リリスの恐怖の館
フィアはシェイドに作ってもらったバナナケーキをお土産に持ち、約束通りベルゼブブの城を訪れた。
すでに話が通っており、城に到着するとすぐに彼の娘の部屋へと招かれる。案内の者の後ろを歩きながら、緊張してくるのを感じた。
果たして仲良くなれるだろうか。歳も近いから、これからも一緒に遊べるといい。今日は念のためマレンジャー変身グッズなどを持ってきた。だがまだ見ぬ彼女がどういう遊びを好むのかフィアには分からない。
案内の者はとある部屋の前で立ち止まり、その扉を叩いた。フィアの訪問を告げ、開かれた扉の中へとフィアを招き入れる。
ベルゼブブとフィアと同じくらいの女の子が待っていた。
「これが私の娘のテイアイエル。ティー、こちらが神様だ」
「よろしくお願いします」
「フィアだよ。よろしくね」
テイアイエルはおずおずと頷いた。ベルゼブブの服の裾をしっかり掴んでいるのを見る限り、人見知りなのかもしれない。だがフィアも人見知りだ。今も緊張で胸がドキドキしている。
テイアイエルは赤みの強い金髪を肩くらいで揃えている。フィアが絶対に着ないようなフリフリのついた洋服を着ていた。もちろんスカートだ。
「じゃあ、神様仲良くしてやって欲しい」
「うん。ティーちゃん、遊ぼう」
「はい」
ベルゼブブは笑顔でテイアイエルの頭を撫で、部屋から出て行った。仕事に戻ったのだろう。
部屋に残されたフィアとテイアイエルの間に沈黙がおちる。フィアは何を話せばいいか必死に考えた。いつも自分はメロやトシーノ、セーレたちと何を話していただろう。
「うーん、うーん。ティーちゃん、何して遊ぶ?」
「神様は何がいいですか?」
テイアイエルは恐る恐るといった様子で問い返した。
フィアはその様子で気づく。どうやら自分は怖がられているようだ、と。少し落ち込んでしまう。歳も近いのに神様と呼ばれるのも少し寂しい。
フィアの最近の目標はお友達に『フィアちゃん』と呼んでもらうことなのだ。
だが今日知り合ったばかりで、それは難しいだろう。徐々に仲良くなり、やがて名前で呼んでもらえたら嬉しい。
「ティーちゃんはいつも何して遊んでるの?」
「お絵かきとか絵本とか、お人形遊びです」
「んにゃ、フィアも絵本好き。お人形遊びはやったことがないなぁ」
二人は絵本と画用紙を引っ張り出し、どちらにするか悩んだ末にお絵かきに決定した。テイアイエルは沢山の色が入った色鉛筆を持っていた。フィアの持っているものに比べたら色の種類が倍以上だ。
二人は画用紙に一緒に絵を書きながら、ポツポツと話をする。お互いに人見知りなせいか、まだ会話はぎこちない。テイアイエルは他の幼体と遊ぶのは初めてだという。
フィアはアケロンドライビングスクールで他の幼体と仲良くなりたいと思った時のことを思い出した。自分もどう話しかけたら良いか最初はわからなかったのだ。
テイアイエルもきっとそうなのだろう。
フィアはそう思い、自分からテイアイエルにあれこれと頑張って喋った。ドキドキクッキングのこと、エアーバイク友達の幼体のこと、人間界のことなど。あれこれと喋っているうちにテイアイエルは笑ってくれるようになった。ちょっと嬉しい。
そこでフィアはふと思いついて言った。
「あのね、ティーちゃん。フローレティわかる?」
「わかります」
「そっか。あのね、フローレティのこと聞いてもいい?」
「私にわかることなら……」
頷いたテイアイエルにフィアは笑みをこぼし、メモと筆記具を取り出した。一通り聞くべきことを聞き終え、書いたメモを仕舞う。
「ありがとう、ティーちゃん!」
二人はその後、一緒におやつを食べ夕方近くまで遊んだのだった。
***
「リリスー!」
