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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第七章 神様の初恋とヴァレンタインの巻
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死闘・恐怖の館

 まさに魔窟だ。

 ここはおそらく……台所であろうと思う。しかしあまりに物が溢れておりどこにコンロや流しがあるのかすら分からない。

 フィアは思った。リリス、物を積み上げ過ぎだ、と。それにこんな惨状でどうやって夕食を作り、チョコレート作りの練習をするつもりだったのだろうか。彼女の言う片付けたとは、一体どこをどう片付けたのだろう。何だか洗濯をしてくれると言っていたが、そちらの方も不安になってくる。

 フィアは落とした袋を拾い上げ、どこか置ける場所はないかと見回したが、見つけられなかった。仕方なくかろうじて床が見えている部分を探し、飛び移るように歩いて奥に見える冷保存庫の前にまで行った。そして一呼吸し、覚悟を決めてからその扉を開ける。何が出てくるか分からないからだ。

 開けた扉の中を覗いたフィアは拍子抜けした。その中には飲み物しか入っていない。お酒が並んでいるだけで、大きな庫内はガラガラだ。

 良かった、と安堵し買ってきた食材を仕舞う。いつもシェイドのお手伝いをしている通りに、だ。全て冷保存庫に仕舞うと、フィアは台所を見回した。

 これは片付けねばならない。いやここだけじゃない。自分は今日、明日とここに泊まるのだ。こんな所で寝泊まりし飲食するのは遠慮したい。

 フィアは意を決して、リリスを呼びに行った。もちろん二人がかりで大掃除をする為に。



 ***



 リリスは死んだ魚のような目をしてベッドでゴロゴロしている。同じくベッドに寝そべりテレビを見ているフィアは、きっと自分も同じような目をしているだろう、と思った。

 リリスの部屋の大掃除は先ほどやっと終わった。二人がかりではいつまでたっても終わりが見えない。止むを得ずフィアはゴーレムまで創り出し、掃除を手伝わせたくらいである。途中、ミカエルを呼んで手伝ってもらおうかと思い、彼女に提案したが——とんでもないと真っ赤な顔で断られた。

 リリス曰く、女子の恥じらいらしい。

 二人と一体でせっせとゴミ袋にゴミを詰め、あるべき場所に物を戻す。埃を落とし床を掃き、雑巾で拭いた。拭いても拭いても汚れているし、ゴミは捨てども捨てどもなくならない。

 リリスはもういっそ燃やしちゃおうかしら……などと胡乱な目で呟いていたが、火事になると全力で止めた。

 途中二人はお腹がすいたが、とても台所は料理を出来る状態ではない。こういう時はあれね、とリリスは言い、何かメニューのようなものをフィアに手渡す。そしてピザのデリバリーなるものを頼んでくれた。

 先に綺麗にしておいたテーブルと椅子で手早くピザを食べた二人は再び掃除へと戻る。初めて食べたピザはトマトソースと蕩けたチーズがとても美味しかった。いつもならば味わってゆっくり食べるところだが、今日はそれどころではない。このままでは寝る場所もないかもしれないのだ。

 それにしてもリリスはこの部屋で毎日どうやって生活しているのだろうか、とフィアは疑問に思う。ベッドは大きかったが、その上にまで物がごちゃごちゃとあるのだ。物のないほんのわずかなスペースで寝ているのだろうか。

 しかし二人と一体の頑張りの甲斐があった。日付が変わる前には部屋は多少雑然としているものの、命ある者が住めるような部屋へと生まれ変わったのだ。

 それにしても疲れた。フィアもリリスもチョコレート作りの練習をしましょうなど言わない。お互いにそんな気力は残っていない。

 フィアはふとベッド脇に積み上げられた大きな冊子に目を奪われる。アルバムのようだ。それはいいのだが、表紙に愛のメモリーと書かれているのが気になった。

 一体、愛のメモリーとは何なのだ。

 フィアはよいしょ、と起き上がるとベッドの上から手を伸ばし、それを手にした。見た目通り、ずっしりと重い。


「ねえねえ、リリス。これなあに?」

「え、ああ!」


 のろのろとこちらに視線を向けたリリスは『愛のメモリー』を見た途端跳ね起きる。


「それは……思い出よ」


 何故か彼女は遠い目をした。フィアは首を傾げ、リリスに断ってからそれを開く。見開きいっぱいに写真がおさめられていた。一つ一つの写真を見ていけば、男の写真である。これはもしやリリスのモトカレとやらだろうか。

