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神様と元勇者のお菓子屋さん  作者: 魔法使い
第二章 元勇者とその息子の巻
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元勇者の妻と息子

 今日はヴァイスが帰る日だ。

 Uターンラッシュとやらで港町行きの定期便魔法車が満席のため、元勇者一家はフィアの転移魔法で港町までやって来た。

 フィアはきょろきょろと周りを見渡して言った。


「いっぱいだね」


 船着場や待合所は人で溢れかえっている。みんな船に乗るらしい。ヴァイスは客船ではなくグリンヒル商会の商船に乗せてもらうそうだ。


「出港までまだ時間があるから、商会の事務所でお茶でも飲もう」


 ヴァイスはそう言って歩き出す。フィアもシェイドもそれに従った。ここは余りに人が多すぎるのだ。

 少し歩いた所に小さいが小綺麗な建物があった。グリンヒル商会と看板が出ている。ヴァイスはためらわずその扉を開いた。扉を開けてすぐの所にいた中年の男と一言二言なにか話し、背後のフィアとシェイドを振り返る。


「客間貸してもらったから。こっち」


 そう言うと、扉を入ってすぐ右手側にある階段の方へ歩き出し、二階へとのぼり始めた。


「何かすごく綺麗な所だね」

「そうだな」


 フィアとシェイドは調度品が飾られ、絨毯が敷き詰められた室内を見回しながらヴァイスに続いて二階へとあがった。そこでフィアは気付く。ここの事務所の内装は闇の大陸の様式ではない。グリンヒル商会の本部がある火と水の大陸の様式だ。靴を履いたまま室内に入るのもそうである。

 ヴァイスはいくつか並ぶ扉のうち一つを開いてフィアとシェイドを中へ入れた。


「適当に座ってて。お茶もらってくる」


 フィアとシェイドは長椅子に並んで腰掛けた。


「なんか金ピカだね」

「うーん。落ち着かんな」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 壁にかけられた絵の額縁も金色、所々に置かれた調度品にも金が使われている。

 少ししてヴァイスが盆を抱えて入ってくる。お茶が入っているであろうポットとカップ。菓子がいくつか載った皿だ。フィアが嗅いだことのない匂いが漂ってきた。

 ヴァイスは二人の前に座るとカップにポットから飲み物を注ぐ。どうやら先ほどの匂いはこの飲み物だったらしい。フィアはまじまじと見つめた。何故ならば注ぎ口から注がれる液体の色が真っ黒だったからだ。


