新しい宝物
「やあやあ、勇者君。どうしたの? 君から私の家に来るなんて珍しいね」
シェイド宅近所にあるエルヴァン宅。今シェイドとヴァイスはその玄関にいた。ヴァイスの言う良い案を実現させる為である。
「ちょっとお力を借りたいことがありまして」
「ほうほう。なるほど。ま、とりあえず上がってよ。息子君もさ」
「はい」
「お邪魔します」
シェイドとヴァイスは靴を脱いでエルヴァン宅にあがった。彼に案内され居間へと入る。
「座って座って。子ブタちゃんがお茶持って来てくれるからね」
シェイド親子は勧められた座布団に腰を下ろした。エルヴァンはそれを見届けてから自分も座る。
「それでどうしたのかな?」
シェイドは懐から割れたハニワの欠片を取り出してエルヴァンに見せた。
「何これ? 素焼きっぽいけど?」
「エルヴァンさん、ハニワご存じですよね?」
彼は今人間界に生きる者のなかで最長寿のエルフだ。それも気の遠くなる様な昔、この大陸を訪れアンブラーの街をつくったような男なのだから知らないはずがない。
エルヴァンはあっさりと頷いた。
「ああ、これハニワなんだ。でも何でこんな欠片を?」
シェイドは簡単に経緯を話した。ずっと黙って聞いていたエルヴァンはシェイドの話が終わると、なるほどねぇと頷く。
「それで、私の力を借りたいって言うのは?」
「新しいハニワを作ろうと思います」
ヴァイスの良い案とはシェイドが新しくハニワを作り、それをフィアに再度プレゼントすると言う事だった。昔の人が作れたような物ならば材料と設備があれば作れるはず、と言うのがヴァイスの言い分だった。
果たしてフィアが気にいるようなハニワをシェイドが作れるかどうかが問題であったが、背に腹はかえられない。
息子が言うには『器用な父さんならハニワの一つや二つ問題なく作れる』との事だが……。いかんせんシェイドは陶芸の類をした事がないので、何ともいえない。
とりあえずやってみよう、と言う話になりエルヴァンを尋ねたのだ。
ハニワを作るならば、最適な粘土と出来上がったそれを焼く窯が必要だ。
陶芸の専門家を訪ねるべきであろうが、残念ながら新年のお休みだ。こんな時に訪ねて、ハニワを作りたいなど迷惑以外の何物でもないだろう。
その点エルヴァンならば、新年だなんて事も気にしない。面白い事と研究が大好きである。
彼が陶芸に必要な物を持っているとは思えなかったが、彼はエルフだ。その力で材料を何とか出来るだろうと思ったのだ。
エルフは皆、創造の力を持つ。
神の創造の力と比べれば、天と地ほどの差があると言うが世界や生き物を創るのでないのだから問題ない。
エルヴァンに材料でなくハニワそのものを創ってもらう手もあるが、それでは意味がないとシェイドは思った。それで良いのなら、そもそもフィア本人が創造の力で新しいハニワを創っているだろう。
フィアはあのハニワに深い思い入れがあったのだ。
それが何なのか、シェイドには推測することしか出来ない。もしかすると、それは二人で祭りを楽しんだ思い出なのかもしれない。
そう考えればここはシェイド自身が腕を奮う必要があるはずだ。
あの祭りの思い出のハニワではないけれど、謝罪の気持ちを込めて作ったハニワを新しく贈ろう。
シェイドがそう説明すると、エルヴァンはもう一度頷いた。
「ふーん。じゃあ粘土とハニワを作る道具、窯か。いいよ。勇者君には何かと世話になってるからねぇ」
じゃあ研究室へ行きますか、と立ち上がったエルヴァンにならいシェイドとヴァイスも立ち上がった。
***
フィアは全力で三輪車のペダルをこいでいた。
ひどい、ひどい、ひどい。
自分の宝物が割れてしまった。
商店街の中を全速力で駆け抜ける。途中で『おーい、チビ助!』なんて顔見知りの子達に声を掛けられたがそれどころではなかった。
猛スピードで商店街を抜け、行き先など考えずに三輪車を走らせていたフィアは気づけば公園の前にまで来ていた。年末にヴァイスを見かけ、一緒にラーメンを食べた公園だ。
少し迷ったが三輪車を公園の中に進める。先ほどとは違いゆっくりと三輪車を進めるとベンチの前で停めた。三輪車から降りてベンチに腰掛ける。
バラバラになった人形を思い出すとじわりと涙が滲んできた。
あれはフィアにとって特別な物だった。
ちょっとトボけた見た目もお気に入りだった。他の子たちはクマの縫いぐるみなどを好むがフィアにはその感覚が分からない。本物のクマが現れたら怖がるだろうに、何故縫いぐるみのそれは許せるのか。恐怖の対象の縫いぐるみなど欲しくないと思うのだが……人間は不思議な生き物だ。
周りの者はあれこれ言うけれどフィアはあの人形の見た目を気に入っていたのだ。
そしてなによりも自分が誰かに何かをねだったのは、あれが初めてだった。そして心から欲しいと思ったそれを与えてもらえた。
フィアにとっては祭りの思い出とあいまって深い意味のある代物だ。
あの人形を眺めるだけで幸せな気分になれた。そしていつか自分が一人ぼっちになった時にあの人形は心の拠り所となってくれるはずだったのだ、
それがなくなってしまった。
もちろん、シェイドに悪意がないのなんて分かっている。それでもあれが失われたと思うだけでフィアの心は痛むのだ。
その時、俯くフィアの前に誰か立っているのに気づいた。
顔を上げるとそこにいたのはヴァイスであった。フィアは慌てて立ち上がる。
