第98話 神になれなかった妹
「なぜ、誰も私を神と認めない。」
私は声を荒げたが、誰からも返事はない。
兄のヌアだけが困ったような表情でこちらを見ている。記憶が戻らないまま力だけ取り戻してしまったエシャが暴走したせいで5番目の神ソナイが消滅した。
ソナイは他の神と比べて少し繊細なところがあった。
私はそんな彼女のもとに時々通っては、彼女の心の内を探っていた。何度も通ううちに彼女はずっと悩み続けている心のうちを少しずつ語り始めるようになった。
神たちには地球の未来が見える。そして、地球がより長く存続するようにと8人の神が働きかけている。しかし、これまでどれだけ手を尽くしても、決定的に存続期間が長くなることはなかった。そんな未来を見続けているのが辛いと言って、彼女は深いため息をついた。
私はそんな彼女の話に耳を傾け、同情を示し続けた。
彼女に同情していた訳ではない、彼女が心を痛めている様子を見るのが楽しかった。神として生まれ、生きているものが、自分の持つ力と役割に押しつぶされていく様を眺めるのが、心の底から楽しかった。
もっと苦しめばいい、そして、その座を放棄すればいい。そう思いながら彼女の話に耳を傾けていた。
私にも未来を操作する力がある。自分が望む未来の切っ掛けを察知し、捉えて、その流れを自分が望む方へ導く力。
未来とは一つではなく、何通りものパターンがあり、その切っ掛けを捉えることで、自分が望む方へ未来の流れを導くことができる。神の指示、人々の行動、自然災害、諸々の要因でその流れは大きく変わるけど、また切っ掛けを捉えて流れを戻せばいい。時間ならば有り余るほどある、自分が神になる未来、そして実の兄であるヌアから愛される未来。そのためにならば、何度でも、何度でも切っ掛けを捉えて、流れを変えていこう。
水色に光る石を見つけたときに、これが切っ掛けになると分かった。
神以外で強い力を持っている者がこの石を持つと、力が過剰に作られて自滅すると言われている。遥か昔、第三の神ナキが神への忠誠を試すための試金石として造ったと言われているが、暴走した際の威力が強すぎて危険すぎるため破壊された、または封印されたと聞いていた。特別な緑の箱の中にある間は影響を及ぼさないが、箱から出すと一定以上の力を持った者に過剰に力を作らせ自滅に導くらしい。
自分も用心のために箱に入れておくことにしたが、箱から出した際も特に何か変わったことはなかった。多分、この石が私の力は神と同じと判断した証であろう。
心の弱ったソナイを誑かすのは至極簡単なことだった。
永遠の命を嘆き悲しむ彼女に良い方法があると言って提案をすると、彼女は少し戸惑いながらも、その提案を受け入れた。黒い翼をもつ種族の唯一の生き残りであるエシャを暴走させ、彼女が自滅するほどの力に巻き込まれれば、ソナイも一緒に消滅することができるはず。通常であれば、エシャの暴走程度で神が消滅することはない、しかし、ソナイ自身が消滅を望んでいる。であれば、自分から巻き込まれることを選択しそのまま消滅することは可能であろう。
後は、エシャが暴走するように仕向け、邪魔が入らない場所を準備する。タイミングが重要だ、急がず、焦らず、そのタイミングを見逃さず…
兄のヌアの言葉に耳を疑った。
「ヤガ、自分がしたことが分かっているのか?」
「私がしたこと?」
「エシャを暴走するよう仕組んだのは、お前だろう?」
「…酷い、私を信じてくれないなんて。」
恋焦がれ、慕い続けてきた兄からの言葉に呆然とした。
「今度ばかりは私でも庇いきれない。」
兄が目を伏せて、深いため息をついた。
違う、私があなたから聞きたい言葉は、それではない。私を神と認め、他の誰よりも愛していると言って欲しい。それなのに…
「私の仕業だという証拠があるのですか?疑うなんて酷すぎます。」
そう言って、私は泣き崩れた。
「詳しい話は私の宮で聞こう。ヤガよ、一度、頭を冷やし、心を落ち着けるがいい。」
そういうと、兄は私から目を背けた。
兄の付き添いでやってきていた神使が、一人だけ私を見つめている。
神が造った人形の分際で私をそんな目で見るな。心もないお前に何がわかる…いや、お前でもそんな目をすることがあるのだな、私を同情でもするような目で見れるのだな。そんな心がお前にあったのか?ならば、もっと同情するがいい、私の哀れな姿を見て、心をかき乱し、同情の念にさいなまれでもすればいい、そうしたら、お前も人間になれるかもしれない。心を持った人形になれるかもしれないなあ。
そう考えると、哀れな自分を演じるのが楽しくなった。もっと哀れに、もっと醜く、地を這い、泣き叫び、罵り、髪を振り乱し、もっと惨たらしい、ああ、そうだ、その目だ、その美しいヘーゼルの瞳に私のこの哀れな姿を焼き付けるがいい。
その場でのたうち回り、神々をエデンを呪うような言葉を吐き散らす私をしり目に、兄は去っていった。他の神々も去っていった。
一人、最後までヘーゼルの瞳をこちらに向けていた神使も兄の後について去っていった。
一人残された私は、その場に跪き、空を見上げた。
大きな地球が見える。兄たちが背負わされた宿命。私にはもう関係のないもの。どうなろうが知ったことではない。どんなに運命の糸を紡いでも、手繰り寄せても私は永遠に神にはなれない。神とは誰も代わりになれないもの…そう悟った。
そして今、ただ憎い。兄と、兄が愛する者たち全てが只々憎たらしい。
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