「黒い……」

「うん。コーヒーだよ。向こうの大陸で一般庶民にも流行りだしたんだ」

「コーヒー?」

「そう。煮出して、上澄みをすするか、こして飲むんだけど。これはこしてないから上澄み飲んで。ちょっと粉が底に沈むまで待ってね」


 小さなカップを目の前に置かれる。しばらく待てと言われたから先に菓子を食べることにした。緑色の木の実が上に飾られた焼き菓子だ。

 一つ摘まんで齧る。サクッとした歯ざわりだ。かなり甘い。

 同じように菓子を食べたヴァイスが苦笑する。


「やっぱり向こうのお菓子って大味だよね。魔界のお菓子とか闇の大陸の団子、餡子もの食べ慣れちゃうとね……」


 そう言ってコーヒーとやらを一口飲んだ。フィアも真似してコーヒーを飲む。

 次の瞬間、激しくむせた。


「ちょっ……大丈夫?」

「フィア、大丈夫か?」


 シェイドが背中をさすってくれる。


「に……にがい……」


 何なのだ、この苦さは。

 フィアは急いで砂糖を大量に使った甘ったるい菓子を口に放り込んだ。これが本当の口直しである。

 シェイドも一口コーヒーを飲んだ。そして頷く。


「フィアにはまだ早いか。それにしても懐かしいな、これも」


 どうやらコーヒーとは子どもの自分には早い飲み物であったらしい。


 三人でとりとめもない話をして時間を潰していると、扉が叩かれた。扉が開かれ一人の男が顔を出す。そしてヴァイスに時間だと告げた。

 三人は立ち上がる。そして商会の事務所を出て、また船着場へと向かった。

 人ごみを抜け、グリンヒル商会の船に近づく。船員の一人がヴァイスに気づいた。


「坊ちゃん。お待ちしてましたよ」

「すみません。お待たせして」


 ヴァイスが船員に詫びると、フィアとシェイドを振り返った。見送りはここまでだろう。


「じゃあ、父さん、フィア。見送りありがとう」

「気をつけてね!」

「気をつけてな。お義父さんによろしく」


 ヴァイスは頷くと二人に背を向けて船へ乗り込んでいった。



 ***



 ヴァイスはどんどん遠ざかる陸地を甲板から眺めていた。

 父とフィアは船が見えなくなるまで見送っていた。小さいフィアは船が見難かったのだろう。父に肩車をされていた。

 その姿を見てヴァイスは自分が子どものころを思い出した。


 子どもの頃はただ純粋に勇者であった父親が誇らしかった。いつからそれが歪み、自分自身を苦しめるようになったのだろうか。

 父は息子が自分と同じような道を歩むことなど望んではいない。だが父と全く似ていない、才能がなく似たような道を歩けないと悟った時、自分は劣等感を抱いた。

 きっとそれは父が原因なのではない。亡くなった母が原因なのだ。

 母は勇者である夫に誇りを持っていた。普通の人間である自分自身に引け目を感じるほどに。それを考えると自分は間違いなく母親似なのだろう。

 そんな母は自分の息子が夫に似ていないことにがっかりしていた節がある。それがヴァイスの劣等感の原因だろう。

 もしかしたら母はがっかりしていたのではなく、父に対して申し訳ないと思っていたのかもしれない。自分に似た息子は凡庸だと。

 母は優しかったが、弱かった。金持ちの娘であるが、貴族でも王族でもない。庶民のそれも成金の娘だ。それでいながら生まれつき使用人に囲まれ、何も出来ない人だった。父と結婚した後も家の中の事は何一つ出来なかった。

 母の父親である祖父が言っていた。結婚の時に多額の持参金をつけてくれと言ったのは母本人だと。他に自分には何もないと母は思っていたのだ。だからせめて財産くらいはと思って自分の父親に頼んだのだろう。

 その話をする時、祖父は苦笑いしていた。きっと祖父のほうがよく分かっていたのだろう。母の持参金が多かろうが少なかろうが父は気にもとめないであろうという事に。

 母も父に劣等感を持っていた。そして自分も。まさに負の連鎖だろう。自分のそれは母親からがっかりされることから生まれた劣等感だ。

 それに気づいた時、思わず笑ってしまった。もう母はいない。がっかりされることもないのだ。

 いつまでも縛られる必要はない。

 だが全て吹っ切れたかと言うとそうでもない。なかなか簡単にはいかないものだ。

 自分は何者でもない。勇者の息子、商会長の孫。肩書きは親や祖父に付随するものだ。自分自身で作り上げたものではない。

 きっと自分自身でそれを作り上げた時、やっと全てを吹っ切れるのだろう。


 ただ少なくとも父親との関係はマシになった気がする。前ほど気まずくはない。急に完全に打ち解けるところまではいかない。けれど、それは仕方ないことだろう。

 滞在中も殆どがフィアを交えて話していたようなものだった。でも沈黙が苦痛にならなくなり、話題に困ることも減ったのは大きな進化だ。


 ヴァイスは小さな『姉』のことを思い出す。

 彼女のことは自分が子どもの頃からその存在は知っていた。父が何かにつけ懐かしそうに彼女のことを語っていたのだ。

 正直なところ、ヴァイスは会ったこともないフィアのことが嫌いだった。定期的に昼食で出される焼きそばも、彼女と父の約束を知れば嫌いになった。

 まるで自分達親子の間の中に割り込む存在に思えたのだ。大人になるにつれ極端な嫌悪感は薄れたが、それでも複雑な感情を抱かせる存在だった。

 数ヶ月前に父から復活してきた彼女と暮らすと連絡がきた時、複雑な感情が渦巻いたものだった。もはやこの歳になって自分の親をとられるなどとは思わないが、今度は別の疑念が浮かんできた。

