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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第三章 神様、アルバイトをするの巻
21/81

厳選食材 皇帝芋

 今日は二回目放送分の収録だ。ちなみにまだ番組の放送はスタートしていない。

 フィアは早朝からロケバスに揺られていた。眠たくて瞼がくっつきそうである。


「ロケ?」


 とりあえず早朝集合を言い渡され、魔界まで来た。だがロケとやらの意味が分からないので隣に座ったモラクスに尋ねる。


「ええ。今回は食材の入手をして頂こうかと思いまして」


 その言葉に前の席に座ったリリスが嫌そうな顔で振り返る。


「ちょっと……まさか私たちに釣りでもさせるつもり?」

「まさか、とんでもない!」


 モラクスは笑顔で否定した。だがリリスは疑いの眼差しを彼に向けている。


「今回は畑です。だから心配する必要などありません」

「畑?」


 フィアは着替えさせられた洋服を見下ろす。

 今回はスカートではない。見るからに動きやすそうだ。これならば畑に行っても問題ないだろう。


「ねえねえ。畑で何をとるの?」

「芋ですよ。今回はコロッケを作って頂く予定ですから」

「お芋!」


 フィアは瞳を輝かせた。

 芋は大好きだ。コロッケもフィアの好物である。


「はい。それもただのジャガイモではありません。魔界きってのブランドジャガイモ、皇帝芋です」

「そっかあ。お芋か。リリス頑張ろうね」


 フィアとリリスは頷き合う。

 お芋掘りならばそんな問題はないだろう。あのタコとの戦いとは雲泥の差だ。

 フィアは農場への到着が待ち遠しく感じられた。



 ***



 フィアとリリスは呆然とそれを見上げていた。


「ねぇ、これ……。どういう事?」

「サンドワームだね……」


 二人の前に巨大なサンドワームが姿を現していた。その身体は半ば程土中に埋まっているが、頭は二人の遥か頭上だ。

 二人ははっと我に返る。そして畑から少し離れた場所に立っているモラクスに叫んだ。


「ちょっとどういう事よ!」

「サンドワームがいるよ!」

「いやぁ、いい畑の証拠ですね」


 スタッフたちも畑の中には入ってこない。

 こんな巨大なサンドワームがいてはのんきにお芋掘りどころではない。まずはこいつの駆除からか、とフィアが思った時。モラクスが爆弾発言をした。


「あ、そのサンドワーム殺さないでくださいね。農場主さんから言われてるんで。芋掘り出来なくなりますよ」

「じゃあどうしろって言うのよ!」

「それはお任せします。避けながら芋を掘るとか……」


 フィアはまた別の畝と畝の間の地面がぼこりと盛り上がるのに気付いた。また新手のサンドワームだろう。

 それにしてもこんなのが土中にいて、時にこうやって土中から姿を現したりしているのに良く芋が無事なものだ。美味しい、美味しくないの前にその生命力に感嘆する。そしてこんな環境で芋を育てている農場主にも驚きだ。

 もう一体のサンドワームが土中から飛び出してくるのを見て、リリスが言った。


「神様、こいつらは私が。ここは私にまかせて、芋を!」

「うにゃっ!」


 フィアはお芋掘りセットを片手に駆け出す。リリスはフィアの方へサンドワームがやってこないよう囮役だ。

 モラクスが感心したように言った。


「リリスさんが漢気を発揮し、サンドワームの前に立ちふさがりました! ここは俺に任せてお前は行け……実に格好いいですね。人生で一度は言ってみたいセリフです。前回勇者からキッチンタイマー係という戦力外通告を受けたリリスさんが、今回こそ……」

「誰がキッチンタイマー係よ!」


 フィアはサンドワームから離れた場所で芋掘りを開始する。急がなくてはならない。


「一方、神様は芋を掘り始めました。猛烈な勢いで掘っています。まさに此処掘れワンワン! 掘っては芋をバケツに放り込んでいます! それにしても立派な芋ですねぇ。さすがは皇帝芋。果たして苦闘の末に手にした芋は、どのようなコロッケと姿を変えるのでしょうか」


