ユリウスside
ユリウスは不思議だった。
エニシダの死体を見つけ、ニか月が過ぎたというのに死体が腐敗しない。
男の方は棺に入れているため、魔法で生前と変わらない状態が保たれている。
だが、エニシダは違う。
そうなると考えられる可能性は二つだけだった。
一つは、エニシダが魔力か神聖力を宿しているから。
魔力か神聖力を持った人間は死んでもその力が抜けるまで、腐敗することがないと言われている。
力が強ければ強いほど長い間、生前と同じ状態でいられる。
もう一つは、彼女が不治の呪いにかかったから。
ごく稀に、呪われた人間は死んだ後もずっと同じ状態でいることがある。
土に埋めようが、水につけようが、炎で焼こうが、変化はない。
五百年前に呪われた人間の体がいまだに綺麗な状態で保管されているという噂もあるくらいだ。
呪いのせいで腐敗しない可能性も大いになる。
可能性としては前者よりも後者の方がはるかに高い。
エニシダが特別な力を持っているという噂を聞いたことがない。
ただ昔は性格がいいことで有名だったため、聖女と呼ばれていた時もあったらしい。
ユリウスは基本戦場にずっといたため、令嬢や社交界に関する噂には疎かった。
だが、戦に関する噂には強かった。
一か月前に偶然ロレス国に入国し、そのとき自国が魔族に襲われていることを知った。
すぐにでも駆けつけて参戦したかったが、船で一か月かけて隣のサルシューア国に行き、そこから自分たちの足で向かうしか方法がなかったのだ。
噂を耳にした時は驚いたが、ルーデンドルフ公爵もいるしギルバートたちもいるからきっと大丈夫だろうと、楽観視していた。
だから、目の前の光景を信じることができなかった。
受け入れることが出来なかった。
他国が羨ましがるほど、美しい建物と自然豊かな街として有名だった領地が、ユリウスが生まれ育った大好きな街が跡形もなく消えていた。
部隊のみんなとよくいった飲み屋、同僚の一人が気になっている女の子が務める店、子供たちの溜まり場、見上げるほど高い鐘が設置されている塔。
全てが壊されていた。
周囲を見渡しても、旅に出る前の面影は一つも見当たらない。
あるのは瓦礫の山と死体の山だけ。
ユリウスは全身から力が抜けたせいで、死体の入った棺を担いでいるのを忘れ、落としてしまった。
ユリウスが呆然と立ち尽くしているのに対して、イフェイオンには何も見えていないかのように目的の場所へと進んでいく。
ユリウスが我に帰った時には、イフェイオンの背中はかなり遠くにあり、後少し遅ければ見失うところだった。
慌てて棺を背負い直し、後を追いかけた。
ユリウスはイフェイオンの後を歩きながら、なぜこんなことになったのか理解できなかった。
どう考えてもありえないことが起きていた。
いくら魔族が魔物を大勢引き連れて侵攻したとしても国が滅ぶほどの強さを持っていただろうか。
不可解な疑問が浮かぶが実際に滅ぼされたのだから受け入れるしかないとわかっていても、ユリウスは受け止められないでいた。
王都に向かって進んでいくたびにユリウスの心は荒んでいった。
こんな非常事態でも何一つ変わらない、ただエニシダを大事に抱えて歩くだけのイフェイオンに対して怒りが湧き上がってきた。
もし魔族に侵攻されているときにイフェイオンが国にいたら、こんなことにならなかったのではないか。
そもそもエニシダが家出なんてしなければ国が滅ぶことなんてなかったのではないか。
そこまで感情が負に覆われたとき、ようやくユリウスは我に返り、自分がなんて最悪なことを思ったのかと後悔した。
違う、違う。そうじゃないと言い聞かせても、一度浮かんだ感情はなかなか消えない。
二人は何も悪くない、と思うのと同時に二人のせいだ、と思う気持ちもあった。
ユリウス自身、自分の感情を制御できなくなりかけていた。ただ、イフェイオンの背中を追いかけて歩くことしかできないでいた。
今自分がどこにいるのかさえわからなかった。
平坦な道から坂に変わった。
街で嗅いだ悪臭とは違う匂いが鼻を掠めた。
ユリウスは朦朧とする頭でここが山なのだとなんとなく理解した。
山に何の用があるのか、と聞きたかったがそんな気力はもう残っていなかった。
唯一の救いは魔族や魔物の姿が見えないことだった。
今襲われたら間違いなく殺されるな、と思ったそのとき、突然イフェイオンが立ち止まった。
ここが目的の場所なのか、と周囲を見渡す。
あったのは瓦礫の山だけで、こんな山奥に建物が建っていたことに驚いた。
いったいなんの建物だったのかと、瓦礫を観察するがユリウスにはわからなかった。
ただ、あまりにも古びているので随分昔に建てられたものだということだけはわかった。
見る限り死体はない。
使わられなくなって忘れ去られた建物だろうとユリウスは思い至るが、そこでふと疑問が浮かんだ。
なぜこの場所をイフェイオンは知っていたのか、と。




