小さな里にて
「これぞ愛の逃避行……攫われてみたいっ!」
リリスを抱え上げていた男二人が困惑したように顔を見合わせているのがよく分かる。暗闇の中だが、そのようなことはフィアにもリリスにも関係ない。
あの二人が何人であろうとも、リリスに危害を加えることは出来まい。フィアはそう判断し、男たちの様子を伺う。
『イケメン』かどうかはフィアにはわからない。だが惚れっぽいことを差し引いてもあのリリスがキャーキャー騒ぐのだ。男は側から見てそれなりの外見の持ち主なのだろうとフィアは思った。
じっと観察し、神の力も用いて男たちが何者か分析を始めたその時。顔を見合わせていた男たちが頷きあい、未だ騒がしいリリスをぽいっと地へ転がした。
「きゃー」
「リリス!」
フィアは慌ててリリスへと駆け寄った。フィアがリリスの元にたどり着く前に、男たちは踵を返し駆け出す。
「大丈夫?」
「ええ。失恋の痛みに比べれば……って、あれっ!」
慌ててリリスが崖っ淵を指差した。確か男たちが走り去ったのもそちらだったとフィアは思い出し、慌ててリリスの指差すほうへと向き直る。
このままでは彼らは崖の下へ真っ逆さまだ。死なれてはこまる。まだ何も聞けてない。
フィアは慌てて彼らへと駆け出した。捕縛の魔法を構築しようとした瞬間、彼らは飛んだ。
「と、飛び降りた?」
リリスも慌てて駆け寄ってくる。二人は真っ暗闇の中、崖の下を覗き込む。男たちは所々に突き出た岩場を器用に飛び移りながら、どんどんおりていっている。瞬く間にその姿は小さくなり、やがて見えなくなってしまった。
「フィアたん。あの二人……」
「うん。人間じゃなかったよ……」
フィアは神の力で分析した結果に信じられない思いで俯いた。
あの二人は人間という種の生き物でなかった。ハーフエルフでもなく、勿論エルフや魔族でもない。
一体何者なのだろうか、とフィアは困惑する。この世界では神の創造物でないのはエルフだけ。それ以外は全て先代の神によって創られたものだ。同じく神であるフィアが何者か分からぬなど、あってはならないことだった。
フィアの言葉にリリスは驚いたような顔になる。だが次の瞬間、何故か彼女は顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい。私ったらイケメンだってことにしか気が行かなくて……。あんな至近距離にいたのに、何者か調べもしなかったわ」
勇者のお供失格ね、と落ち込むリリスにフィアは慌てて首を振った。何故かは分からぬが彼女に任せるとろくなことにならない気がする。
「ううん。へいき」
「大丈夫よ、フィアたん。もし次にあったら、イケメンの隅々まで確かめるから……うふふ」
「し、調べるのはフィアがやるから大丈夫だよ。それより、あの二人リリスのこと『人間じゃない』って言ってたね」
フィアはリリスを抱え上げ連れて行こうとした彼らが足を止めた時のことを思い出して、言った。
彼らが足を止めたのは、リリスが言動が予想の斜め上だったからだけではないようだ。しかし、そうなると問題が一つでてくる。
それに気づいたのかリリスがあっと声を漏らした。
「わたしの幻術が効いてなかったってこと……?」
「たぶん」
フィアは軽く頷いた。
魔族の中でも上位のリリスの魔法を見破るその力、あの崖を飛び降りていった身体能力といい只者ではない。しかもそれは神の創造物でないのだ。
一体どこでどのように生まれた存在なのだろう。
そう疑問に思うと同時にフィアの中になんとも言えない嫌悪感がこみ上げてくる。
それはフィアが神だからだ。神は世界であり、世界は神である。その中に己の創造物でない異物が入り込んでいると、こんな違和感や嫌悪感を感じるのだとフィアは初めて知った。
まだ未熟であるが故に、今までは彼らの存在に気付けなかった。だが一度気づいてしまった異物の存在を忘れられやしない。
フィアはどのように生まれたかも分からぬ彼らが世界の存続に仇なす者でなければ、排除したりしようとは思わない。思えない。
だがこのなんとも言えない違和感や嫌悪感とどう共存すれば良いのかと困惑する。
そこでふとフィアは思った。完全な異物であるエルフを己の作った世界に迎え入れた先代の神は、噂と違い懐が深いところがあったのではないかと。
