働くのは大変だ
アスタロトとモラクスの前に皿が置かれる。コロッケが一つだけぽつんとのせられた皿である。
まずはモラクスがナイフで切り、口へ運んだ。
フィアとリリスはそれを凝視する。モラクスは口の中の物を飲み込むと苦笑した。
「どうだ?」
「どうだって……アスタロト様、私に毒味させてないで、ご自分も召し上がって下さい」
アスタロトも渋々と小さく切ったそれを食べる。
「なんだ。やけにもっちりしたコロッケだな……」
「なんか微妙ですね。これをコロッケって言われちゃうと」
「不味くはない。こういう物だと思えば、まあこれもありか」
「でもこれは……ちょっと違ったコロッケですね」
フィアとリリスは肩を落とした。
どうやら自分たちは失敗したらしい。僅かに残った二つは成功だと思ったのに。
もっちりしているのが減点の原因ならば、失敗は自分のせいだ。
フィアは何とも言えない悲しい気分になった。
***
シェイドは時間を確認した。もうそろそろ昼食の支度にとりかかる時間だ。
フィアも間もなく戻ってくるだろう。
早朝から収録へ出掛けた彼女には、お昼時を過ぎそうならば連絡しろと言い渡してあった。連絡がないところを見ると、昼食には間に合うのだろう。
シェイドは先日魔界のスーパーマーケットで買ったジャガイモを使うことにした。安売りだったのだ。
「コロッケにするか」
折角なのでフィアの好物を作ることにした。あとは具だくさんのスープでもつければいい。
早速シェイドはコロッケを作りはじめた。
シェイドはコロッケを作りながらフィアに連絡した方が良いだろうかと悩んだ。だが収録中ならば出られないだろうし、意味がないかもしれない。もしかしたらギリギリに帰ってくるのかもしれないのだ。
とりあえずタネまで作ることに決め、作業に集中する。もしフィアが帰ってこないようならば、コロッケは夕食にすればいい。
ジャガイモを茹で、茹でた水を捨てた後また少し火にかけ粉吹き芋にする。そしてそれを潰したものに炒めた丸ネギと挽肉を加えた
。丁寧に混ぜ合わせてから、そこへ卵を割り入れ、再び弱い火にかけながら混ぜ合わせた。緩くなったタネから水分がとび、まとまりやすくなったところで終了だ。
「先に茶の間でも片付けますか……」
タネを冷ましている間、卓を拭いていつでも食事が出来るようにしておこう。
シェイドは茶の間の襖を開き、ぎょっとなった。まだ帰ってないと思っていたフィアがそこにいた。
いつもフィアは帰ってきたら大声でただいまと言いながらシェイドの姿を探すのだ。だから帰ってきたらすぐ分かるはずなのだが……。一体今日はどうした事だろうか。
フィアはシェイドが入って来たのに何の反応もない。コタツに足を入れて、横向きになって丸まって寝ている。シェイドから見えるのは、その小さな背中だ。
シェイドは恐る恐る近付いた。人間でない彼女に体調不良などありえない。では眠っているのだろうか。
それならばじゅうぶんにあり得る。
今日はいつも寝ているような時間に起こされ出掛けたのだ。眠くてシェイドに声も掛けず横になっていたとしても不思議ではない。
そっと背中から声をかける。
「フィア?」
「……なあに?」
起きていた。これまた不思議な話だ。
シェイドは混乱しながらフィアに尋ねる。
「帰って来てたんだな」
「うん」
「そろそろ昼なんだが。お昼ごはん準備していいか?」
「うん」
元気のないフィアを不思議に思いながら、また台所へ戻る。衣をつけて、コロッケを揚げなければならない。
一体何があったのか。拗ねているような雰囲気もあったが……。
とりあえず昼食を食べながらでも話を聞こうと決心し、シェイドは冷めたタネを成形し、コロッケの衣をつけはじめた。
あっと言う間にコロッケが出来上がる。千切りした葉野菜を盛った皿にコロッケを盛り付ける。あらかじめ準備中してあった具だくさんみそ汁、ご飯と共に茶の間へ運んだ。
まだフィアは丸まって横になっている。
「フィア、ご飯できたぞ」
皿を並べ終わったシェイドがフィアに声をかけたら、のそのそと起き上がった。そして彼女は皿を見た。