 ページをめくり、写真を見ていたフィアはとある事に気付き、不思議に思った。男の写真ばかりで肝心のリリスは写っていない。仕事でたくさん写真を撮られるせいでうんざりだ、プライベートでは写真を撮られるのは嫌いだと前に言っていたからそのせいかも知れない。だが写真に写る男が全くカメラの方を向いてないのは少し気になった。

 一通り見終わってそれを閉じ、元の場所に戻す。さきほどの遠い目を見る限り、詳しいことは聞かない方がいいだろう。

 その場の空気を変えるため、フィアはリリスへと話を振った。


「ねえ、リリス。明日の教室では何をつくるの?」


 フィアの問いかけに彼女ははっとなり、こちらを向く。そして笑顔でベッドサイドのテーブルに置いていた紙を差し出した。フィアはそれを受け取り、ヴァレンタイン特別講座と書かれたそれに視線を落とす。


「んーと、ガトーショコラ」

「そう。美味しそうじゃない?」

「うん。そうだね。あれ……ねえ、リリス。ここに書いてある友チョコって何なの?」

「え、ああ。友チョコっていうのは、女友達に渡すチョコレートなの」


 リリスの答えにフィアは瞳を輝かせほうほうと頷く。

 これはいいことを聞いた。是非、メロやティーちゃんにも作って渡さねばならない。


「ガトーショコラかぁ。美味しく出来るといいなぁ……」

「そうね。じゃあ、お風呂にも入ったし、そろそろ寝ましょうか。明日に備えて!」

「うん!」


 二人は頷きあうと、大きなベッドに仲良く並んで眠ったのだった。



 ***



「うにゃー!」

「遅れるー!」


 フィアとリリスは必死に走っていた。

 二人は見事に寝坊した。フィアはいつもシェイドに起こしてもらっており、一人で起きる習慣はない。リリスはとても朝に弱いタイプだった。

 その結果、こうして血相を変えて教室に向かって急いでいる。

 リリスは地図を見ながら言った。


「神様、そこの建物よ!」

「あれ、あれ?」


 フィアはリリスが指差した建物を見て、走りながら首を傾げる。見覚えがあるような気がしたからだ。二人は建物の前で立ち止まり、それを見上げて気づいた。


「ここ、来たことあるよね?」

「収録で……。え、え?」


 リリスがまさかっ、と叫び教室の名前を確認した。


「神様、この名前……聞き覚えあるかしら?」

「んーと、チョコレートテリーヌ作った教室だね」


 それを聞いたリリスはぐしゃりと紙を握り潰した。ちょっと怖い。

 だが彼女はきっと天敵であるルサルカのことを思い出したのだろう。セーレの母親であるルサルカはリリスと相性が悪く、昔からいがみ合っているらしい。収録の時も彼女の嫌味と自慢にリリスは変なスイッチを押されてしまった。その結果、あの恐怖のチョコレートテリーヌが出来上がったのだ。

 フィアはエレベーターに乗りながら、ルサルカがいなければいいけどと思った。彼女と会うと、またリリスが狂化してしまう。

 教室のある階でエレベーターが止まり、扉が開く。フィアは恐る恐る教室の扉を開いた。

 だがフィアの願いも虚しく、扉を開けてすぐのところにルサルカがいた。彼女はフィアとリリスに気づくと僅かに目を見開いた。またここで二人と会うと思わなかったのだろう。だが驚きをすぐに消し笑みを浮かべたルサルカは、まずフィアに挨拶してからリリスへ声をかける。


「リリスさん。またここで会うなんて」

「まさかここの教室だったなんて。教室の名前をすっかり忘れてたわ」


 忌々しげに言うリリスにルサルカは笑みを深める。フィアは嫌な予感がし、慌ててリリスを引っ張った。


「えーと。リリス、受付しないと!」

「え、ああ。そうね、神様いきましょう」

「そうそう。ルサルカもさようなら!」


 もう話しかけないでくれ、という思いを込めてルサルカに言い放ち、リリスを奥へと連れて行く。ルサルカに余計なことを言われ、リリスが狂化したら迷惑をこうむるのは自分なのだ。

 受付で送られてきた受講票を見せながら、何事もなく終わりますようにとフィアは願った。


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