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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第八章 神様と元勇者と変わる世界
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元勇者、寝込む

「んにゃー。難しい……」


 フィアは机に突っ伏した。目の前には先代の神が人間を創った時の資料が山積みとなっている。人間の魂を弄る為にはまずそれがどのように創られているか知らねばならない。だが難しいことがずらずらと並んだ資料を読むのだけでも一苦労だ。


「神様」


 目の前からミカエルの声が聞こえフィアは顔をあげた。


「なあに?」

「ルシファーが……」

「よ、お子様神様。大変そうだな」

「勝手に入るな、ルシファー!」


 突如ミカエルの背後に転移で現れたルシファーは彼を押しのけフィアの目の前に立った。そしてひょいと積み上げられた資料を手に取り、それが何か確かめている。


「出来損ないの件か」

「うん。フィアに何か用?」

「そう。先日頼まれた人間界の魔物を魔界へ移り住ませる件だ。各魔王の間では合意した。だが念のため全魔界会議を開く。お前も参加するように」

「わかった」


 フィアは真剣な顔で頷いた。

 先日シェイドの話を聞いて決めた人間界の魔物を魔界へと全て移すこと。それによって勇者という存在をなくすこと。その為に魔界へ協力を依頼していたのだ。

 そこでふと疑問に思った。何故そのようなことを知らせる為に、魔界の支配者自らがここを訪れたのだろうか。普段ならば彼の下で働く者がやってくるところだ。


「ねえ、なんでルシファーが来たの?」

「……それは、息抜きの為だ」

「ようするにサボりです、神様」


 サボり、の言葉にフィアはつい視線が鋭くなる。自分だって友達と遊びたいのを我慢して仕事をしているのだ。

 フィアの睨みに気まずそうなルシファーは視線を泳がせて言った。


「私もたまには息抜きくらいする。お前だって仕事をするときもあれば、遊ぶ時間もあるだろう」

「う……それはそうだけど……」

「ほら見ろ」


 勝ち誇ったようなルシファーの言い方にフィアは思わずふくれっ面になった。ルシファーはそう言うが、フィアとて仕事の時以外はいつも遊んでいる訳でない。最近では幼体義務教育の勉強まであるのだ。


「あーあ。誰か神様かわってくれないかなぁ」

「私も魔王の座を誰かに譲りたい」


 性別と歳は違えど、そっくりな顔をしたフィアとルシファーの二人は同じように嘆き、ため息をついた。



 ***



 フィアが天界で難しい資料を読んでうんうん唸っている時、シェイドは急な発熱で寝込んでいた。


「あー、やばいな、これ。もしかしてリュウカンか……」


 燃えるように熱い額に手を当てて、ため息をつく。そういえば、最近リュウカンが流行っていた。このところ病気をすることがあまりなかったから油断したらしい。

 安静にしていれば十日程で治るだろう。問題はその間家の中のことをどうするか、だ。店は休めば良いが、家事については別だ。

 最近こそフィアは料理が出来るようになったが、一人で何かさせるのは不安がある。家を火事にしてしまうのではないか、とか諸々。それに料理だけではない。洗濯や掃除だってあるのだ。それら全てをフィアに任せたら、病から復帰した時には家の中がメチャクチャになっている可能性がある。

 なんだかんだ言ってもフィアはまだお子様なのだ。家事を全て幼児に任せる訳にはいかない。

 そう考えたシェイドは枕元に置いていた保護者フォンを取り、連絡先一覧を開いた。そして近所に住む研究狂いのエルフ、エルヴァンの連絡先を探す。彼も最近魔界のこの通信機器に興味を持ち、似たような物を創ったのだ。おかげで簡単に連絡を取ることができる。

 何回かの呼び出し音の後、エルヴァンは通話に応じた。


「——というわけなんで、申し訳ないんですが、子ブタちゃんお借り出来ませんか?」

「いいよ。すぐそっちにやるから」


 事情を話せばあっさりとシェイドの頼みに応じてくれた。

 ちなみに子ブタちゃんはエルヴァンが創った魔法生物である。見た目は猪を家畜化した動物ピッグだが、二足歩行をし、家事全般と研究の助手までこなせる。フィアが復活したばかりの頃、シェイドがぎっくり腰になり寝込んだことがある。その時も子ブタちゃんに来てもらったのだ。

 あの時もフィアが大騒ぎして大変だったとシェイドは思い出し笑いをこぼす。今日も帰ってきて自分のこの姿を見たら、慌てふためいて近所の老医師の所へ駆け込み、無理矢理医者を連れて来そうだ。

 そういえば二十五年前、一緒に旅をしていた時にもシェイドは酷い風邪にかかり寝込んだことがある。その時まだ人間のことなど良く知らなかったフィアは一度とどめを刺して、蘇生魔法で復活させたら病気が治るのではと言っていた。まさかそれをやられるとは思わないが、ついうっかり殺されないように気をつけよう。

 そんなことを考えていると、ぱたぱたと廊下を走る足音が聞こえてきた。これはフィアのものだ。今日は魔界のベルゼブブの城で勉強した後、天界で仕事をし、夕方前に帰ってくると言っていたのを思い出す。少し早いが神様業が終わったのだろう。


「シェイドー、シェイドー」


 フィアはシェイドの名前を呼びながら家中を探しているようだ。いつもシェイドは店頭にいなければ、台所か茶の間にいる。まずそちらから見てまわっているのだろう。

 徐々に声と足音が近づいてきた。襖越しにフィアが呼びかけてくる。


「シェイド、お部屋にいる?」


 シェイドは咳払いをし、声がでるか確認してから、襖の向こうのフィアに応えた。


「ああ」

「開けるよー」


 勢い良く襖が開かれ、フィアが入ってくる。一歩部屋に足を踏み入れた彼女は、シェイドが布団を敷いて寝ているのを見て目をまん丸にした。恐る恐る布団のそばまで歩みより、枕元に座る。


