国王
「あなた!いくらなんでも、それは言い過ぎよ!」
妻は怒鳴った。
美しいと思っていた顔は、怒っているせいで醜くなった。
「私は事実を言っただけだ」
その言葉に妻はカッと頭に血が上る。
「それはつまり私が卑しい血を持った人間だということですか?」
妻が怒ったのはアドリアナを傷つけたことよりも自分を卑しいと言ったことに対してだった。
「事実だろ。お前は貴族じゃないんだから」
「私はあなたの妻ですよ!伯爵夫人です!貴族です!」
妻は昔の自分を消すかのように大声で言った。
「今はな」
伯爵はそれは自分が与えたものと言わんばかりに、凍てつくほどの冷たい目で見下ろした。
「話は終わりか?なら、出ていってくれ」
伯爵は二人に背を向ける。
アドリアナは現実を受け止められずに放心し、妻は夫に対する怒りに燃えていた。
「あぁ、大事なことを言うのを忘れていた」
伯爵はわざとらしくそう言ってから振り返る。
「ドレスは買わん。皇太子殿下の妃候補を探すパーティーに出たかったら出てもいいが、ドレスは今あるのか着ていけ」
ここまで言えば、行くという選択肢はしないだろうと伯爵は考えた。
言ったところでオルテル家の名が前より落ちている以上、馬鹿にされてしまう。
これ以上、問題を起こさないためにも諦めてもらうしかない。
だが、伯爵は何もわかっていなかった。
一度勝利の味を知ったもの、自分だけは大丈夫と思う愚かなもの、自分が他のものより上だと思っているものが、どれだけ愚かな選択をするかということを知らなかった。
伯爵は二人を追い出した後、国王からの呼び出しをどうするか考えた。
行かないという選択肢は用意されていないので、なるべく早く解決するしかないとあまり働かない頭で結論づけ、執事に王宮に向かう用意をさせた。
※※※
手紙が届いて一週間後。
伯爵は手紙が届いた二日後に屋敷を出て王宮に到着した。
オルテル家の紋章が入った馬車を見るなり、いつもの確認などせず、先にいたものたちを抜かして入ることを許された。
伯爵は「そうそう、これこれ」と自分だけよ特別待遇に優越感を感じ、最近の苛立ちが全て吹っ飛ぶほどの気持ちよさに襲われた。
馬車を降りると、毎回圧倒される豪華絢爛な扉に出迎えられる。
他の貴族の屋敷にも何度も赴いたことがあるが、毎回圧倒されるのは王宮だけだった。
その扉が開くと、続く長い廊下、階段にひかれた絨毯も絢爛だ。
伯爵は長い廊下を歩いて、国王が待つ謁見の間へと向かった。
謁見の間に繋がる巨大な扉にはさらに職人たちが命懸けで施したのが想像できるほど、繊細で美しく、この扉の前に立った者を萎縮させる。
扉が開き、中に入ると広いホールといつ見ても悪趣味だと感じる黄金の玉座が目に入った。
その玉座に座る自分を見下した顔をした国王と目があった。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
伯爵が挨拶をすると、国王の目はさらに細まり冷ややかになった。
「面をあげよ」
国王に言われて下げていた頭を伯爵はあげた。
「わかっておると思うが、其方を呼んだのは他でもない薬に関してだ」
伯爵は「やっぱりか」とわかっていたが、ほんの少しだけ心の片隅でそれ以外で呼び出されたことを期待していた。
「噂になるほど、最近其方が作る薬の効能が落ちている。いや、落ちすぎている。これはどういうことだ?」
国王は無能な人間が嫌いだ。
無能な人間を嫌わないものなどいないが、国王は特に忌み嫌っている。
何も知らない国王からしてみれば、突然薬がガラクタ同然になり、それを売りつけられたのだから怒るのは当然だった。
伯爵もそのことは自分が悪いと理解していた。
だが、正直に言えば捕まるのは間違いない。
最悪、処刑。
それを免れるために伯爵は今日まで必死に打開策を考えていた。
「申し訳ありません。薬の材料である、薬草の一つが手に入らなくなりまして、その代わりに使っている薬ですと、今の効能が限界でして……」
伯爵は嘘がバレないか緊張から冷や汗が止まらなかったが、それがよかったのか国王は顔面蒼白な伯爵を見て、薬草がわかったことで薬の価値を下げたことを薬屋として恥じていると勘違いし、嘘を信じた。
「その薬草とはなんだ」
(大丈夫だ。絶対にバレない)
伯爵は何度も確認し、これなら嘘がバレない、大丈夫だと見つけた薬草の名前を言う。
「金雀枝と呼ばれる花でございます」
金雀枝はイフェイオンがいた場所とは違う南の方面で魔物との戦いで荒地となっていた場所に咲いていた花だ。
その場所が戦争になったため、花を集めることができなかった。
現在は全て燃えてしまいこの国のどこにも金雀枝は咲いていない。