コロッケを見ると、その視線が鋭くなる。見るを通り越し、もはや睨んでいるとも言える視線にシェイドはたじろぐ。これは彼女の好物なはずだ。この敵を見るような目は、一体どうした事か。
しかもフィアの口がへの字になっている。
「な……なあ、フィア」
どうした、と声をかけようとしたその時。フィアがコロッケを素手で鷲掴みにした。
「おい、熱いぞ!」
揚げたてである。素手で持つには熱い。
だがフィアはそのままコロッケを口元へ運び貪るように食べはじめた。あまりの異様な光景にシェイドは怯む。
一体フィアはどうしたのか。キツネでも憑依したのか。神殿に連れていくべきだろうか……。いやいや、こいつ自身が神様だ。
そんな事を考えてしまったシェイドはフィアが泣いているのに気付いた。コロッケを素手で食べながらボロボロ泣いている。
「ううっ……おいしい……」
「へ? そ、そうか。そりゃ良かった」
泣きながらせっせとコロッケを食べるフィアに圧倒され何も言えない。本来ならば手づかみするな、箸を使えと言うところなのだが……。
シェイドはフィアの異様な雰囲気にのまれていた。
だが泣いている彼女が鼻水まで垂らし始めたのを見て、我に返った。慌てて手巾を取り出す。
「フィア! 鼻水が! お前な、泣くか食べるかどっちかにしろ」
フィアの顔をごしごしと拭いてやる。そこでやっとコロッケを食べるのを止めた。
シェイドはフィアの奇行がおさまったことに胸を撫で下ろす。
「ほら、手も拭け。ちゃんと箸で食べろ。話は食べながら聞くから」
「うん……」
シェイドはフィアの話を聞いた。
コロッケをつくったこと。水分が多くてまとまらないたねに片栗粉をいれたこと。コロッケが爆発したこと。良い評価をもらえなかったことまで聞いて頷いた。
「コロッケってああ見えて失敗しやすいんだよ」
「そうなの?」
「ああ。だからそんな落ち込むな」
「でも、フィア余計な事しちゃったもん」
片栗粉の事を言っているのだろう。
実を言うと昔シェイドも片栗粉を入れて、コロッケを作った事がある。フィアのように水っぽかったからではない。あえてモチモチとした食感のコロッケを作ってみようと思い試したのだ。その時は芋だけで肉などは入れずに作ったのだが、子供だったヴァイスからは高評価だった。逆に妻からの評価はあまり良くなかったけれど……。
「まあ仕方ない。別にリリスだって怒ってないだろ?」
「うん」
「じゃあ、そんな気にするな」
「でも、お料理って難しいね……フィアもう嫌になっちゃった」
フィアはしょんぼりしている。すっかり自信をなくしたらしい。
シェイドからすれば、最近やっと包丁を握り始めたばかりなのだから仕方ないと思うのだが。
「嫌になったから、もう出たくないなんて言うなよ。仕事だぞ」
「むー……そんなことは……」
フィアはもにょもにょ言っている。どうやら図星だったようだ。
「フィアがやめる、なんて言ったら周りが迷惑するんだからな。働くってそういうことだ」
「うん……」
すっかりフィアはしょげてしまった。見ていて可哀想なぐらいだが、ここで甘やかしてはいけないのだ。
シェイドは心を鬼にした。
その時シェイドの保護者フォンが着信音を発した。どうやらメッセージが来たらしい。保護者フォンは幼体フォンと違い、一般フォンと同じ機能がある。幼体フォンは保護者とそれ以外に二人緊急連絡先として登録した相手にしか連絡できない。
シェイドは保護者フォンを取り出し、メッセージを確認する。コキュートスチャンネルからだった。
画面から顔を上げる。項垂れるフィアが目に入った。
今来た連絡は彼女にとって朗報だろう。頑張る気力が湧いてくるに違いない。
シェイドはそう思い、口を開いた。
「フィア、コキュートスチャンネルから第一回放送分のギャラを振り込みましたって連絡がきたぞ」
フィアが弾かれたように顔を上げる。そして身を乗り出した。
シェイドは思わず笑いをこぼし、その金額を告げた。金額を聞いたフィアが嬉しそうに言う。