 そこまでしてやるとは赤の他人とは思えない。その子どもは父の隠し子ではないのかと。

 いっそのこと祖父にでも聞いてみようかと思ったが、思い留まった。たとえそうだとしても祖父に真実を言っているとは限らない。直接見て、場合によっては父を問い詰めてやろうと思ったのだ。

 もちろん彼女が生まれたのは自分より前、両親の結婚前だからとやかく言えることではないが……事実を隠蔽し母と自分を騙そうとしているならば許せるものではないと思ったのだ。

 だがフィアは父と似てもないし種も違いすぎて、そんな疑いを持つのが馬鹿らしい存在だった。

 とは言え、それでもヴァイスはフィアの復活が母の死後、自分の成人後で良かったと思う。フィアと話す父、フィアに振り回される父を見ると、この人にはこんな一面があったのかと驚いた。フィアが語る父の話も自分の知らない姿だった。

 おそらくもっと早くに彼女が復活し家に来ていたら、母も自分も疎外感と劣等感に苦しんだだろう。最悪家庭が崩壊したかもしれない。

 フィアは『シェイドはヴァイスの前では勇者でなくていい』と言っていたが、実際はそうじゃない。自分も母も父を『勇者』とは呼ばなかったが、自分たちにとって父はやはり『勇者』であった。フィアにはそれを言えなかったが……。


「坊ちゃん、昼食!」


 あれこれと考え事をしていたヴァイスの背後から声がかかる。

 出港は昼前だったから、ずいぶん長く考え事をしていたらしい。思わず苦笑した。

 船の中に入り、食堂へ向かう。既に多くの船員が食事をしていた。自分の分を受け取り、適当に席に座る。今日のメニューはコロッケらしい。野菜とキツネ色に揚げられたコロッケが二つ。あとはスープとパンだ。

 ヴァイスが一つ目のコロッケを半分ほど食べ終えた時、突然すぐそばで小さな子どもの声がした。


「コロッケ……」


 驚いてそちらを振り返るとフィアが立っている。船員たちも突如現れたフィアを驚いて見ていた。

 ヴァイスは何か用があって転移魔法で来たのだろうと思った。もしかして自分は忘れ物をしたのかもしれない。

 黙っているフィアに声をかける。


「どうしたの、フィア?」


 ヴァイスの声にコロッケを凝視していたフィアが我に返った。


「うにゃっ、そ、そうだ。フィアお使いで来たの」

「お使い?」

「うん、シェイドがね。ヴァイスにこれ渡してって」


 フィアがごそごそとポケットを探り、手紙を一通取り出した。


「お義父さんに渡してって言ってたよ」


 どうやら父は祖父あての手紙を渡し忘れていたらしい。ヴァイスは手紙を受け取った。


「分かった。ありがとう」

「うん。じゃあ、フィアいくね」


 フィアは手を振ると、ヴァイスの目の前から消えた。

 食事を再開しようと前を向いたヴァイスは皿を見つめ凍りつく。そこには自分の食べかけのコロッケだけが残っていた。手つかずだったもう一つが消えている。

 斜向かいに座っていた船員たちが爆笑した。


「坊ちゃん、やられたなぁ」

「ささっとすばしっこくかっさらって行ったぞ」

「もう一個厨房でもらってきな」


 ヴァイスはフィアがコロッケを凝視していた事を思い出した。どうやら狙われていたらしい。そして彼女はしっかり持って行った。それも手つかずの方を。

 思わず笑ってしまう。そして心の中でフィアに言った。

 弟の貴重な昼食を奪うとは、何て『お姉ちゃん』なんだと。


【第二章 完】

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