 フィアは微妙に場所を変えながら芋を掘る。

 始めてのお芋掘りを楽しむどころではない。リリスが危険にさらされているのだ。早く済ませなければならない。

 本来なら自分も彼女もサンドワームなど敵ではない。だが殺すなと言われると難しい。

 フィアはバケツ一杯の芋を掘り終え立ち上がる。そしてリリスへと叫んだ。


「リリス! 終わったよ!」


 こんな危険な畑からは撤収である。

 リリスはフィアの言葉に振り返った。


「神様! じゃあ撤収……」


 だが彼女が最後まで言い終えるより前にサンドワームが動いた。油断したリリスへサンドワームが食らいつこうと襲いかかる。

 目すらなさそうな頭部のぱっくりと開いた口にはずらりと牙が並ぶ。その頭部がリリスへ肉迫する前にフィアが動いた。


「リリス、危ない!」

「ぎゃっ!」


 サンドワームに頭を齧られそうになっていたリリスに駆け寄り、思い切り突き飛ばした。リリスの身体が畑の外へ吹っ飛んだ。


「リリスさんの身体が吹っ飛びました! 見事な飛距離です。うーん……これはリリスさんにとってはサンドワームより神様の行動のほうが脅威かもしれませんね」


 モラクスの言葉を聞いてフィアはふくれっ面になった。リリスがピンチだと思ったのに、何て言われようだ。

 フィアは自分に向かって来たサンドワームに飛び蹴りをくらわせ、慌てて畑の外のリリスの元へ駆け寄る。


「リリス、大丈夫?」

「え、ええ……何とか。ありがとう、神様。サンドワームに頭齧られる姿をお茶の間に晒さずに済んだわ」

「リリスさん。ご無事で何より」

「あなたが言うセリフじゃないわよ!」


 モラクスに怒鳴り散らすリリスを置いて、フィアはバケツを取りに畑へと戻った。サンドワームの脇をすり抜けバケツの取っ手を掴む。そしてリリスやモラクスの元へ戻った。

 リリスとモラクスがバケツを覗き込み、言った。


「大量ですね」

「凄いわ」


 皇帝芋は手に入った。これからが本番である。



 ***



 無事芋を手に入れ、スタジオでの収録となった。

 フィアとリリスは用意されたレシピを必死に読んでいる。


「まず芋を茹でつぶす……」


 二人はレシピを置いて芋を手に取る。司会者モラクスと特別ゲストのアスタロトが真剣な眼差しで見つめていた。


「はい、リリス。皮むき器」


 フィアは用意してあった調理道具の中から皮むき器を探し出し、一つをリリスに渡した。それを見てモラクスがほっと息を吐く。


「皮むき器登場ですね。包丁で皮むきされたらどうしようかと思いました」

「実より皮のほうが分厚くなりそうだな」

「それ以前に流血大惨事でしょう」


 二人はうんうん頷きあっている。

 フィアは慎重に皮むき器で芋の皮をむく。本当はシェイドのように包丁で格好良く皮むきしたい。だが背伸びは禁物だ。修行中、シェイドから身の丈にあわないことをするなと何度も叱られたのだから。

