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『女神セレスの加護を持つ乙女』

遺跡のなかに点在する天幕の内、一際大きく古びた天幕のなかでシオンの伯父のダグラスは布張りの組み立て椅子に座るシオンの腕や服の合間から見えるみみず腫に目敏く気付き、秀麗な相貌に強い怒りを滲ませ。俯くシオンに問う。


シオンは伯父から渡された茶葉を煮出した薄い紅茶の入ったカップを握り締め、ぽつぽつと語る。


豊穣の女神セレスの神紋を持つ異世界人の少女が顕れて、シオンの通うブロセリアンド学園に特待生として通うようになったことから坂を転がり落ちるかのように周囲の人々が可笑しくなっていったのだと。


セレスの神紋という言葉にダグラスはシオンの焼け爛れた右手を見た。

シオンはメドラウドの治癒を持ってしても治りきらなかった右手に目を落として、力なく笑う。


「すまない。女神セレスの神紋というのはなんだろうか。レディ・シオンの右手の痛ましい傷となにか関連があるのか?」


「お前さん。女神セレスを知らないのか。」


「ダグラス伯父様。モードレッド様も異世界から来た方です。」


とう様とかあ様の釈放と領地の返還を条件に提示され。私がモードレッド様を異世界から召喚しました。


「そしてモードレッド様は今代の勇者でもあります。」


「ッ召喚術はぺルル家の十八番──!!だが初代勇者を召喚して以降、生きた人間の召喚は禁忌とし。人間を異世界から召喚する術は失伝した筈だぞ!?それを、お前が復元したのかシオン!!」


「···ダグラス伯父様わたくしは学園一の才女でしてよ?なんて、この身に流れる血があったからこそ実現出来た召喚でした。」


ぺルル家の初代は再び勇者を召喚しなくてはいけない時が来ると読み、子孫に血を絶やすなと厳命しました。


「ぺルル家の初代は自分たちの血に己の記憶を刻んだからです。ダグラス伯父様にも覚えがあるのでは?」


「ああ、血の継承か。俺は兄貴やシオン坊ほど血は濃くないから自分の血からあまり多くの記憶は引き出せない。だが、そうか。シオン坊は血に刻まれた初代の記憶を引き出し、異世界人の召喚を実現したのか···。」


メドラウドの視線に気づき、すまん。置いてきぼりにしちまったが。これは重要な確認なんだとダグラスはメドラウドにもカップを持たせて。


使い込まれ、煙でいぶされたように煤んだ銀のティーポットからやはり薄い紅茶をなみなみと注ぐ。砂糖はないからな、我慢してくれと言われたメドラウドは紅茶を口に含む。


香りは強いのに驚くほどの無味だったのでメドラウドは顔をしおしおにする。


ダグラスは此処等で普及してる紅茶はなー、香りは良いんだが味は薄くてねぇと自分は豆のスープをすする。


そっちの方が良いと目で強く訴えるメドラウドにダグラスは笑いながら別のカップに豆のスープを鍋から掬って渡した。


ああ、よかった。これには味があるし、馴染みのある味だなとメドラウドは表情を緩めた。メドラウドの数少ない友に異国の出の騎士が居る。


その友が野営になると頻繁に作るひよこ豆のスープに良く似ていた。煮込みすぎて豆の形が崩れているところが本当にそっくりだとメドラウドはほっこりと和んだ。


食事をしたのは何時が最後だろうかとメドラウドは考え。記憶の底を浚っても思い出せず。


久々のまともな食事だなと呟いたメドラウドにダグラスとシオンは顔を見合わせて。スッと近くにあったメドラウドには初見の四角いパンとベーコンの塊を構えた。


シオンは此処が我が屋敷であったなら···!と悔しがりながらダグラスが焼き台に乗せた小さなフライパンで炙ったベーコンと穴あきチーズを分厚く切って。


瓶に入ったマスタードと蜂蜜をあわせたハニーマスタードソースとバターを塗ったパンに挟みメドラウドに手渡した。


メドラウドは目をパチリとさせて。瞳を金から虹に、虹から金に変化させながら食べても良いのだろうか?と二人に訊ね。シオンとダグラスはうんうんと似通った仕草で頷く。


では遠慮なくとメドラウドはベーコンサンドを持ち、これはどう食べたものだろうと言う顔をするのでダグラスは思いきって齧りつけと促した。


メドラウドは口の大きさの割りに小さく口を開けてベーコンサンドにかじりつく。


むっむっと咀嚼し、パッと顔を明るくして瞳の色を忙しなく変えながら口にはまだベーコンサンドの欠片があるので開くことなく。


表情をゆるっと緩めて美味いと物語るメドラウドにシオンとダグラスもほっこりとする。お前さん、良い顔で食うなぁとダグラスはチマチマとベーコンサンドを食べるメドラウドにふはっと噴き出した。


