6-4 彼母『息子に人間の恋人ができるとは夢にも思いませんでした』
「一言でいうと、口下手で不器用で、友達作りに苦労しそうなタイプだね。でも可愛いよ。親の贔屓目かもしれないけどね。私にはあんまり似てないかな? どっちかというと旦那似。それもあって、余計に可愛く見えるんだよねぇ」
我が子は可愛い、ってやつか。
わかるなー、私のこんな平凡顔でも、パパとママにだけは貶されたことなんて一度もないもん。恒河は平気でブスブス言いまくるけど、あいつも私とそっくりな顔してるのにね。ブスって言葉、そのまんま自分に返ってきてることに気付いていないとは……ククク、哀れな奴よのぅ。
「那由多ちゃん、どうした? えらい悪い笑み浮かべてたよ? ありがとう、悪役の表情の参考に使わせてもらうね! 息子は今日も家にいるから会えるよ。せっかくだから実物を見て、那由多ちゃんの忌憚のない意見を聞かせていただこうかな!」
えぇー、そいつぁ難題だなぁ。ブチ切れた志貴さんの恐ろしさを目の当たりにしたというのに、素直な意見なんて言えるかな? きっと忖度しちゃうよ……。
小洒落た一軒家の敷地内に入り、屋内駐車場に車を停めると、志貴さんは玄関口に私を導いた。
「ここが我が家でーっす。なかなかいいお家でしょ?」
建売住宅の一角である柊家とはまるで違い、スタイリッシュな外観から敷地内に広がる緑まで計算され尽くしたような見事なお宅である。
が、私の目は邸宅よりモダンな門に掲げられた表札に引き寄せられていた。
え? 志貴さんって苗字じゃなかったの?
てっきり苗字を名乗られたもんだと……だって普通、初対面の人に名乗るなら苗字だよね? 私の方は下の名前も聞かれたからフルネームで教えたけど……いやいや、確認しなかった私も私だけど……。
「えっとぉ、あの」
「たっだいまー! お客さん連れてきたー! 着替えてる間に接待しといてー!」
私が問いかけるより先に、志貴さんはシーツをたなびかせながらアプローチを走り、玄関扉を開けて中に飛び込んで行った。
恐る恐る開きっ放しの玄関に近付き、そっと覗いてみると。
「那由多」
聞き覚えがありすぎるほどあるイケボが私の名を呼ぶ。
「なんでウチにいるんだ? 道に迷ったのか? パンくずを追ってきたのか? お菓子の家なら俺もまだ発見できてねぇから教えられないぞ? 知ってても教えないぞ?」
スウェット姿の有瀬くんが、スナック菓子を片手に不思議そうに私を見下ろしていた。
ごめんなさい、と私は心の中で志貴さんに謝った。私には、あなたの息子は可愛くなんて見えません。こんなの……っ、可愛いなんて……っ、たった一言の形容詞の枠だけに当てはめられるわけないじゃない……っ!
嗚呼、暫く期間が空いたせいで忘れてた! この美貌の破壊力よ! 美人は三日で慣れる、しかし三日見ずに再会したらまた全方位から美しいで攻められる! はいっ、新しい諺が爆誕しましたよ!
だって、見てよ!
胸元に『息子専用』ってデカデカと書いてあるドブネズミ色のスウェットを、こんなにも雅やかに着こなせる人間なんざ他にいないでしょ!? おまけにいつもよりひどい寝癖はキュートだし、ポカーンとした綺麗な目元はラブリーだし、お菓子の食べかすがとっ散らかった口元もプリティだし……って何だよ結局可愛いに行き着くじゃん!
そうですね、志貴さん!
学校での彼しか知らなかったけどお家仕様の有瀬くん、確かに可愛いですね! でも可愛いを超えて、可愛い可愛いが可愛い可愛い可愛い可愛いで、可愛いがワケわかんなくなっちゃうよ!!
可愛いの概念を超越した存在だよ、これ!!
なのに――こんな最高の美しいと最強の可愛いが奇跡のコラボをしたような存在を前にして、面倒なことになってしもた……と頭を抱えたくなるのは何故なのか?
「おまたせー、那由多ちゃん! あれ、中に入ってなかったの? オイィ留佳、真央どこ行ったんだよ?」
「父なら夕飯の買い出しに行った」
「真央がいないなら、代わりに接待しといてよねー。こんなとこに女の子一人で立たせっ放しにするなんて、可哀想じゃないか」
「父がいない隙にお菓子食ってて忙しかった」
「もー、ほんと私に似てダメな子だなぁ。あ、那由多ちゃん。これ、息子の留佳。どう、可愛い?」
Tシャツとデニムに着替えた志貴さんが、有瀬くんの肩に手を回して笑いながら言う。
「ハイ、トテモ可愛イト思イマス。デハ、私ハ帰リマス。ゴキゲンヨウ」
ぎこちなく答えて、私は逃げ出そうとした――が。
「那由多、母と知り合いなのか?」
もしゃもしゃとスナック菓子を食べながら、有瀬くんが尋ねてくる。
やめて、今はお菓子を食べることだけに集中して! 余計なことを言わないで!
「あれっ、二人の方こそ知り合いなの? うっわ、面白い偶然だねー。もしや同じ高校のクラスメイトだったり?」
「高校は同じだけどクラスは違う。恋人同士だ」
さらりと、有瀬くんは今一番言ってはならないことを口にした。
たちまち志貴さんの笑顔が固まる。
「恋人って……誰と誰が?」
しかし志貴さん、気丈にも問い返す。私としては、やめてくれの上塗りだ。
「俺とこいつ。有瀬留佳と柊那由多が恋人同士だ」
有瀬くんが完膚無きまでにきっちり答えると、私ももう諦めの境地に達した。ここまできたら、バレちまったもんは仕方ねぇ開き直ったらぁ精神を発動するしかない。
「へー、そうなんだ。で、有瀬留佳って誰?」
「俺の記憶では、有瀬志貴が産んだ子の名前だったはずだけどな。恋人の話は明日香から聞いてただろ。いちいち面倒臭ぇ反応すんなよ、面倒臭ぇ。はい、那由多、やる」
有瀬くんは心底怠そうに溜息をついてから、食べ終わったスナック菓子の空き袋をむぎゅむぎゅ縮めて何故か私に手渡してきた。
溜息つきたいのはこっちだよ。これも自作のお菓子の家だと言いたいわけ? ちょっと手を加えりゃ何でもプレゼントになると思ってんなら、大間違いだからね!
「いやあ、ごめんね? 留佳に恋人ができたって話は聞いてたんだけど、お相手はカブトガニかダイオウグソクムシあたりを想像してたからさ」
志貴さんが申し訳なさそうに頭をかいて苦笑いする。
「ですよね……心中お察しします」
横流しされたゴミを手に、私は死んだような目で応答した。
「わあ、否定しないんだね。こいつ、できる子だ!」
「うん、那由多はできる子だ。青飴持ってるし」
母親に乗っかったけど、こちらはどこまでもお菓子基準。それが有瀬留佳スタイルだ。ここまで徹底してるともはや清々しいわね。
「青飴? へえ、珍しいね。地方限定のお菓子だよね……って、ずっと立たせたまんまだったよ! ごめぇん、那由多ちゃん、上がって上がって!」
正直、今すぐにでも帰りたい……と思っていたけれど、志貴さんの人懐こい笑顔と有無を言わさぬ押しに勝てず、私は有瀬家にお邪魔することになった。




