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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
死からはじまる物語
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人喰いの影 3

 フィアとリリスは人間たちがいるであろう場所へ急いだ。


「ここ、あぶないわね。落ちないようにしなきゃ」


 魔法車一台通るのがやっとといった幅の崖道だ。フィアとリリスは崖の下を恐る恐る覗き込む。こんなところから落ちた程度では互いに死にはしないが、さすがに痛そうだ。


「あ、リリス!」


 大きく曲がった道の先、今まで死角になっていたそこに人間の男たちが三人いた。それぞれが大きなカゴを背負い、なにやら途方に暮れている様子である。

 そんな彼らの先には巨大な岩があった。どこから現れたのかフィアにはわからぬそれによって、集落への唯一といえるこの崖道がふさがれて困っているのだろう。


「おっきい石だね」

「そうね。落石?」


 リリスが顔をしかめ、頭上を見上げる。

 フィアはリリスの言葉に首を傾げた。上から落ちてきたには大きすぎる気がしたのだ。


「いやぁ、こりゃ落石じゃないだろ」


 男のうちの一人がフィアたちに気づいて近づいてきた。


「お二人さん、うちの里にくる予定?」

「そうだよ。さっき乗り合い魔法車降りて、ここまで歩いてきたんだ」


 フィアの言葉に男は困ったように頭を掻いている。


「そうか。じゃあとんだ災難だなぁ。俺たちも用があって里の外に出てたんだが……やっとこ帰ってきたらこれだ。三人がかりで押してもびくともしねぇ。しかもこの岩、怪しいだろ?」

「怪しい?」


 リリスの問いかけに男が渋い顔で頷く。


「まるで通せんぼするみたいじゃないか。ただの落石じゃあない」

「通せんぼって……。こんなところで足止めしてどうするのよ?」

「さあなぁ。これやった奴に聞いて欲しいよ。ただでさえこの辺は物騒な噂が多いんだから」


 困った、困ったと呟く男にフィアは思い切って尋ねた。


「人喰いのこと?」


 フィアの問いに男はびくりとする。恐る恐るこちらを振り返ったその顔は蒼白だ。


「あ、あんなのは噂だよ。悪い噂だ」

「ふぅーん。そう言う割に真っ青だけど」


 リリスの指摘に男は慌てて顔を背けた。


「あ、当たり前だろ。下手すりゃ今夜一晩こんなとこで過ごさなきゃならないんだ。たとえ噂でも気味の悪い噂なんか思い出したくもない」

「ねぇねぇ。おじさんはこの先の集落の人だよね。じゃあ、人がいなくなったって話について詳しいの?」

「嬢ちゃん、人喰いに興味でもあるのか?」


 怪談好きな子どもだと思ったのか、男は呆れた顔でフィアを見下ろした。


「うん」

「はぁー。これだから、子どもは……。いいか。一つ言っとくが、うちの里からは行方不明者は一人も出ちゃいねぇよ。ただうちに寄ってそこからの行方が分からないって奴は何人もいる。でもな、それだけじゃ俺たちにはそいつらに何があったかなんて分かりゃしない。里の先にはでかい吊り橋があってな。そこは昔自殺の名所なんて言われてたから尚更だよ」

「吊り橋……」


 思いがけない言葉にフィアは瞳を輝かす。

 あれは大好きだ。ぜひ渡ってみたい。これは人喰いの件は別にしても、なんとしても彼らの里に行かねばならぬだろう。

 同じように吊り橋に心惹かれたらしい。隣でリリスがうっとりと呟いているのが耳に飛び込んだ。


「吊り橋……。吊り橋といえば吊り橋効果。もしかしたらときめきを味わえるかも……」


 フィアは吊り橋効果とは何であろう、と首をかしげる。

 そんな二人の様子に呆れたのか、男がおいおいと声をかけた。


「姉ちゃんも嬢ちゃんも呑気だな。さっきも言ったろ。男三人がかりでもあの岩なんとか出来なかったってさ。もう乗り合いの魔法車もこの辺を通らない時間だ。俺たちは今日帰ると里の連中に言ってきた。だから里の連中が、俺らが戻らないのを心配して探しにくるとしたら明日になる」

