化け物
公爵はゆっくりと瓦礫をどかしていく。
下に誰かいるかもしれない。
そう思うと焦って急ぎたくなるが、下手をしたらそのせいで瓦礫が崩れ、下敷きになっている人に2次被害を与えてしまうかもしれない。
慎重に行動しなければならなかった。
時間はかかったが、瓦礫をどかして下敷きになっている人たちを救出することはできたが、残念ながら手遅れだった。
下敷きになっていたのは全員ルーデンドルフ家に仕えているものたちだった。
エリカと妻の姿は見当たらず、張り詰めていた緊張が解けて、深く息を吐いた。
例え政略結婚だったとしても、長年共に過ごした相手だ。
心配しないわけがない。
エリカは実の娘だ。
親が子を心配するのは当然。
だが、二人の姿どころか遺体も見当たらない。
襲われたとき、ここにいなかったのかもしれない、と公爵は思った。
いや、思いたかった。
公爵の推測は当たっていた。
領地が魔物に襲われた日、妻は社交界に出かけ、エリカは教会に行っていた。
そのおかげで二人は難を逃れることができた。
そんなことを知らない公爵は生死を確認するために領地内を隅々まで調べた。
だが結局見つけることができず、そのせいで公爵は最悪な想像と、もしかしたら、という希望の想像を繰り返しすることになってしまった。
「閣下」
公爵が最悪な出来事を想像していると声をかけられた。
「どうした」
公爵は何かあったかと思い、緊張した面持ちで尋ねる。
「あの、これなんですが……」
男は公爵に缶に入った塗り薬を見せた。
公爵はその薬草を見た瞬間、背筋に悪寒が走り、危険を感じた。
気づけば男の手のひらに乗った缶を払うように遠くへと飛ばした。
「今のはいったいなんなのだ」
一見ただの塗り薬に思えたが、あれを塗ってはいけないと本能が告げていた。
「缶に描かれていた紋章からオルテル家の薬だと思います」
男はオルテル家の薬の凄さを知っている。
だから、その薬を公爵に届けた。
誰のものかもわからないが、その塗り薬を使えば公爵の傷を治すことができると思い届けたが、まさかの拒絶に固まってしまう。
どうして、と、公爵を見るとただの塗り薬が入った缶なのに警戒していた。
男は公爵の目の奥には怯えが宿っているように見えた。
そこでようやく男はこの缶が危険なものだったのかもしれない、と自身の軽率な行動を後悔した。
「全員に伝えよ。オルテル家の薬には一切手を出すなと」
「はい」
男は公爵の命を仲間に伝えるため急いで向かうが遅かった。
何人かは既に薬を塗っていた。
男が「塗るな!」と叫ぶ前に薬を塗った者たちが突然苦しみ出した。
獣ような唸り声をあげ、首を絞めたり、血が出るまで思いっきりかきだした。
さっきまで普通だった同僚の姿に男は驚くが、嫌な予感がして剣を抜き構えた。
他の者たちも同じように身の危険を感じたのか剣を抜いた。
ただ、斬ることだけはできなかった。
簡単に殺せるのは今しかないと頭ではわかっていても、それを行動に移せる勇気を誰一人持っていなかった。
肌の色が変色し、肉が溶け始め、泥の塊のような体に変化していくのを見て思い知らされた。
彼らを助けることはもうできないと。
男たちは化け物となった同僚たちに襲われてようやく斬ることができた。
「何があった」
異変を感じ公爵は急いで騒ぎ起きている場所へと向かうと、泣いているものたちがいて困惑した表情でルークに尋ねた。
ルークもよくわかっていないのか、困った表情をするだけで何も言わなかった。
彼らが落ち着くのを待ってから話しを聞くしか方法はないみたいだった。
最初に落ち着きを取り戻したのは、数分前に公爵がオルテル家の薬を使うな、と伝えるように命じた男だった。
「言えるか」
公爵は男が自分に近づいてくるのを見て、大丈夫なのかの確認も込めて問いかけた。ら
男の目は赤く潤んでいたが、真っ直ぐに公爵の目を見つめて「はい」と返事をした。
「では、何があったか教えてくれ」
男は顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情でゆっくりと話し始めた。
「薬です」
男の声は小さかったが、全ては薬のせいでこうなったと確信した言い方だった。
「それは、さっき私に見せたものか」
公爵は問う。
「はい。私は比較的軽症だったので、薬を塗りませんでした。ですが、化け物に変わった者たちのほとんどは重症でした。オルテル家の薬の効能は有名です。ここ最近は落ちていましたが、オルテル家以上に信頼できるものもないので使ったんです」
公爵もルークも話しを聞いて「確かに、その通りだ」と頷いた。
重症なら尚更薬で傷を治したかったはずだし、と部下たちの行動は間違っていないと正しいことだったと思う。
「最初は少し不安でしたが、ライザが一番最初に薬を塗って効能を確認したんです。すると、前のように塗った瞬間、傷が綺麗に消えたんです。だから、皆安心して薬を使い始めました」
男は顔面蒼白になりながら続けた。
「その後は閣下に薬を届け、戻った後には……」
男はそれ以上言葉を続けることはできなかった。
自分の口から化け物になった仲間を殺したなど誰も言いたくはない。
男は自分よりも酷い者たちを優先させ、主人である公爵に渡そうとしたため助かった。
運が良かっただけだが、そのせいで苦しまなくて良かったはずの苦しみを味わうことになった。




