『円卓の騎士 西へ行く』
「···俺の嫁さんは俺より俺のことを分かってるなぁ。俺はアイツらの力になってやりたい。留守を頼めるかハニー。」
「ええ、任せてちょうだいなダーリン。」
アディシラは微笑み、屋敷に鳴り響いた置き時計の音にダグラスは帰りが遅いな、シオン坊とダグラスが顎を擦る。メドラウドが居るから滅多なことはない。
そう断言出来る程度にはアディシラもダグラスもメドラウドを信頼している。とは言え心配なものは心配だ。シオンもメドラウドも世間慣れしていないし、シオンに至っては根本的に御人好しなのだ。
メドラウドもその気があり、自分一人が不利益を被るだけなら看過してしまう。加えて二人は見目が良い。シオンの元婚約者のシャルルは散々に容姿を貶したが伯父の贔屓目無しにシオンは淑やかで愛らしい娘だ。
王太子の婚約者。未来の国母という重責と抑圧から解き放たれたことで。生来持ち合わせていた活発さが顔を出すようになり。拷問によって負った負傷が治れば溌剌と働き出したシオンの晴れやかな笑みに惹かれる若者は多く。
アディシラが目を光らせているので直接的なアプローチこそ今はないがアディシラと領地の視察に出て。女神セレスの祠で祈るシオン見たさに年若い男だけでなく。娘衆が集まってくるのだ。
獣人は種族柄、大柄な者が多からか男も女も小さく愛くるしいモノに惹かれがちだ。荒野を根城とするアウトローなガンマン、荒くれ連中ですら可愛いらしいモノに目がなく。
それとなく自作のウサギや小鳥などが刺繍された繊細で可愛らしいハンカチーフを持っていたりするし。
裁縫が得意で刺繍やレース編みが趣味な厳つい相貌のアウトローが結構な数で居たりすのだが。それはともあれ。
シオンは小動物のように小さく愛くるしい。まさに獣人の好みど真ん中を貫く容姿だった。アディシラは荒くれ連中に目をつけられてやいないかしらと呟く。
シオンとメドラウドが心配になってきたダグラスが迎えに行くかと玄関に向かうとちょうど二人が帰ってきた。出掛けた時にはなかった荷馬車と共に。
メドラウドに至っては何故か全身を隙間なく真っ赤な血で染めていた。
「スプラッター&惨劇の気配ィ!?」
「あ、伯父様。」
なにがあったと駆け寄ったダグラスとアディシラにシオンが語るところによれば、スルーフット領の豊作を祈るべく女神セレスの祠に行ったところログレスの兵士たちが現れたという。
兵士たちはシオンをログレスに連れ帰ろうとするも拒絶されると見るや召喚具と思しき道具を使って魔獣の一種であるワイバーンを呼び出して──、
「ワイバーンにメドラウド様が頭から丸飲みされました。」
「今、そこに居るメドラウドは幽霊だったりするか。」
「生きてるから安心してくれ。喰われた時は私も流石に焦ったな。空に飛ばれでもしたら面倒だったから飲み込まれた瞬間にワイバーンの腹を引き裂いて脱出した。」
「ああ、だから血みどろなのかお前さん···」
「ちなみに素手で引き裂いてました。ログレスの兵士の方々はワイバーンの腹から出てきたメドラウド様を見て逃げようとしましたけど。メドラウド様が魔術を使って捕まえて。そのまま尋も、えふん。楽しくお話をしまして···。」
今、ログレスは不作が相次ぐなかで重税を貸したらしく民衆が国に。というより王家に不満を募らせているそうで。
「民衆の不平不満を逸らし、急落した王家の威信を回復する為にシャルル王太子を勇者。アリス嬢を今代の聖女としてブロセリアンド学園の生徒数名も加えて魔王討伐に行かせたそうです。」
「うん。伯父様は嫌な予感しかしないんだが。」
「低級の魔物すら倒せなかったので代わりに魔王を倒せだそうです。なお魔王討伐の功績はまるっと自分たちのモノにする腹積もりなんだとか。」
「そう来るかー。ログレスの連中にシオンたちの居場所が向こうに知られてるのは痛いな。」
無精髭の生えた顎を擦るダグラスにアディシラは気絶して荷馬車に放り込まれたログレスの兵士たちを見て頷く。
「ダグ、こうなったからには早めに出立した方が良いね。アタシは必要な物を用意して来るよ。」
「ああ、頼む。」
「伯父様?」
