自分の為に働く
今日はフィアが買ったテレビが届けられる日だ。洗濯機ももちろん一緒である。
店番をしながらフィアはそわそわしていた。彼女はテレビを買った時からこの日を待ち侘びていた。だから仕方ないのかも知れない。
シェイドはそれを横目に作業している。お菓子の詰め合わせを作るのだ。
商店街では年に何度か福引きを行う。特に年明けのそれは規模が大きい。
単価の安いシェイドのお菓子屋では、子供達の一回の買い物では補助券を出すことすら少ない。だが、年明けの福引きに関しては例外だ。お年玉をもらい懐が多少あたたかい子ども達向けにお菓子の詰め合わせを販売している。そうすると補助券もたくさん出る。時に福引券を渡すことすらある。
毎年、この時期にしか販売しないお菓子の詰め合わせの売れ行きは上々だ。値段毎に三種類用意している。
中身の見えない袋に詰め込んだお菓子の詰め合わせは、利益が出るか出ないかのギリギリである。でも中身を楽しみに瞳を輝かせながら買って行く子どもたちの姿を見るとやめられないのだ。今年も子ども達から発売はまだかと催促されている。
詰め合わせを作る作業とともにもう一つやる事がある。補助券と福引券の裏面に、シェイドの店が発行したものである印を付けねばならない。やることは多いが、今年はフィアが手伝ってくれるらしい。
店の戸が開かれる。フィアが弾かれた様に顔を上げた。
だがそこにいたのは魔界でんきの配達ではない。エルヴァンだ。
「やあやあ、頼まれてたアンテナ持ってきたよ」
「まだテレビ届いてないの」
フィアの言葉にエルヴァンがそうか、と頷く。シェイドは土間へと入ってきた彼に、家の中へ上がることを勧めた。
「もうそろそろ来るはずなんで。良かったら上がってください」
「うん、じゃあお邪魔するよ」
シェイドはエルヴァンを茶の間に案内した。エルヴァンはコタツに足を入れ、楽しそうに笑った。
「何か忙しそうだね」
「ええ、福引の準備で」
ほうじ茶を湯のみに注ぎ、エルヴァンに渡す。彼はそれを受け取ると一口飲んで、卓に置かれた菓子を盛った皿に手をのばした。
「福引かぁ。君は毎回散々らしいね」
「よくご存知で……」
引きこもりに近いこのエルフがそんな事を知っているのにシェイドは驚いた。そして渋い顔になる。一体誰からそんな話を聞いたのだろうか。当然商店街の誰かだろうが……。
シェイドも当然ながら客として商店街で買い物をする。その結果福引券や補助券をもらうのだが、福引きの結果は毎年惨敗だ。
商店街が特に気合いを入れる年明けの福引きは、何も当たらないスカが極めて少ない。末等をかなり入れている。
去年シェイドは日々の買い物でたまった福引券と補助券を手に挑戦した。だが、ことごとくスカであった。末等すら出ない。この福引きで入れたスカは全て勇者さんがひいたのでないか、と言われた位である。
勇者を辞めても運の悪さは健在だ。そんなものだけ絶好調では迷惑である。
今年はフィアにひかせよう。
シェイドはそう心に決めていた。
その時、店頭からシェイドを呼ぶ大声が聞こえた。声の主はフィアだ。
「もしかして」
「来たのかもしれませんね」
シェイドは頷くとエルヴァンを残し、店へ戻った。そこには小躍りするフィアと魔界でんきの配達員の姿があった。
「じゃあ、よろしくお願いします。フィア、店番は俺がやるから。配達の人にお茶だしてな」
フィアはうんうんと頷きながらスキップして家の奥へ消えた。魔界でんきの配達員もその後に続く。
シェイドはやれやれとため息をつくと、中断していた詰め合わせ作りの作業を再開した。
***
「それじゃ、どうもありがとうございました」
洗濯機とテレビの設置が終わった。シェイドは帰って行く魔界でんきの配達員とエルヴァンを見送る。
そして再び店番と作業に戻った。その時、シェイドの背後から声がかかる。
「シェイド、フィアもやる」
振り返るとフィアが立っていた。
意外な気分でシェイドは頷く。てっきり彼女はテレビに夢中になっているのだろうと思っていたのだ。
「テレビはいいのか?」