※※※
「いやー帰ってこれて良かった。好きなだけ食ってくれ」
さっきまで怯えていた男と同一人物には思えないほど豪快に笑い、男はフィアたちに食事を勧める。
あの後フィアとリリスは幻術を解き、人間のふりをするのを止めた。接触した人喰いと思われる二人に人間でないことが知られたのだ。最早人間ごっこを続ける意味はない。
これ以上あそこにいても、人喰いたちが戻ってくるとは思えなかった。だから二人は道を塞ぐ岩をどかし、男たちの住む集落へ案内してもらうことにしたのだ。
人喰いの問題は何も解決していない。だが住み慣れた場所に戻ってきたのと、今まで近隣の住人が人喰い被害にあってないこともあってだろうか、男は落ち着きを取り戻している。男の先ほどあんな事件に見舞われたとは思えぬほどの落ち着きぶりに、何があったか聞いた時の里の者たちの反応の薄さに、フィアはなんとも言えない違和感を感じた。しかし、今はそんなことよりも食べ物が大切だ。
フィアは差し出された碗を受け取った。中は具沢山のスープのようだ。嫌いな野菜はひとまずリリスに食べてもらうことにする。そして自分は汁の中に沈んでいた、ムギノミの粉で作ったと思われるモチモチした一口大の具を食べる。思わず笑みが浮かんだ。ほどよく汁の味が染み込んでいる。
その時、奥から男の妻が焼いた肉ののった皿を抱えて来た。この肉は男が仕留めた獣の肉らしい。
フィアは目を輝かせ、碗を置くとすぐさま肉を取り分けた。肉食女子には肉は欠かせない。パリパリとした皮と肉汁あふれる柔らかい身がたまらなかった。
「私たちやっぱり肉よね」
隣でリリスが呟いた言葉にフィアはもぐもぐやりながら頷き返す。
肉食女子が肉を食べずにどうするのか。
「たくさん食べてくださいね。本当にありがとうございました。皆で探しにいこうか、って話をしてたところで……」
男の妻がフィアたちの向かいに腰掛けながら言う。その隣で男もうんうんと頷いていた。
リリスは肉を一口大に切り分けながら、ちらちらと目の前の夫婦の様子を伺っている。フィアもなんとなく彼女の気持ちが分かった。ある程度お腹が膨れてきて、食べ物以外のことを考えられるようになったからだろう。
この夫婦はどこか変だ。いや、この夫婦だけでない。フィアたちとともに男たちが帰ってきたのを安心した表情で迎えた者たちもそうだった。先ほどの違和感を思い出す。
フィア達が語る、人喰いと思われる者の話を聞いても動揺が少ないのだ。もしかしたらここを襲ってきて、リリスを連れ去ろうとしたかのように誰かを連れ去ろうとしたりするのでないか、と案ずることすらない。
まるで自分たちの安全を信じ込んでいるかのようだ。
しかし、そうなると疑問は残る。未知の存在、それも自分たちより優れた能力をもつそれに何の脅威も感じないなどあり得るのだろうか。
フィアはふと思った。
もしかしたら、この近隣の住人たちは何かを隠しているのかもしれない、と。
※※※
その夜、フィア達は里の長に一室を借りた。
湯で身体を清め、布団に入り、うとうとし始めたその時。フィアは隣に横になっていたリリスに声をかけられた。とても小さな声だったが、フィアには問題なく聞こえた。おそらく家の者に聞かれることを危惧して、極めて小さな声で話しかけてきたのだ。
「フィアたん。変じゃない?」
「うん……。変だよね」
人喰いらしき者の出現に対する反応としては、彼らのそれはとても薄い。ここを襲ってくるのを警戒する様子すらない。
あんな風に岩で里へ繋がる道を塞がれていたというのに。
「フィアね。思ったんだけど、あの岩はフィアたちを足止めするためのもので、ここの人たちが巻き込まれたのはたまたまだったのかなって」
「そうかも。フィアたん言ってたものね。停留所で降りた時から、誰かに見られてる気がするって。でも……もし狙いが私たちだったとしても、人喰いに対するここの住人の警戒心のなさはおかしいでしょ」
フィアは薄暗い中、天井を見つめる。一つの可能性。だが、何故という思いも捨てきれない。
フィアは耳をそばだて、そっと扉の外の様子を伺った。とても静かだ。この家の住人はすでに休んでいる。
それを確認し、フィアはおもむろに口を開いた。
「たぶん、ここの人たち、人喰いの事件の共犯なんじゃないかな」




