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私達、婚約破棄しましょう  作者: 若狭巴


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伯爵の最後


「どうして、こんなことになったんだ。私は何も悪くない。私は騙されただけだ。私は何も間違っていない」


伯爵はブツブツと呟いた。


爪を噛んだり、髪を掴んだりして、気持ちを落ち着かせようとしたが全て無駄に終わった。


今、自分は夢の中にいるのだと何度も言い聞かせた。


そうしないと伯爵の心は完全に壊れてしまうから。



オルテル家は今、神殿の地下にある一部のものしか知らない監獄に閉じ込められていた。


そこは世間一般で知られる監獄とは違い、異質で無気味だった。


ただ、真っ黒な部屋にずっといるだけだが、明かりがないため何も見えない。


動けば足に繋がられた鎖の音がジャラジャラと音を立てるが、閉じ込められた次の日からはその音が恐怖の対象へと変わっていた。


首を絞めて死ぬには長さが足りず、頭を壁や地面に叩きつけ死にたくても、鎖の音が鳴るせいで体が震えて動けなくなった。


ただ、痛みに耐えることしかできない。


食事も水も与えられないのに死ぬことができない。


誰も会いに来ない。


静かで頭がおかしくなる。


何日経ったかもわからない。


ただ早く死を待つだけの生きる屍と成り果てた。




オルテル家が投獄されて一か月が過ぎた頃、三人とも人を見下す傲慢な態度から、体をできる限り小さくしてうずくまり、怯えるようにガタガタと体を震わせていた。


まるで何年もの間、人に殴られ続けたかのようにちょっとした音にも敏感になり怖がった。


ようやく待ち望んだ光を見ることができたというのに、誰一人その光を喜ぶことはなかった。


光は恐ろしいものだと思うようになったのか、暗闇から出ようとしなかった。


光の方へと連れていかれそうなると抵抗しようとするが、鎖の音が聞こえると体が固まり怯えた表情で動かなくなった。


歩くとこもできないため、伯爵たちは引きずられるようにして連れていかれた。


伯爵たちを運んだ神官たちの目には何の感情も宿っておらず、それがさらに恐怖を増幅させた。


まだ、自分を見下したり、穢らわしいものを見るような目で見られた方が人間扱いされている気がしてマシだと思えた。


真っ暗な世界に慣れたせいか、久しぶりに黒以外の色を見ると、例え地下で太陽の光が当たらない暗い場所だとしても、伯爵たちには眩しく、火の明るさだけで焼けるような痛みを感じ目を開けることができなかった。


目的の場所についたのか、神官たちの足は止まり、引き摺れていた足についていた鎖の音が止まった。


ホッとしたのも束の間、伯爵は兵士たちによって投げ飛ばされた。


突然のことで受け身を取ることが出来ず、無様に転けた。そのとき、打ちどころが悪かったのか膝に強烈な痛みを感じた。


伯爵はゆっくりと目を開けて自身の膝を見ると、膝から下の足がありえない角度で曲がっていた。


その事実を咀嚼し、受け入れると自身の口から獣のような奇声を上げた。


我を忘れ、みっともない姿を晒していることも忘れ、泣き叫んだ。


どれだけ泣き叫び続けたかわからないほど、今では時間の感覚がない。


声が潰れるほどの時間、叫び続けていた。


風邪を引いた時のようなガラガラな声になり、喉に痛みを感じ始めると伯爵は叫ぶのをやめた。


それと同時に上から声が降ってきた。


「気は済みましたか」


口調は柔らかいのに、声は冷たい。


どこかで聞いたことある声だ、とぼんやりした頭で思いながら上を向くと、凍てつくような冷たい瞳で伯爵を見下ろす教皇がいた。


自分を見下ろしているのが教皇だと気づくまでに伯爵は時間がかかったが、相手が誰かわかるなり、助けてもらえると期待した。


なぜなら教皇は伯爵に対して罪悪感を抱いているはず。


エニシダが呪いにかかったとき、何も出来ずに自分たちを追い払った。


神に仕える神官であり、その頂点に立つ男が、娘を不治の呪いで失う父親に対し哀れに思い、助けようと奮起するだろう。


何もしなくてもこの地獄から抜け出せると喜んだが、すぐに教皇の言葉で奈落の底へと落とされた。


「オルテル伯爵。あなたは禁じられた黒魔術を使いましたね」


確認というよりは断言する口調に伯爵は気づかれたのかと焦る。


嫌な汗が背中をつたって落ちいく。お腹が急激に冷えていく。喉にある水分が全て消えた。


言葉を発したくてもできない状態だった。


魚のように口をパクパクとすることしかできない。


そんな伯爵を嘲笑うかのように教皇は言った。


「何も言わなくて結構ですよ。あなたの処遇はすでに決まっていますので」


これ以上は言わなくてもわかりますよね、と穏やかな表情からは想像もできない冷たい声だった。


「明日、伯爵は処刑されます。妻も娘さんも」


伯爵は口を動かし助けを乞うが、声は掠れ、途切れ途切れで何を言っているのかさっぱりわからない。


命乞いを必死にしている伯爵に対して教皇はさらにどん底へと叩き落とす言葉を述べた。


「それと、あなたがこれまでした功績は全て嘘で、薬を作っていたのはエニシダ嬢ということが世界中に知られました」


教皇は一旦言葉を区切り、息を吸ってから続けた。


「あなたは偉大なる薬屋としてではなく、ただの詐欺師。最低な父親。人間のクズとして認識が改められました。あなたはどのみち歴史に名を残すことになるでしょう。偉大なる人物ではなく、犯罪者として」


黒魔術のことは知られてはいけないので、そのことを世間に知らせられないのは残念だが、この一か月、伯爵に関する評価は地の底へと落ちた。


十分ではないが、それで満足するしかない。


「残り一日、いえ、数時間。死ぬまでの間、あなたは街で過ごしてもらいます。世間がどう思っているのか、その身でしっかりと受け止めてきてください」


教皇は言いたいことを言い終わると背を向け、話は終わりだと意思表示した。


伯爵は教皇の足にしがみつき助けを乞おうとしたが、それを阻むように神官たちに引きずられるようにして部屋から連れ出された。




※※※


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