自分は家出中なのだ。
三輪車に跨り、そこから去ろうとしたフィアにヴァイスが言った。
「この近くに美味しいモロコシ焼きの屋台が出てたけど、食べる?」
モロコシは甘くて美味しいフィアも好きな野菜だ。その場を去ろうとペダルをこぎかけた足を止める。
そうだ、家出はモロコシ焼きを食べてからでも遅くない。
「食べる」
モロコシ焼きの次は団子、団子の次は焼きそばと、次々とフィアはヴァイスに連れられて屋台をハシゴした。その結果気がつけばエルヴァン宅の前にまで辿り着いていた。
「じゃあフィア行こう」
どうやらヴァイスはエルヴァン宅を訪れるつもりらしい。目の前の植物葺きの屋根の家を指差している。
だが、フィアはエルヴァン宅を訪れる理由などないのだ。フィアは首を横に振り、ヴァイスに背中を向けて三輪車のペダルをこぎはじめる。
そんなフィアの耳にヴァイスの呟きが飛び込んだ。
「今夜は海鮮丼らしいんだけど……」
フィアはぴたりとペダルを漕ぐ足を止める。そしてくるりと回れ右してヴァイスの足元にまで戻った。
家出は海鮮丼を食べた後でも遅くない。
そう考えたフィアをヴァイスは笑顔で促した。
「じゃ、行こうか」
ヴァイスはフィアを連れ勝手にエルヴァン宅にあがると、どんどん奥へと進んで行く。そしてとある扉の前で立ち止まった。
「ここ……」
見覚えのある扉にフィアは戸惑った。自分の記憶が確かならば、ここはエルヴァンの研究室なる場所だったはずだ。
「そ、先生の研究室」
ヴァイスはそう答えるとノックもせずに扉を開ける。フィアは部屋の中を見て驚いた。
シェイドが机に向かい、粘土で何かを作っている。そのかたわらには割れてしまったフィアの人形とそっくりなものが二つほどある。フィアは思わずシェイドに近づいた。
丸い土台の部分をくるくるまわしながら粘土の形を整えていたシェイドがすぐそばまで来たフィアに気付く。作業の手を休め、フィアへと向き直った。
「フィア、さっきはごめんな。俺の不注意でお前の宝物壊して」
フィアは出来上がった人形二体と作りかけの人形をじっと見つめ呟いた。
「このお人形……」
「ああ、壊れたやつの代わりって言い方も悪いけど……。せめてものお詫びに新しいの作ってフィアに贈ろうと思ったんだ。何とかそれっぽく作ったんだがどうだ? もし気に入らんようなら、フィアが気に入ってくれるのを作れるまで頑張るよ」
シェイドが黙ってフィアの返答を待つ。シェイドだけでない。この部屋にいるヴァイス、エルヴァンもフィアの言葉を待っていた。
フィアは人形を見つめたままの状態で言った。
「すごく上手だね、シェイド」
表情も形もフィアが持っていた人形とよく似ている。そしてこれはシェイドがフィアのために作ってくれた物なのだ。気に入らないなんて事があるはずない。
「せっかくシェイドが作っているくれたんだもん。全部もらったら駄目?」
フィアの言葉にシェイドの表情が緩んだ。そして笑いながら言う。
「いや、全部フィアのために作ったもんだからな。駄目な訳がない」
「ありがとう、シェイド。さっきはごめんね」
「いや。謝らなくていい」
フィアは笑顔を浮かべた。台の上の人形を見ると心が温かくなる。
フィアが人形に手をのばそうとした時、それまで黙っていたエルヴァンが口を開いた。
「あ、まだ完成じゃないからね。乾燥させて焼いて完成なんだ。出来上がったらフィアの元に届けるよ」
「うん、フィア楽しみにしてる」
エルヴァンは出来上がった一体を間近で観察して感嘆の声を漏らした。
「それにしても……勇者君って本当に器用だねぇ」
「そうですか?」
「そうだよ。フィアがいつもかぶってるお菓子柄のニット帽もお揃いのミトンも君が編んだんでしょ?」
「え、まあ……」
「町内会の婦人部の奥さん方が感心してたよ」
エルヴァンは何を思い出したのか、くすくす笑っている。シェイドはどこか居心地が悪そうだ。
早くエルヴァンから逃げたかったのだろう。シェイドは作業台の上を手早く片付けてエルヴァンに頭を下げた。
「エルヴァンさん、ハニワ出来上がったら教えて下さい。ほらフィア、ヴァイス帰るぞ!」
「はーい」
「先生、ありがとうございました」
三人でエルヴァン宅を出る。自宅まで仲良く帰るのだ。
フィアは三輪車のペダルをこぎながら隣を歩くシェイドに尋ねた。
「今日海鮮丼って聞いたよ」
「ああ。明日ヴァイスが火と水の大陸へ戻るからな。最後の夜ってことでヴァイスからのリクエストだ」
「え……ヴァイス帰っちゃうの?」
フィアは驚き、シェイドとは反対側を歩くヴァイスを見上げた。彼はそうだよ、と頷く。
「うにゃ……ずっと一緒だと思ってたのに」
フィアは思わず項垂れた。
そういえば帰ってきたその日にそんな話をしていたような気がする。すっかり忘れていた。このままずっと家族仲良く暮らすものだと思い込んでいたのだ。
ヴァイスにもお仕事があるのだから仕方ない。でも寂しいものは寂しいのだ。
しょんぼりしたフィアにシェイドは苦笑しながら言った。
「明日二人でヴァイスの見送りに行くぞ」
自分はお姉ちゃんなのだから、ちゃんと見送りをしてやらねばならない。それに会いたくなれば転移で会いに行けばいいのだ。
フィアはそう考えることにした。
別れではない。また会える。自分達は家族なのだ。