「肉がぽそぽそしていない。チーズも塩味あれども甘さがあって。パンも小麦の味が強いし。信じられないほど柔らかいのに程好い噛み心地だ。」


それにこの黄色いソースがとかく美味い···!私は宮廷で出された猪の丸焼きが一番美味だと思っていたのだがこのベーコンを挟んだパンはそれ以上だ。


「そうか···。この世界は食が豊かなのだな。よいことだ。食が豊かなのは国が豊かで民も幸せな証だ。」


母上に食べさせられた生煮えポリッジにすりおろしただけの人参の生搾り冷製スープの悪夢が記憶から洗い流され、うん。


「綺麗に洗い流された···ような気がしないでも、ない···。」


「さてはお前さん。良いとこの坊っちゃんだろうにろくな食生活を送ってないな。なんなんだすりおろしただけの人参の生搾り冷製スープって。」


「············食べる悪夢?いや、地獄だな。あれをまた食べるぐらいならば、私は泥水を一気飲みする方が楽だなぁ。」


「ゲテモノ料理か?」


「はは···。アレをゲテモノ料理と一緒にするのはな。ゲテモノ料理に失礼というものだ。イモリも蛇も昆虫も食えるしなんなら調理次第で美味い。だから母上のアレはゲテモノ以下だった。」


えぐみと青臭さと腐葉土と強烈な酸味と苦味のすさまじいマリアージュ···。


「何故料理音痴な人間ほど自信満々にアレンジとリメイクとリボリューションを起こしたがるのか!」


母よ、頼むから食卓に革命を起こすな──!!と悲壮な顔でガタガタと震えながら魂の慟哭を叫ぶメドラウドにシオンは無言でベーコンサンド。ダグラスは豆のスープを追加した。


メドラウドの食生活が凄まじいレベルで悲惨かつ惨憺たるものなことを察知したシオンは。


モードレッド様はシチューはお好きですか?わたくし料理はかあ様と乳母に習ったので、令嬢にしては人並みに出来ますわ。


肉団子と玉ねぎに甘い人参と炒めたキノコが沢山入ったシチューをよくかあ様と作っていましたの。


言わば我が家の味。自信を持って出せますわ。よければ作らせてくださいませと目に見えて一気に窶れたメドラウドを励ますシオン。


メドラウドは目の端に涙を滲ませ、貴女が救世主か──!とシオンの両手を掴んで発光した。

感謝の念が物理的に迸ったメドラウドに光が直撃したダグラスがぐおおっと両目を覆って呻いた。


「えっと。話を戻しますね。モードレッド様。此の世界には百年に一度の頻度で、豊穣の女神セレスの加護を持った乙女が生まれます。」


豊穣の女神セレスは此の世界において、十二柱おられる主神の内一柱。その権能は豊穣。女神セレスが居るからこそ、此の世界には四季があり作物や動植物が生まれるのです。


「けれどもその権能を此の世界に隅々まで行き渡らせるには目も手も足りない。」


故に女神セレスは現世に己の目と手になる乙女を百年に一度、選び。その乙女を介して自分の力を行き渡らせるのです。女神セレスに選ばれた乙女はその証である紋様、神紋を授かります。


この神紋を授かった人間はそこにあるだけであらゆる作物を実らせ、土を富ませて生き物を肥ゆらせる。


ですが女神の御子たる乙女を蔑ろにすれば女神の怒りに触れ、大地は荒廃し草木は枯れ果てることになる。


「なので我が国ログレスでは習わしとして女神セレスの神紋を授かった乙女は出自を問わずに王宮に召し上げ、世継ぎの妻に迎えるのです。」


「···シオンはな。女神セレスに選ばれた乙女だった。シオンは七歳の時に右手に女神セレスの神紋を授かった。」


だから同じ年に生まれた王太子の婚約者にされた。本当なら、ぺルル家の跡継ぎとして婿を迎える筈だったんだ。シオンはぺルル家初代の再来と言われる才女でな。


「シオンって名前も初代ぺルル家当主にあやかった名前だ。初代当主の肖像画とシオンはそっくりで、初代当主の生まれ変わりかと思うぐらいなんだよ。」


だからって訳じゃないがシオンなら良い女当主になった筈なんだがね。ボンクラ野郎。


「もとい、王太子の婚約者になっちまったからには仕方がないと兄貴は遠縁の遠縁。そのまた遠縁から養子を取った。」


「王太子のシャルル殿下は婚約者となったわたくしをあまりよく思ってはいませんでした。」


辺境の田舎娘、芋臭令嬢、高慢きちの知ったかぶり。


「ああ、わたくしの髪が灰色ですので灰被りだなんて言われたりもしましたわね···。」


けれどもわたくしは女神セレスの乙女であり。シャルル殿下も王太子である以上、婚姻は避けられないこと。わたくしたちの婚姻は言わば国の、民の為のものです。


「だから仲睦まじい夫婦にはなれずとも──」


殿下と友人に。よき理解者になれたら良いと思っていましたとシオンは眉を下げて笑い、首を緩く左右に振って憂いを断ち切るように女神セレスを祀る神殿に異世界から一人の少女が顕れたと話を続けた。