「シオン。メドラウドの体質を治す手懸かりがあるかもしれない。」
ダグラスの言葉にシオンはメドラウドを見た。目を見開き、信じ難いものを見たかのように驚きを含んだ顔で。それは本当かとダグラスに問う。それに頷き、確証がある訳じゃないが。
それでも諦めるのはやれることを全部やってからだとダグラスはメドラウドとシオンに笑う。目指す場所は西の果て、魔王のお膝元。
「てな訳で。シオン、メドラウド。楽しい旅行のついでにちょっくら世界を救いに行かないか。」
「あ、世界を救うのは旅のついでなのですか。」
「ああ、気負う必要はない。魔王討伐はオマケもオマケ。倒せそうなら倒すってスタンスで十分だろう。ま、あのボンクラ共を出し抜いてやるのも悪かないかもだがな。」
善は急げ。翌日、朝ぼらけのなかシオンたちは旅立つことになった。メドラウドはダグラスと幌馬車に荷物を乗せていたのだがシオンの姿がないことに気付き。
もしやと思い、屋敷の側にある女神セレスの祠に向かえば朝陽が差し込むなかで祈るシオンが居た。両手を組み、目蓋を伏せ。微かに俯き、静かに祈るその姿は清廉だ。
己の母を筆頭になにかと灰汁の強い。個性的な女性ばかりを見てきたメドラウドからすればシオンは聖女という言葉が似合う清らかな少女だった。
穢れを知らない。無垢でひたむきな愛くるしい少女をメドラウドは守りたいと思う。これまでの苦難。艱難辛苦を思えばこそ報われて欲しいと。幸せになってくれたならばと願っている。
叶うのならば、望むことが許されるのならば。シオンが心から幸せだと笑う時、その傍らに居られたらと思わずにはいられない。
眩しいものを見詰めるように。シオンを眺めていたメドラウドの微かな息遣いに気付き。厳かに女神セレスの神像に祈りを捧げていたシオンが目蓋を開き、年相応の愛くるしい笑みを浮かべ。
メドラウド様···!と名前を呼んだ。ただ、それだけでメドラウドの心臓は脈打ち、甘く痺れるのだから。自分は存外、初心な男だったらしいとメドラウドは小さく苦笑した。
シオンの手には枯れた小さな花がある。目でそれはと問うと祠に供えられていたモノです。新しく花を供えたのでとシオンの目線を辿ると色鮮やかな花が神像の前に供えられていた。
枯れた花をどうするのか問うより早くシオンは枯れた花に小さく吐息を吹き掛ける。メドラウドはその時、奇跡を見た。シオンの吐息が枯れた花を撫でた途端に萎れ、ひしゃげた花が摘まれた時の姿に戻る。
目を見開いたメドラウドにシオンは少しだけ誇らしげにわたくしは魔法の類いは使えませんが。作物の実りをよくしたりだとか。
「こんな風に枯れかけた花を元に戻すことは出来ますの。」
女神セレスの乙女とは言わば女神セレスが地上に蒔いた意思を持つ端末ですから。少しだけ女神セレスのお力をお借りできるのです。
「シャルル殿下には地味で目立たない力だと言われてしまいましたが···。」
「これを地味と言える頭が羨ましい。とんでもない奇跡だというのに!限定的だが貴女がやってのけたのは死んだモノの蘇生だ。奇跡としか言いようがないぞ···!!」
「そんなにすごいことなのですか?牢屋では安心して食べられるのが干からびた豆しかなかったものですから。どうにかお腹を膨らませたくて何時も使ってましたの!」
頑張れば増やせたので生豆だけは食べ放題でしたわ。えへんと得意気に胸を張るシオンは大変愛らしいが。メドラウドはログレスとシオンの元婚約者であるシャルルに対する怒りと殺意が蓄積していく。
あの時、まとめて雑巾絞りにしてやればよかったと目を据わらせるメドラウドにシオンは腕に抱え直した花束から一輪、その瞳と同じ花を抜き取り。背を屈めて頂けますかとメドラウドにねだった。
シオンの意図は汲み取れなかったが、素直に背を屈めたメドラウドにシオンはその口に花を添えて躊躇いなく口付けた。なにが起きたか一拍後に自覚し。メドラウドは驚き、シオンを凝視する。
シオンは微笑み、この花はアステルというのですが。わたくしがつけられたシオンという名はこのアステルのことを指してるそうですと語りだす。
