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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第三章 神様、アルバイトをするの巻
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神様出演予定

 フィアは貯金箱をひっくり返した。バラバラと散らばった硬貨を種類ごとに分けて、数え始める。


「ひとつ、ふたつ……」


 数え終わるとペンを手に筆算した。計算が済むともう一度数字を確認し、笑みを浮かべる。


「お年玉ももらったし、頑張ればすぐかも」


 フィアが向かっている文机の上には、魔界でんきと書かれた広告チラシが置かれていた。

 フィアはうんうんと頷くと計算に使った紙とチラシをまとめ、引き出しにしまった。そして貯金箱に硬貨を戻す。

 机の上を片付け終えたら、傍に置いていた大判の封筒を手にとった。中から一枚の紙を取り出し、机に置いてじっくりとその内容を確認した。これは魔界テレビのコキュートスチャンネルから送られて来た書類だ。フィアが今真剣な眼差しを向けているのは出演料についての項目である。


「テレビに出るだけでこんなにもらえるんだ……」


 フィアはその金額に少し驚いた。

 これならばテレビを買った後にもかなりの金額が余る。最近発売された幼体向けエアーバイクの教習所代も問題なく出せるだろう。エアーバイク本体も買えそうだ。

 嬉しくなったフィアは書類を封筒に戻すとそれを手に意気揚々と立ち上がる。保護者であるシェイドに報告しなくてはならない。同意書のサインが必要なのだ。

 フィアはアルバイトの許可をもらうべくシェイドの元へ駆け出した。



 ***



「いっぱい食べてね」


 フィアは肉を頬張りながらリリスに頷き返した。

 ここは魔界最深層コキュートスはジュデッカにある高級焼肉店の個室の一室。ミノタウロス一族が経営するこの店は、魔界一のグルメと名高いアスタロトお勧めの店だ。

 フィアは魔族の有名女優であるリリスとテーブルを挟んで向かい合っている。二人の間では無煙ロースターで肉が焼かれていた。

 二人は近々はじまる番組で共演することとなった。今日はその打ち合わせがあったのだ。打ち合わせが終わったのがお昼時だったこともあり、リリスがフィアを食事に誘ってくれたのだ。しかもご馳走してくれると言う。

 さすがはマカデミー主演女優賞を受賞した女優だ。お金持ちで羨ましい。

 リリスに何が良いかと聞かれたフィアはお肉と答えた。そこで彼女が『私達、肉食女子ね』と、このお店を予約し連れて来てくれたのだ。


「今日はもう予定がないからがっつり食べましょう」


 彼女は金髪をきっちりとまとめフィア同様に紙エプロンをつけている。

 リリスはビールの入ったジョッキを持ち上げ、一気に煽った。


「それにしても神様と共演出来るなんて嬉しいわ。折角だからお揃いのエプロン作っちゃう?」

「うん」

「じゃあ、オーダーしなくちゃ。もちろん経費でね」


 リリスは満足気に頷くと特上ロースを口へ運ぶ。フィアは食べ終えて残った骨を皿へと置き、焼きあがった骨付きカルビをとった。そして肉にかぶりつく。

 リリスは店員を呼ぶボタンを押した。待つまでもなく個室の扉が開き、店員のミノタウロスが入ってくる。


「特上ロースと特上骨付カルビ追加ね。あと生ビール大ジョッキと幼体ビールね」


 注文を受けた店員が出て行くのを見送り、リリスはフィアに言った。


「実は私お料理するの初めてなの。神様は?」


 フィアは骨の周りまで綺麗に食べ終えた残骸を皿へ置いた。そしておしぼりで手を拭う。グラスに僅かに残った幼体ビール——魔界リンゴソーダを飲み干して彼女の問いに答えた。


「フィアはお手伝いくらいしかしたことないよ。シェイドは刃物はダメだって包丁持たせてくれないもん」

「そういえば勇者様はお料理されるのよね。料理が出来る男って素敵……」


 リリスは箸を置き、自分の頬に手をあてうっとりと呟く。


「シェイドのお料理は美味しいよ」


 シェイドの作る物は何でも美味しい。お菓子だってお手の物だ。


「いいわね。私も勇者様のお料理食べたいわ」

「今度フィアのお家に遊びにくればいいよ」

「そうね。是非」


 その時扉の外から店員に声をかけられる。追加注文の分が届いたようだ。

 入ってきた店員は新しい飲み物と肉の皿を卓に置くと、空いたグラスと皿を持ち扉から出て行った。

 リリスはジョッキを持ち上げると言った。


「でも今回は良いチャンスだわ。番組を通して私の家庭的なところを全魔界にアピールできれば、イイ男がゲット出来るはず!」

「フィアたちはもらったレシピ通り作ればいいだけだもんね」

「そうよ! そして近寄って来た中で条件の良い男を選んで結婚するわ!」

「リリス結婚するの?」


 フィアは肉をもぐもぐやりながら尋ねる。

 この骨付カルビとやらは美味しい。特に骨周りがフィアのお気に入りだ。

 リリスは力強く頷いた。


「ええ……もう嫁き遅れとも負け犬とも呼ばせないわ。イイ男をつかまえるのよ! 大体異様に男の方が多い魔界では選り取り見取りなはずだもの……。そりゃあ私が高望みなのは否定しないけど」