「テレビ買える!」
「そうだな。早速買いに行くか」
フィアはうんうんと頷いている。どうやら元気を取り戻したらしい。
「なあ、フィア。俺だって未だに料理で失敗することあるんだから。はじめたばかりのフィアが失敗しても仕方ない。そうやってみんな身につけていくもんだから」
「うん」
「でも初心者のころは余計な創意工夫はやめたほうがいい。アレンジは基本が出来るようになってから、だ」
「うん、わかった」
「残りの収録も頑張れよ。貯金するんだろ」
「うん!」
フィアは元気良く頷くと、気を取り直したように途中だった昼食を食べはじめた。
***
コキュートスにある魔界でんきは魔界一の家庭用魔道具量販店である。フィアとシェイドはその店頭にいた。
昨日シェイドあてにコキュートスチャンネルから振り込みの連絡がきたのを受けて、念願のテレビを買いに来たのだ。
「えーっと……テレビは三階」
フィアはフロアマップを確認した。
「エスカレーターはあっちか。行こう」
混み合った店内をシェイドに手を引かれて歩く。エスカレーターで三階まで昇った。
「うにゃー。いっぱいある!」
「すごいな」
様々なサイズのテレビが展示されていた。フィアは既に目星をつけていたテレビのところへ真っ直ぐ向かう。大きさといい、値段といい自分が買うにはぴったりなものだ。展示されている現物を確認し、付けられている値段のプレートも確認する。
広告チラシより若干高くなっているが、これならば許容範囲だ。
二人がじっとそのテレビの前で立ち止まっているからだろう。店員が近付いてきた。
「これ下さい」
フィアは迷わず告げる。二人は店員に案内され、会計の隣にあるカウンターへと向かった。支払いと配送の手続きをするのだ。
「ではこちらでお支払いをお願いします」
差し出された石板のようなものにフィアは手のひらを置く。すると真っ白な石板が青く光った。光がおさまると、石板に金額と支払いの意志を確認する文字が浮かび上がる。
フィアは魔力を込めて、再び手を当てた。すると今度は金色に輝き、支払いの終了を告げる文字が浮かび上がった。
これは魔界の銀行にフィアが持っている口座から直接支払いが出来る仕組みなのだ。現金を持ち歩く必要がない。その代わり魔力で本人確認が必要である。幼体であるフィアは保護者の承認も必要だ。
「ありがとうございます。ではこちらで配送の手続きをしてください」
フィアは頷くと配送の手続きも石板に手を当てて済ませた。あっという間である。あとは人間界でも受信できるよう研究狂エルヴァンに頼んでおいた魔道具と設置するだけだ。
「良かったな、じゃ帰るか」
フィアは頷き、シェイドとともに出口へと向かう。二階の生活コーナーと名付けられたそこを通り掛かった時、ふと思いついた。
「シェイド、待って!」
「ん?」
シェイドの腕を引っ張って止める。そして彼の腕を引き、生活コーナーの中へと向かった。
「こんなとこでどうした?」
シェイドは困惑した様子で尋ねる。
それはそうだろう。ここにあるものはフィアの興味の範疇外だ。
だがフィアはそれに構わずどんどん進む。そしてとある製品の前でぴたりと止まった。
「これ、買う」
「フィア、これ洗濯機だぞ」
「うん。だって前にシェイドこれいいなって言ってたもん」
前に一緒にここに来た時、このドラム式乾燥機能つき最新型なる洗濯機をシェイドは欲しがっていた。
「お金余ってるから、これも買えるもん。だから買う」
家の洗濯機はけっこう古い。買い換え時だろう。
だがシェイドは渋い顔だ。
「でもなぁ。フィア、気持ちは嬉しいがお前のお金だぞ」
フィアはぶんぶん首を横に振った。
「だって一回目はフィアほとんど何もしてないもん。お料理はシェイドが作ったんだから。だからシェイドのも買うんだ」
そう言うとフィアは近くを通り掛かった店員を呼ぶ。シェイドはそれを見て笑った。
「わかったよ。ありがとう、フィア」
「うん。残りの収録もフィア頑張る」
お金を稼ぐのは大変だ。でも頑張ろう。
フィアはそう思い、ちょっと笑った。