 リリスも覚束ない手つきだが何とか芋の皮をむいている。


「芋の皮をむきおわりました。リリスさんが包丁を手に芋を切り始めます。あ、リリスさん。こっちに包丁飛ばさないでくださいね」

「飛ばさないわよ!」

「さあ、その横では神様が玉ねぎのみじん切りを始めました。おや……」


 フィアはシェイドにならったやり方でみじん切りを始める。だが途中で涙が流れだした。


「うにゃー。目が痛い……」


 目が開けられない。

 そんなフィアにモラクスの切羽詰まった叫びが聞こえた。


「神様、鼻水が!」

「玉ねぎに落ちる!」

「神様、大丈夫?」


 慌ててリリスがエプロンのポケットから手巾を取りだし、フィアの顔を拭いた。危ないところだった。


「ふぅ……何とか危機は過ぎ去ったようですね。これからどうされるのですか?」


 モラクスの問いかけにフィアが答えた。


「んーと。リリスがお芋茹でてつぶす間にフィアがお肉と玉ねぎ炒めるの」

「役割分担ですね」


 フィアは頷くとフライパンに油を入れ、苦難の末に刻み終えた玉ねぎを入れ塩を振った。そしてそれを炒め始める。

 隣ではリリスが水と切り終えたジャガイモを入れた鍋を火にかけ始めた。


「うーん、アスタロト様はどうなると思いますか?」

「まあ、無事には終わらないだろうな」

「今回は救世主登場するでしょうか?」

「わからん……」

「お、神様は挽肉を投入。リリスさんは芋を潰し始めました」


 フィアは上機嫌で肉と玉ねぎを炒めていた。これはきっと上手くいくに違いない。

 レシピに書いてあった通り塩コショウをし、ナツメグとやらを振る。

 じっくり炒めていると、リリスに声をかけられた。


「神様、こっちは準備完了よ」

「フィアももう出来るよ」


 リリスが潰した芋の中にフィアは炒め終えた肉と玉ねぎを加えた。リリスがそれを混ぜ始める。


「あっつい! あつっ!」

「リリス、フィアがやる!」

「だ、大丈夫!」


 何とか混ぜ終えたそれをリリスはじっと見つめている。

 その様子にフィアは首を傾げた。


「どうしたの、リリス?」


 これから形をつくって衣をつけて揚げるはずだ。


「神様、これ何だか凄くべちゃべちゃしてるんだけど……」


 フィアもボウルの中を覗き込む。確かに水分が多い。これで形を作れるのだろうか。

 フィアは唸った。

 何かないかと周りを見まわす。


「何だか私は凄く嫌な予感がして参りました」

「そうだな……」


 フィアはとある物をみつけ、閃いた。それを手に取る。

 黙って見守っていたモラクスが立ち上がり近づいてくる。そしてフィアが白い粉をコロッケのたねに加えているのを覗き込んだ。彼は恐る恐るフィアに尋ねる。


「あのー、神様?」

「なぁに?」

「それは……何でしょうか?」


 フィアは満面の笑みで答えた。


「片栗粉だよ」

「か、片栗粉……何故?」

「んーとね。フィア、シェイドと一緒に作ったんだ。お芋つぶして片栗粉いれて捏ねて焼くの。お芋餅になるんだよ!」


 フィアはシェイドとともに芋餅を作った事を思い出す。中にチーズを入れて焼いたり、磯部焼きにしたり……あれは簡単なのに美味しかった。

 そして片栗粉を使えば、べちゃべちゃのこれもまとまるに違いないと思ったのだ。


「凄いわ、神様! あんなべちゃべちゃだったのがまとまってる!」

「餅……餅コロッケ……」


 モラクスはブツブツ言いながらフィア達に背をむけて席に戻って行った。倒れこむように椅子へと座る。隣のアスタロトがその肩を揺さぶった。


「モラクス、何故言わない? 餅作ってどうすると」

「それを言えば番組の趣旨が」

「くそ……帰りたい……」

「逃がしませんよ」

「リリス、衣をつけよう!」

「ええ」


 問題をクリアしたフィアとリリスは揚げ油を火にかけ、その間に衣をつける作業を行うことにした。


「ここまで来れば楽勝だわ」

「うん」


 二人は思わず笑顔になる。ここからはもはや流れ作業だ。レシピに書いてあった通り、小麦粉、卵液、パン粉をまぶす。


「もう油の方も良さそう! 危ないから私がやるわ」


 フィアは頷くとリリスに揚げる役を譲った。彼女は衣をつけたそれをまずは二つ、油の中へ投入する。じっと色づいていくそれを見つめ、頃合いを見て取りだした。フィアは取り出されたそれを見て、思わず声を上げる。


「コロッケだ!」

「上出来ね。じゃんじゃん行きましょう!」


 そう言うとリリスはどんどん油の中へ入れていった。フィアはわくわくしながら揚げ終わるのを待つ。

 その時のことだ。何かが爆ぜる音がした。


「ぎゃっ!」

「んにゃっ! リリス、ぼふって音がしたよ!」


 背の小さいフィアには油の中が見えない。その場でぴょんぴょん飛び跳ねたが無駄だった。リリスは愕然とし、油の中を見つめている。


「コロッケが……爆発したわ!」


 リリスの叫びにフィアは呆然となった。

 爆発。コロッケ爆弾だ。そんな爆発するような物は入れてないはずなのに……何故。

 リリスはあたふたと爆発してしまったコロッケを油から救出した。揚げ網の上にのせられたそれはもはやコロッケとは言えない代物である。

 一つ、二つ、三つ……どうやら後から投入したものは全滅らしい。無事なのは最初の二つだけだ。そしてもう揚げていない物はない。

 フィアは落ち込むリリスに言った。


「大丈夫。二つは無事だもん」


 試食は二人。二つあれば問題ない。


「無事って言っていいのか? なあ、モラクス……」

「聞かないでください」



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