フィアは待ち合わせ場所に既に立っていたリリスへと駆け寄った。待ち合わせに遅れないように早めにベルゼブブの城を出たが、彼女が来る方が早かったようだ。
今日、フィアはリリスの家に泊まる予定である。二人でお菓子作りの練習だ。明日リリスが見つけた教室に習いに行くのだが、その前に自主練習もしておこうという話になった。そこで前々からリリスに誘われていたこともあり、彼女の家に泊まることに決めたのだ。
「ごめんね。待った?」
「いいえ、平気よ」
リリスは弄っていた一般フォンを仕舞い込む。また連絡を取り合っていたのだろう。彼女は笑いをこらえられない、といった表情だ。
リリスはお見合いパーティーの出会いを結婚にまで結びつけるべく日夜頑張っている。ヴァレンタインで王手よ、というのが最近の口癖だ。
「まず材料を買って帰りましょう」
「うん」
「折角だから夕食も二人で作っちゃう?」
「いいね!」
「じゃあ、その材料も買いましょう」
フィアとリリスは二人で魔界スーパーに立ち寄り、夕食とお菓子の材料を買い込んだ。そしてリリスの家へと向かう。
リリスの家はコキュートスにある。
「ここ、ここ」
フィアはその建物を思わず見上げた。『夕暮れ荘』と書かれていた。少し……いや、かなり古い。だが保護の魔法がかけられているだろうから、老朽化で壊れることはないだろう。だがこの建物はリリスのイメージとちょっと違うかもしれない。
フィアはギシギシと鳴る廊下をリリスについて歩いた。リリスは一つの扉の前で立ち止まると、ドアノブを握る。これは魔力式の鍵だ。リリスの魔力に反応して鍵が開く音が聞こえる。
「さ、どうぞ。ちょっと散らかってるけど……気にしないで」
「う……」
リリスの言葉に頷きかけたフィアは凍りつく——あまりの部屋の惨状に。
だが彼女はフィアの困惑に気づくことなく部屋へと入って行く。時に足元に落ちている物を踏みつけながら。
これは良いのだろうか。フィアは一歩踏み出すのを躊躇った。何せ自分の部屋ではないのだ。踏んで壊した物が大切な物だったら困る。
フィアは慌ててリリスに声を掛けた。
「り、リリス!」
「ん? あら、神様。遠慮せずどうぞ」
「だって、だって。床に物がいっぱいだよ!」
「平気、平気」
彼女に部屋の中から手招きされ、フィアは覚悟を決めて足を踏み入れた。一歩目で足元から何かが砕ける音が聞こえる。フィアは顔が引きつった。一体この下に何があったのだろう。
ゆっくりゆっくり歩いて何とかリリスの元へたどり着く。部屋の中で唯一片付いている場所、テーブルと椅子だ。
やっと一息つけると思い、フィアは椅子に腰掛けた。だが次の瞬間、フィアは飛び上がった。
「うにゃっ! り、リリス! 椅子が濡れてるよ!」
「あら……やだ! ごめんなさい!」
慌ててフィアは自分のお尻の部分を見る。何かの染みがついていた。
「椅子の上、拭くの忘れてたわ!」
フィアは汚れたズボンを脱ぎ、洗濯すると言ってくれたリリスに渡す。泊まる予定だったから着替えは持っているが、この調子ではまた汚れるかもしれない。
「リリス、お掃除は……?」
「ええ、神様をお迎えに行く前にしたわ」
フィアはどこを、と問い返したくなる。だが我慢した。自分はお客なのだ。人様のお家であれこれ言うものではない。
洗濯をするためにリリスが部屋を出て行った。フィアは汚れてもいいように部屋着に着替え、買ってきた食材を仕舞おうと袋を抱え台所を探す。そんなに広い家ではないから聞かずとも台所の場所はわかるだろう。
廊下に出ると、自分が出てきた扉とはまた別に四つの扉があった。そのうちの一つは開け放たれ、リリスがいるのが分かる。一番今いる場所から近い扉を開いた。
扉を開けると自動的に部屋の明かりが点灯する。部屋の中の光景が目に入った途端、荷物を取り落とし、フィアは絶叫した。
「うにゃーー!」




