれ、俺ってベルさんとこういう関係だったっけ。
いや、なんでだ…思い出そうとしても全く思い出せない。
そういや俺は、この人の写真を部屋に置いてるくらいなのに、ベルさんのことを顔と名前ぐらいでしか覚えていない。
普通ならありえないことなのに、なぜか、自然と俺の中ではそれが普通になっていた。
「ゔっ……」
そして、ベルさんのことを考えようとすると、毎回頭が痛くなる…。
この、今見ている様子だと、俺とベルさんは師弟関係なんだろうけど…全く記憶にない。
俺とベルさんの間になにかあったんだろうか…
俺が悩んでいる途中、一瞬で周りの景色が変わり、目の前にフランが大泣きしている姿。そして、大声で叫んでいる俺の姿が映った…。
……
…………
「おい、ちっこいの。大丈夫か?」
目を開けると、呆れた顔をしたガレアと、今にも泣きそうなくらいに心配そうな表情をしたセリーヌさんの姿があった。
…やっぱり、今のはただの夢だったのか。変な夢だったけど…
なんでセリーヌさんがここにいるの!!?
また、意識が飛びそうになったところをなんとか堪え、俺は「…だ、大丈夫。です」といいながら、寝ていた体を持ち上げた。
よく見ると、セリーヌさんは前着ていたドレスのような格好ではなく、頑丈そうだけど軽量な鎧を身にまとっていた。…もしかして、セリーヌさんも参戦するつもりだったのだろうか。
そうだったんなら、早く倒せて正解だったかも。
「ね、ねぇガレア…さん。どうしてセリーヌさんが…」
「お?いや、お前があのデケーのを倒したときに馬から降りてるのを見かけてさ?あまりに可愛かったんで声かけようとしたわけよ。するとさー、ザックちゃんが危なっムガ…」
ガレアがペラペラと事情を説明している最中、セリーヌさんが真顔でガレアの口を塞いだ。
あれ、この2人って顔見知りなのかな?初対面には見えないんだけど…。
「ザックちゃんが危なかったのでこの人に助けるのをお願いしただけです」
なんとなく現状は理解できたけど、なんでセリーヌさんはガレアの口を塞いだのかな…。それに俺のことちゃんづけで呼んでたっけ…。
すると、セリーヌさんはそれに気づいたようで、ゴホンとわざとらしく咳払いをし、俺から顔を背けた。
が、瞬時に開き直ったようで「今度からザックちゃんとお呼びしてもよろしいでしょうかっ!」と身を乗り出して俺に合意を求めてきた。
「え、いや…はい。別に大丈夫だけど…」
ってなんで泣いてるの!!?
目の前にいるセリーヌさんはなぜかその俺の反応で大量の涙を滝の様に流していた。お、俺そんなに悪いことしたかな!?
いや、してないと思うけど…。
「え、えと、ごっごめんなさい」
「はっ、いや!違うんです!!これはそういうことではなくて…」
セリーヌさんは慌てて弁解してくる。
…次はセリーヌさんを逆に困らせてしまった。
やっぱり俺はだめな奴だなぁ…。
俺がしょぼんと顔をしたに向けていると、ガレアのずっしりとした手のひらが俺の頭の上に乗っかった。
そして、もう少しシャキッとしろよとでも言うように、バンバンと頭を叩いてくる。
「わかったよガレア、わかってるから…」
「うるせぇ!!なんでセリーヌ様がお前ばっかに構ってるんだよぉ!俺はっ!?」
…ただの嫉妬だった。