少女の名はアリス・サトゥ。異世界のニホンという国に暮らす学生、歳は十七才。女神セレスの色とされている桃色の髪と神紋を持っていたことから教会関係者から報せがあり王宮に保護された。


珍しいが異世界人は時々現れるからアリスが異世界人なことで特に危険視されることはなかった。


問題はアリスの胸に女神セレスの神紋があったことだ。


そしてシャルルがアリスこそが女神セレスの真の乙女であるとしてシオンとの婚約を破棄してアリスを己の婚約者に据えたことだった。


当然ながらシャルルの行動は波紋を呼んだ。だがアリスが女神セレスの神紋を持つことは事実。だからこそ、シャルルは自分の行動は正当なものだと主張した。それでも当初はシャルルの行動を咎める声や目があった。


だがシャルルの手配りでアリスが貴族の子弟が数多く通い。シャルルとシオンも籍を置くブロセリアンド学園に特待生として通うようになった途端、逆風はシオンに吹くようになったのだ。


特待生のアリスは生徒会長を務めるシャルルによって生徒会入りしたのだが、生徒会役員の名門貴族の子息六名がいずれもアリスに夢中になり。競うようにアリスの関心を惹かんと人目も気にせず侍った。


生徒役員だけに留まらず見目よい男子生徒や教員までアリスの寵を得ようと躍起になり、アリスの周りには常に数人の男子生徒が入れ替わりながらハーレムのように侍っていたと。


シオンは彼女は学園の女王でしたと目を伏せる。


アリスの虜になった生徒たちは挙ってシオンの女神セレスの神紋はシャルルの婚約者になる為に拵えた偽物だと弾劾し、アリスこそ真の女神セレスの御子。聖なる乙女だと崇めて熱狂した。


その異様な狂騒に危惧を抱いたシオンの両親は留学という名目で隣国にシオンを逃がそうとした。


だがシオンは逃げるのが遅すぎたのだ。


宰相だったシオンの父は養子に迎えた義息子アンリの密告によって公金横領と国家反逆罪という謂われなき罪を着せられて投獄され、シオンもシオンの母もまた身に覚えのない罪で投獄されることになった。


両親と自分の身の潔白を訴えたシオンはシャルルの息の掛かった者たちによって拷問を受けた。背中を鞭打たれ、女神セレスの神紋があった右手には焼きごてを押し当てられた。


それでも、シオンは身の潔白を必死に訴え続けた。己の為というよりも、両親の為に──。


「わたくしは愛されていましたの。とう様とかあ様に。」


宝物だと、愛しい娘だと慈しまれて。大事に、大事に。ッなのにわたくしが上手く立ち回れなかったせいで二人は投獄され、同じように拷問を受けているかもしれない···!!


「こんな苦痛を、恐怖を、とう様とかあ様も味わっているのだと考えるだけで胸が張り裂けそうだったっ!!」


だから魔王再来の兆しがあったと。他国に先駆けて、勇者を召喚する為にぺルル家の者が持つ力を使えと言われ。引き換えに取り上げられたぺルル家の領地の返還を。とう様とかあ様の解放を提示され。


一も二もなくわたくしは頷きました···とシオンはメドラウドが羽織らせたマントを強く握り締めて苦し気に息を詰まらせる。


ダグラスはメドラウドに此の世界アヴァロンには魔王と呼ばれる存在が百年ごとに現れると語る。


「···魔王を倒せるのは勇者と聖女のみとされている。だが勇者も聖女も都合よく現れるとは限らない。だから、異世界から勇者や聖女を召喚する術がぺルル家の初代によって編み出された。」


「しかしぺルル家の初代は魔王討伐後。この召喚術を禁忌として封じました。ぺルル家初代は召喚した勇者を元の世界に戻せなかったからです。」


「ちなみにログレスの初代国王は勇者だ。王家の直系は勇者の子孫に当たるだけじゃなく。度々現れる勇者や聖女を嫁や婿にして。その血を一族に取り込んできた。だからだろうな。ログレスの王族はなにかしらの異能を持って生まれてくる。」


《続く》 

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