 リリスはビールを一口飲むと、ジョッキを卓に置いた。そして物憂げに頬杖をついて呟いた。


「確かにね。望めるならばルシファー様を狙いたいけど……。なかなか難しいわよね。ヴァレンタインデーなんて誰が先に渡すか女同士で死闘だもの。命がいくつあっても足りやしない。だからルシファー様だなんて贅沢は言わないわ」


 死闘と言う言葉にフィアは心惹かれた。

 先日フィアが楽しんだ餅つきのことをルシファーは『血湧き肉躍る阿鼻叫喚のイベント』とか『死闘』とか言っていたのだ。それを考えるとヴァレンタインデーとやらも楽しいイベントかもしれない。


「だから近寄って来た中で出来るだけ良い男を選ぶわ……。今回の番組は私自身のセールスプロモーション。番宣にも気合い入れなきゃね!」

「頑張ろうね」


 フィアとリリスは頷きあう。そしてそれぞれグラスを持ち、乾杯をした。

 リリスはビールを一気飲みするとドンと音を立て卓に置く。そして言った。


「婚活! 番宣! 高視聴率! 景気付けに今日は酒池肉林よ!」



 ***



「ただいまー」


 フィアが引き戸を開け中に入る。シェイドは客である少女と話しているところだった。

 彼はフィアをちらりと見て頷き返す。お客さんがいる時はお客さん優先といつも言っているので仕方ない。

 フィアは少し寂しく思いながらも土間を奥へと進み、少女の脇を通り過ぎて家に上がる。少女の着ている制服から、彼女が近所の魔法学院の生徒であることが分かった。

 シェイドと少女は隕石や彗星召喚の魔法について話している。


「じゃあエルフか神様しかあの魔法が使えないのは、創造の力で召喚対象を創っているからなんですね」

「大昔は空の彼方に存在するのを召喚してたらしいんだが。数に限りはあるからな」


 少女の手には菓子が入った袋があるのを見ると、買い物ついでに魔法について聞いているのかもしれない。学院の生徒の中には話聞きたさに菓子を買う者もいるそうである。

 フィアは少女があれこれとシェイドに質問するのを聞きながら、茶の間へと入った。

 コタツのスイッチを押して、足を入れる。卓上の盆に置いてある未使用の湯のみを取り、ポットからお茶を注いだ。一口飲んでほっと息を吐く。

 朝から番組の打ち合わせとやらで疲れてしまった。でもこれからが本番なのだ。お金を稼ぐのは大変だとフィアは思った。

 そんな事を考えながらフィアがのんびりとお茶を飲んでいると、襖が開きシェイドが入って来た。さっきの客は帰ったようだ。店番君に任せ、ここに来たのだろう。


「おかえり。大丈夫だったか?」


 シェイドはそう言うと自分もコタツに入った。


「うん」

「それにしてもフィアが料理番組に出るとはなぁ……。一緒に出るのはリリスだったか。リリスは料理出来るのか?」

「ううん。やった事ないって言ってたよ」

「え?」


 お茶を飲みかけたシェイドの動きが止まる。彼は口元へ持っていきかけた湯のみを卓へ置いた。そして心配そうな表情を浮かべた。


「なあ、フィア大丈夫か……。お前もちゃんと料理したことない。リリスも全くやった事ない。そんなんで料理番組なんてやれるのか?」


 フィアはこてんと首を傾げた。


「でも……ちゃんとレシピ用意してくれるって言ってたもん」

「いやいや、そういう問題じゃなくてな。レシピありゃいいってもんじゃないぞ」


 さっきまでは心配そうな表情をしていたシェイドの顔が今や引きつっている。

 何故だろうか。作り方が分かれば、しっかりばっちり大丈夫なはずだ。今日の打ち合わせでアスタロトも今回の番組『ドキドキクッキング』の司会者モラクスもそう言っていた。

 だがフィアは思い直す。自分にとっては魔界の彼らよりもシェイドの言う言葉の方が重いのだ。シェイドがそう言うからには何かあるに違いない。


「でも、もう出演決まっちゃったし。どうしたらいいかなぁ」

「とりあえず……フィアはしばらく食事の準備の手伝いをみっちりやる事だな……。本当は包丁持たせたくないんだが。ぶっつけ本番でやらせると自分の腕でも切断しそうだからな」

「フィア包丁使っていいの?」


 思わぬ言葉にフィアは瞳を輝かせた。

 今まで何度もお手伝いはして来たが、包丁だけは握らせてもらった事がない。いつもかき混ぜたりする程度の事しかさせてもらえなかったのだ。

 これは大きな進歩である。


「ただし、ちゃんと言う事聞くんだぞ。勝手な事したら、その瞬間に包丁取り上げるからな」

「うん!」


 今まで剣を教えてくれと頼んでは断られ、包丁を握ろうとしては断られてきた。 だがとうとう自分も包丁デビューだ。

 料理人フィア、ちょっと格好がいい。


「じゃあ早速今日の夕食から開始だな」

「今日の晩ご飯なに?」

「今日は特に寒いから暖まるようにシチューにしようかと思って。鳥肉のクリームシチュー」


 フィアは思わず身を乗り出した。クリームシチューとくればあれだ。


「ご飯は?」

「ある」

「じゃあ……」

「心配するな。粉チーズもある」


 フィアはご飯にクリームシチューをかけ、更にその上に粉チーズを振って食べるのが好きなのだ。

 夕食のメニューに浮かれるフィアにシェイドが釘を刺した。


「フィア、忘れるな。今日の夕食の準備から猛特訓だぞ。俺は食べ物を粗末にするのは許さんからな」

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