「うん。まだ大丈夫。フィアがみたいのは夕方だもん」
「そうか。じゃあ、これと同じ組み合わせ作ってくれるか?」
フィアは真剣な眼差しで頷くと、並べられたお菓子を組み合わせていく。小さな紙のトレイに入れたそれを袋に詰めれば完成だ。
「そう言えば、今日の収録はどうだったんだ?」
今日もまた朝早くからフィアはドキドキクッキングの収録に行っていた。
「今日はね。ハンバーグつくったんだ」
「なるほど」
「そうしたらね……。焼いてる時に崩れだして、ひっくり返した時ばらばらになっちゃったの」
そういう事か、とシェイドは頷いた。
今日の昼食は豆腐に挽肉で作ったあんをかけた物だった。それを出すとフィアは険しい視線で皿を見つめていたのだ。それを見てまた何かあったのだろうとシェイドは思ったのだ。挽肉のあんに崩壊したハンバーグを思い出したのだろう。
「アスタロトは『これは何だ?』とか言うし。リリスが隠し味入れたのにモラクスが『素人考えの隠し味なんて永遠に隠しておけ』って言うし……」
どうやら散々な結果におわったようだ。フィアは思い出してため息をついている。
「何がいけなかったのかなぁ」
「うーん。まあ色々原因はあると思うけど。今度一緒に作るか」
「うん!」
フィアは一転して明るい笑顔になると、また作業に戻る。
それにしてもリリスの隠し味……一体何を入れたのか。考えるだけでも恐ろしい。フィアも料理を習い始めたばかりの頃、そういう余計な事ばかりしようとしていた。ある意味二人は似ているのかもしれない。
「これいつから売るの?」
「明後日から。忙しくなるぞ。福引券も渡さないといけないし」
フィアはうんうん頷いている。そして彼女は楽しそうに言った。
「働くのって大変だけど、お金もらえると嬉しいね。フィアね、お金貯まったらエアーバイクの免許とるんだ!」
「え……」
シェイドは思わぬ言葉に凍りついた。
エアーバイクとはあれだろうか。魔界の空を駆ける乗り物。あれはシェイドも魔界に行くたびに目撃している。
シェイドは恐る恐る口を開いた。
「なあ、フィア。危ないんじゃないか」
「そんなことないもん。幼体向けが新しく出たんだよ」
「いや、あの……」
「大丈夫。フィアは乗り物得意だから!」
「何でそう思うんだ?」
「いつも三輪車乗ってるもん」
シェイドは頭を抱えたくなった。エアーバイクと三輪車。あまりに違い過ぎるだろう。
フィアの暴挙をどう止めるべきか頭を回転させる。いくら幼体向けとは言え、もうちょっと大きくなったからにすべきだ。
そもそも三輪車だって常に『お前の爆走にはねられたら人間は即死するから気を付けろ』と口を酸っぱくして言い聞かせているのだ。大体フィアは身体がミンチになっても死にやしないが、他の生命体は違う。そろそろその辺を理解させねばならない。
そこで一つシェイドは考えついた。
「フィア、免許とっても魔界でしか乗れないぞ」
「むー、何で?」
「その免許は魔界で乗る時の免許だ。人間界で乗っていいもんじゃない。魔界インシュアランスだって人間界での事故にお金出してくれないかも知れないぞ!」
フィアは愕然とした様子で目を見開いている。
よし、もう一息だ。これは人類のためである。
「だから免許をとるなら、人間界でもエアーバイクが普及してからにしろ、な?」
せっかく免許をとっても魔界でしか乗れないならば勿体無い、と念押しする。こう見えてフィアは頑固なところがあるから油断は禁物だ。
ふくれっ面をするフィアに、シェイドは密かにため息をついた。
しばらく作業をしながら、来店した客の対応して時間を過ごした。気付けばもう夕方である。
作業をしていたフィアが手を止め、呟いた。
「あ、マレンジャーの時間だ」
彼女は慌てて片付けるとテレビの時間だと言い残し、茶の間へ走っていった。
シェイドもそろそろ夕食の支度をする時間だと立ち上がる。店を閉め、台所へと向かった。今日のメニューは既に決めてあった、
まずはカブラのサラダと魔界スーパーで買ったジャガイモでみそ汁を作る。