「シェイド、どうしたの?」

「いや、急に熱が出て。多分リュウカンだと思う」


 そっとフィアが小さな手をシェイドの額に伸ばし、触れた。手が触れた途端彼女はぎょっとする。


「うにゃっ! シェイドすごい熱だよ!」

「あ、ああ……でも寝てればなお……」

「フィアお医者さん呼んでくる!」


 フィアはシェイドの言葉を最後まで聞くことなく立ち上がった。そして瞬く間に転移魔法でその場から消える。

 シェイドの予想通りだ。きっと間も無く老医師を引きずって現れるだろう。心配してくれるのはありがたいが、暴走して他の人に迷惑をかけるのはあまりよろしくない。

 一番よくないのは自己管理が行き届かず、病気になってしまった自分だけれど。

 シェイドはこみ上げる寒気に掛け布団を首元まで引っ張り上げ、目を閉じた。



 ***



 大変だ。シェイドが死んでしまう。

 フィアは以前一度だけ行ったことがある近所の医者の元に転移した。


「おわっ」


 突如目の前に現れたフィアに驚いたのだろう。近所の老医師は目をぱちくりしている。


「大変! シェイドが死んじゃう!」

「勇者殿が?」


 首を傾げのんびりと返された言葉にフィアは焦れて、老医師の腕を取る。


「そうだよ! 早く! 早く!」


 フィアの怪力でぐいぐいと引っ張られ、引きずられ始めた老医師は慌てて同じ部屋にいた看護師から往診用のカバンを受け取った。

 急がねばならない。あんな高い熱が出ているのだ。ただ事ではないだろう。

 フィアは医師を連れ、再びシェイドの部屋に転移した。


「シェイド! お医者さん連れてきたよ!」

「え、ああ。すみません、先生。こいつ無理矢理引っ張って来たんじゃないですか?」

「いやいや、ちょうど患者が途切れたところだったから大丈夫。ところで……どれ、どうしました?」


 フィアが真剣な眼差しで見守るなか、老医師はシェイドにあれこれと聞き、胸に何かを当てたり、口を開けさせて覗きこんでいる。一通りの診察が終わり、老医師はカバンの中から薬の包みと思われるものを取り出した。そしてそれを枕元に置いて言った。


「恐らくリュウカンでしょうな。最近流行っていますから。しばらく安静に」

「はい、ありがとうございます。フィア、先生をちゃんと送って差し上げろ」

「はーい」


 シェイドが心配だからそばについていたかったが、無理矢理ここへ医師を連れてきたのは自分だ。フィアは立ち上がると、老医師を連れて再び診療所へと転移した。

 フィアが今度こそ本当に家に戻り、シェイドの部屋に入ると、そこには子ブタちゃんがいた。


「フィア、俺は何日か寝込むと思う。エルヴァンさんに子ブタちゃんを借りたから、家事については問題ない」

「うん……。シェイドお薬は?」

「夕食食べた後に飲むよ。子ブタちゃん、お粥か何かを頼む。量はそんなに要らないから」


 子ブタちゃんは一つ頷くと、シェイドの部屋を出て行った。既に夕方になろうとしている。夕食の支度に取り掛かるのだろう。

 フィアはシェイドの枕元に座った。彼の枕元には氷結魔法で作り出したのであろう氷水が入った盥があった。フィアは彼の額にのせられた布を手に取る。既にぬるくなっているそれを盥の氷水に浸し、絞ってからまたシェイドの額にのせた。


「シェイド……早く元気になってね……」


 心配だし、何かあったらと思うと心細い。そんなフィアのか細い声が聞こえたのか目を閉じたシェイドは小さく頷いたように見えた。

 子ブタちゃんがお粥を持って部屋にやってくるまでの間、フィアは身じろぎもせずその場に座り、シェイドの顔を見ていた。襖が開かれる音ではっと我に返る。子ブタちゃんはフィアに盆を渡し、フィアの分の夕食も出来ていることを伝えてから部屋を出た。

 二人の話し声で目が覚めたのだろう。先ほどまで寝ていたシェイドが目を開ける。


「シェイド、ご飯だよ」

「ああ」


 シェイドはだるそうに身体を起こし、座った。喉が渇いたのだろう。枕元の水差しから杯に水を注いで飲んでいる。

 フィアは小さな土鍋の蓋を開けた。湯気とともにほのかに甘い香りがする。出来たてで少し熱そうだ。フィアは匙で掬い、息を吹きかけて冷ました。そしてそれを口に運ぶ。

 お粥を食べるのは久々だが、なかなか美味しい。そういえば子ブタちゃんは料理がうまかった。もう一口食べて、視線を感じて顔を上げるとシェイドがフィアを困ったような顔で見ていた。


「どうしたの?」

「いや……あの、それ俺のじゃないか?」

「うにゃっ!」


 ついもう一口食べようとしたフィアは慌てた。

 しまった。熱そうだから冷ましてあげようと思ったのに、つい食べてしまったのだ。


「こ、これは味見だもん……」

「そうか……」

「は、はい。シェイド。熱いから気をつけて!」


 あたふたとフィアは土鍋ののった盆をシェイドの膝の上にのせる。


「ほら。フィアも食事できてるんだろ。食べてこい」

「うん……」


 フィアは渋々と立ち上がると、シェイドのことを気にしつつも部屋から出て、己の夕食をとるために茶の間へと向かった。



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