「つまり……」

「つまり、物騒な噂のあるこんな場所で野宿ってことだ。よその人里まで歩いていこうってのも、難しいぞ。暗闇のなか山道歩けるなら、話は別だが……」

「大丈夫だよ。フィアがあの岩……もごっ!」


 あんな岩破壊してやる、と言いかけたところでフィアは口を塞がれた。リリスがその状態のまま、フィアを抱え男から少し遠ざかる。そしてコソコソとフィアに耳打ちした。


「ごめんね、フィアたん」

「な、なに?」

「確かにフィアたんや私にはあんな岩投げ飛ばすのも破壊するのも容易いけど……。でも、そのままにしましょう」

「んにゃ?」


 あの岩がそのままではこの場所で野宿することになるではないか、とフィアはリリスを見つめる。

 フィアはシェイドとの旅の経験もある。だから野宿も平気だ。あまり気にしない。人喰いとやらも別に怖くないから問題ない。

 だがリリスは野宿を嫌がるだろうと思ったのだ。しかし彼女はあえて野宿する道を選ぶという。


「んー。野宿は微妙だけど。あの岩怪しいって彼らも言ってるでしょ。もしかしてあれは獲物を足止めするための物かもしれない」

「獲物を、って……人喰いが?」

「そうよ」

「そっか。じゃあ野宿してたら襲ってくるかも」

「そうそう。こっちから探す手間が省けるわ。ついでに人喰いがイケメンだったら私から襲って……。あ、ごめんね。なんでもないわ」


 うふふと笑うリリスにフィアは曖昧に頷いておく。

 ふとそこで気になったことがあり、リリスに尋ねた。


「あのおじさん達、フィアたちのこと人間じゃないって気づいてない……?」

「あっ、ええ。ごめんなさい。彼らに接触する前に、勝手に幻術かけといたの」


 だから、あの岩をなんとかしてくれと頼まれなかったのかとフィアは納得する。

 そして意外にもリリスの判断が的確なのに驚いた。

 今や人間界では高位の魔族は必ずしも身の危険を感じる相手ではない。ウロボロスの活動がなくなった今でも、魔族たちは旅行や何やらで人間界をウロウロしているものが多い。原初のエルフの一件以来、人間界でその存在を受け入れられやすくなったのも一因だ。

 だが今回の一件ではフィアたちが高位の魔族、神といった力ある存在であることが知られると調査に余り良い影響を与えない。人喰いとやらがどんな生き物で、どれほどの力を持っているかは分からない。だがフィアやリリスのような大きな力を持つ存在が自分たちを探しに来たと知れば、隠れてしまう可能性が大きい。

 そうされない為にも、リリスの行った幻術で自分たちを人間だと思い込ませる対策は必要不可欠と言えた。

 やはりリリスは突拍子も無いところもあるが、ちゃんとしたオトナなのだとフィアは安心する。

 正直なところ、自分一人では力押しで解決する羽目になるかもと考えていたのだ。


「不審者がでるのは暗くなってから。夜を待ちましょ」


 そう言うとリリスは片目をつむってみせた。


 ※※※


 パチパチと焚き火から音が聞こえる。

 夜になった。不気味なくらい静かな夜だ。虫の鳴き声も、葉ずれの音も、何一つ聞こえない。風すら殆どふいてない夜だった。


「薄気味悪いな」


 三人の男のうち一人がぽつりと呟く。皆黙って頷いた。

 あの後、リリスとフィア以外にここを通りがかる者はなかった。フィアが停留所を降りてから気になっていた怪しい気配も感じなかった。

 だが日がくれた途端、フィアは身体に絡みついてくるような視線を感じる。

 リリスにだけはそれを伝えていた。あえて人間たちを怖がらせる必要はないだろう。

 このままでは怖い目にあわせてしまう確率が高いが、彼らに恐怖心を植え付けたくなかった。いつ化け物が襲ってくるか、とハラハラしながらここで夜を過ごさせたいとは思わなかったのだ。何しろ絶対に襲ってくるとは言い切れない。

 それに先ほど彼らから聞いた話ではこの近隣の集落の住人の中から行方不明者は出ていない。ということは、万が一人喰いが襲ってきても、彼らは狙われない可能性もある。

 その理由はわからぬが。

 人喰いには人喰いの事情があるのかもしれない。

 その時、背後で小石が転がるかすかな音がした。

 その場の五人がはっと顔をあげる。緊張が走った。

 誰かいる。生まれてこのかた知らない気配、知らぬ存在にフィアは僅かな嫌悪を感じた。それはフィアが神であるからかもしれない。神は世界であり、世界は神である。世界に歓迎されていない異端を感じ取ったのだろう。

 だが、そのせいかフィアの対応が少し遅れた。代わりにリリスが近づいてきた不審者からフィアを守るべく動いた。

 フィアの身体に軽い衝撃が走る。どうやらとっさにリリスから突き飛ばされたらしい。


「うにゃっ!」

「きゃー、何するのよ!」


 リリスの悲鳴が耳に飛び込んだ。フィアは地面に転がった姿のまま、慌てて顔を上げる。

 その視界に入ってきた光景は、リリスが二人組の背格好からは男だと思われるそれに抱え上げられ、連れ去られそうになっている姿であった。

 何てことだ。運が悪いとしか言えない。


「やだ……。すっごく素敵。超イケメン!」


 やはり、とフィアは項垂れる。予想は当たってしまった。


「何これ。新しいナンパなの。それとも一目見て私に運命を感じたから、無理やり連れ去って結婚しようとかそういうことかしら……!」


 凍りつく空気に気づいた様子もなくリリスは身をくねらせながら、好みのタイプとか新しい出会いの形だとか叫んでいる。

 フィアは思った。

 本当にあの男たちは運が悪い、と。

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