「えーっと。オオヒルは……おかしいな。残ってたはずなんだが。ないならニンニクペーストか……。あ、あった」
フライパンで丸ネギとキノコを入れたオオヒルライスを作る。それを二人分それぞれの皿に盛った。
「フィアのやつ、ノリノリだな」
茶の間でフィアが騒いでいるのが聞こえ、シェイドは苦笑する。どうも彼女は正義の味方が活躍するものが好きらしい。
後でマレンジャーごっことやらに付き合わされなければ良いがと思った。彼女のパンチやらキックが身体に堪えるのだ。もうこっちは中年男なのだから勘弁して欲しい。
シェイドはそんな事を考えながら、タラのソテーを作りはじめた。塩コショウしておいたタラに薄く小麦粉をつけて焼く。それをオオヒルライスの上にのせる。フライパンにバターを溶かし醤油とほんのちょっとだけ砂糖を加えて作ったバター醤油ソースをかけて料理は完成した。
オオヒルの香ばしい香りのご飯に、表面がカリッと焼きあがったタラのソテー。ちょっと甘めに作ったバター醤油がポイントだ。
「これぞ男の手抜き料理だなぁ」
そうつぶやき、盆に出来上がった食事をのせて茶の間に運ぶ。
「ほら、フィア。ご飯だぞ」
「はーい」
ちょうど番組が終わったところらしい。フィアはおとなしく卓についた。
皿を並べて、二人は食事を始める。すっかりテレビ番組に影響されたフィアが、箸を片手に興奮した様子で言った。
「フィアね、正義の味方になる」
「正義の味方か。給料ないかも知れないぞ。それでもいいのか?」
「え、うーん……」
真剣に悩むフィアにシェイドは笑った。
勇者もほぼ慈善事業みたいなものだった。フィアの神様業だって給料なんて出ない。それを考えれば、神様など勇者以上の慈善事業だろう。
誰かの為ではなく、自分の為に働きその対価を得る。只人にとって当然のそれは、神であるフィアには当てはまらない。
だからこそ、今回のフィアのアルバイトは貴重な経験になるだろう。
いや……何も神様だから自分の為に働いてお金を稼いではいけない訳もないか、とシェイドは考え直す。それもまた自分たちの世界ではありなのかも知れない。
現に魔族と戦うために存在する勇者の自分も、魔族と友人付き合いをし、魔界で買い物や娯楽施設を楽しんでいるではないか。
だから神様がアルバイトをするのも悪くない。
シェイドはフィアの話に耳を傾けながら、そう思った。
***
二日後。とうとうお菓子の詰め合わせ発売日がやって来た。
珍しいここでしか買えない魔界の菓子を買うために、小さな子どもだけでなく学生やら大人まで押しかけて来た。
今日までにフィアと作った大量の詰め合わせが飛ぶように売れて行く。会計をしたり、福引券や補助券を渡したり慌ただしい。補充をする暇もないほどだ。朝、店頭に積み上げた分が消えていく。
「勇者のおじさん、一番小さい詰め合わせはもう無いの?」
フィアくらいの小さな子どもから在庫を聞かれた。そこで初めて、一番小さな詰め合わせの補充をしなければならないことに気付く。
「あ、あるぞ。ちょっと待ってな」
シェイドは簡単な会計を任せていたフィアを振り返った。ちょうど彼女は会計の終わった子に福引券を渡したところだ。
「フィア、奥から小さい詰め合わせ取って来てくれ!」
「んにゃっ」
フィアは慌てて家の奥へと駆けていく。間もなく大きな箱を抱えて戻って来た。そして箱の中の詰め合わせを店頭に並べていく。
詰め合わせの準備、会計、買った金額に応じて渡す福引券や補助券に商品の補充。その手伝いをフィアはしっかりこなしていた。
シェイドはフィアに内緒でこっそり作っておいた特大のチョコレート詰め合わせの隠し場所を振り返る。これは今回のお駄賃のつもりだった。
だがこの忙しさである。他にお小遣いを幾らか渡した方が良さそうだ。
「お菓子の詰め合わせだよー! お得だよー! まだあるよー! 珍しい魔界のお菓子だよー!」
笑顔で店の外にまで呼び込みをしているフィアにつられ、シェイドも笑みを浮かべた。
【第三章 完】
次回更新は14日火曜日に新章スタートとなります。