「···ぺルル家の初代である召喚術師シオンは孤児だったのですが。名前すらなかった彼女に初代勇者は花束と共にシオンという名をぺルル家初代に与えたそうです。」
勇者の国ニホンではシオン《紫苑》というのはアステルのことで。瞳の色から、シオン《紫苑》と名付けたそうです。初代の彼女はよほど嬉しかったのでしょうね。
「わたくしの屋敷の庭には初代の彼女が手づから植えたというアステルが毎年のように咲いていました。」
初代勇者の命日がある季節に。ログレスの国花は初代勇者、国王が定めたスリジエ。サクラで。
「人々にとって勇者の花と言えばこのサクラですが我がぺルル家にとってはアステルこそが勇者の花なのです───。」
シオンはくすくすと無邪気に笑い、メドラウドを真っ直ぐに見詰め。わたくしを貰ってくださるかしらとシオンを表す花紫の美しいアステルを差し出す。微かにその手を緊張に震わせながら──。
「···無責任なことは言いかねる。」
メドラウドの言葉に顔を曇らせたシオンがその手を下げる間際。メドラウドはシオンの手からアステルを抜き取り。しかれども、想いを秘めることも儘ならないとアステルに口付ける。
私は幸運な男だ。忠誠を捧げたひとから得難き宝を与えられた。我が友、アグラヴェイン曰く。愛とは何にも優る至宝だという。
アグラヴェインの言葉の意味をたった今理解したとメドラウドは眉を下げて微笑う。
「私は数多の罪を積み上げた大罪人だ。」
そんな私がこんなことを願うことは許されないことだと分かっている。だが、私は苦労ばかりをしてきた貴女を幸せにしたいし。
「貴女を幸せにするのは自分でありたいとも思う。」
「これ以上にですか?」
シオンはあどけなく微笑みながら。憧れ続けた方と想いが通いあう。そんな奇跡が起きましたのにこれ以上の幸せを望むだなんて我が儘ではありませんか?と怖がるのでメドラウドは貴女は幸せになることに貪欲になって良いのだと笑う。
ひとは、ただ漫然と生きるのではない。叶えたい願いを誰しもが胸に秘めながら生きている。であれば幸せになりたいという願いを抱えて生きることはひとであれば当然のこと。
貴女は女神セレスの乙女である前に。一人の人間だ。貴女は幸せになりたいと願う資格があると語るメドラウドにシオンは女神セレスの乙女である前に一人の人間として···と呟き。暗がりのなかで光が差し込んだかのように泣くのを堪えて柔らかく微笑んだ。
「とても我が儘なことを言ってもよろしくて?」
「その我が儘を私は叶えて差し上げたい。」
「わたくし、わたしは本当は淑女らしくないんです。」
ダンスなんてだいっきらいだし。社交なんて億劫ですし野を駆け回る方がだいすきで。実は食事が楽しみな大食らいです。
「淑女どころか貴婦人らしくないわたしをメドラウド様は好きになってくれますか···!!」
「可愛い我が儘だ。けれどもシオン。その我が儘はとうに叶っている。なにせ私はとっくに貴女に惚れているのだから。」
メドラウドの言葉にシオンはぺちりと自分の頬を手で隠し。あの、その。幸せすぎてわたし!すごくみっともない顔をしちゃいそうと恥じらうものだからメドラウドは笑って。その可愛い顔は私にだけみせてくれるかと抱き締めた。
「一度やってみたかったんだ。てな訳でステータスオープンッ!!」
「伯父様が厨二病に目覚めた···。」
メドラウドと共に幌馬車まで戻ると意気揚々と高らかにダグラスがポーズを取りながら謎のワードを発していたので突っ込むシオン。ダグラスは顔をキリッとさせ、異世界転生モノのお約束なんだと語る。
メドラウドとシオンが揃って首を傾げるなか、ダグラスは前よりも距離が近い二人に話せたいことは話せたか?と訊ねた。
メドラウドとシオンは顔を見合わせて笑いあう。そんな二人にダグラスは推しカプの尊いやり取りを見逃した気がするなとボヤきつつ幌馬車の御車台に乗る。
「────そんじゃまあ、ぼちぼち行きますか。目指すは西の最果て。世間を騒がす魔王のお膝元へ。」
飛ぶのをやめた鳥たちに新たな風が吹く。二羽の番の鳥はいま翼を洗う新たな風を受けて飛び立つことを決めた。この二羽の番の鳥たちの冒険譚がいま穏やかに幕を上げようとしていた。




