第96話 仕方がないこと
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「どうやって、有希さんから話を聞き出すんですか?」
ジョシュアさんのスマホが頻繁に震えている。テーブルの上に置きっぱなしのスマホに目をやると、有希さんからのラインのようだ。
「向こうで偶然会った振りをして話をするのが一番手っ取り早いと思ってるんだよね。」
椅子の上に立膝に座り頬杖をついて返信している。花沢さんや中島さんにお行儀が悪いと注意されるけど、最近、こういう姿勢でスマホを弄っていることが多いように思う。
私は夏休みが終わって学校が始まったけど、表向きは変わり映えのない生活を送っている。
でも、銀ちゃんとは相思相愛の仲になって、もし、銀ちゃんが見える人がいたら私の彼氏ですと紹介することだって出来る。そう、人生で初めての彼氏が出来た。
ジョシュアさんにも彼女が出来た、有希さんだ。時々、二人で出掛けたりしているみたい。でも、この家に連れて来たことは一度もない。
二人のデートの度に来海ちゃんからは呪いの言葉とも思える愚痴を聞かされる。
そして、その後は、ジョシュアさんから来海ちゃんへの罪滅ぼしとして三人で外食に行くことになる。寿司や鰻にデザートビュッフェ、カレー屋さんにも行った。私としては嬉しい限りであるが、元はと言えば来海ちゃんのためにジョシュアさんが(仕方なくなんだと思うけど…)やっていることなのに、どうして罪滅ぼしをさせているのかは謎だ…
そう言えば、有希さんのお兄さんである博則先輩は留学のためカナダの大学に一年間通うことになった。
「ロンドンかパリだったらよかったのにな~」
学食で夏子が残念極まりないと言わんばかりにぼやいた。
「心理学で有名な先生がいる大学だからね。博則がいる間にカナダには遊びに行こうと思ってる。」
「良いなあ丸茂先輩はカナダに行けて。私は、来年、大英博物館とルーブル行ったら、それでもうお金なくなっちゃいますよ。明は行けそう?」
「うん、これ以上、物価や飛行機が値上がりしなければ、なんとか行けそう。」
夏子が嬉しそうにイイね~サインをした。
最近ではお得意さん達の好みも分かるようになってきたし、バイヤーさんともちょっと仲が良くなった気がして、アルバイトが楽しくなっている。相変わらず英語のやり取りは緊張するけど。それに、来海ちゃんもアドバイスをくれるので凄く助かっている。
「ルーブルは一緒に行きたいな。」
丸茂先輩が控えめに言った。
「行きましょうよ!一緒に。三人一緒の部屋でも丸茂先輩ならば全く問題ないっしょ。」
夏子が答えた。
丸茂先輩が一緒ってのもそれはそれで楽しそう。でも、部屋は別でお願いしま~す。
丸茂先輩は大好きな有希ちゃんに彼氏が出来、親友の博則先輩が留学してしまったせいか、最近、落ち込んでいる気がする。
「そう言えば、博則先輩の彼女って、結局、誰なんですかね?」
夏子が思い出したかのように言った。
「あの後すぐに有希ちゃん、ジョシュア君と付き合い出したから、もう博則の彼女の事なんてどうでもよくなっちゃったみたいでさあ…」
そう言って丸茂先輩がふか~い、ふか~いため息をついた。
「意外だったよなぁ、ジョシュアさんああいうタイプには興味ないと思ってたから。」
夏子が丸茂先輩に気を遣って、柔らかめにそう言うと、
「有希ちゃんは良い子だよ。ジョシュア君が付き合うのも僕は理解できるよ。」
そう言って、丸茂先輩は再び深いため息をついた。
いろいろ事情を知っている私からすると、とっても複雑な思いである。
「今ならば、博則先輩の彼女が誰かわかった所で、有希さんに邪魔されることもないんでしょうね。」
「まあね。でも、知りたい?」
丸茂先輩が沈んだ表情のまま尋ねてきた。
「なんというか、あの高級焼肉は彼女捜しのお礼の前払いだったんですよね?だったら、ちゃんと彼女を探さないとなって思って。」
「え?でも、結局、丸茂先輩の奢りだったし、有希さんに借りがある訳じゃないでしょう。」
夏子の言う事も一理あるけど、じゃあ、あの高級焼肉はタダ食いってことになるのか、何かそれも気持ちが悪いような。
「僕のお金じゃないし気にしなくていいよ。でも、馬場が気になるって言うならば、博則に直接聞いておくよ。それで、教えてくれなかったら、そこで諦めるってのはどう?」
「え、それじゃあ、私、何も手伝ってないことになっちゃいますけど…じゃあ、もう忘れます。焼肉のことも博則先輩の彼女のことも。私たちは知らなくていいことですし。」
「そうそう、うちらには関係ないことだよ。でも、焼肉のことは忘れる必要ないよ。あの焼肉も次の日の焼肉も本当に美味しかったもんなあ、私、忘れないよ。そしてお酒が飲めるようになったら、また行くんだ。」
夏子が幸せそうにそう言った。
「いいね~、その時は僕も一緒に行ってもいい?」
「当たり前じゃないですか!」
丸茂先輩がちょっと嬉しそうな表情になった。
「来海ちゃん、ジョシュアさんは来海ちゃんのために、有希さんと付き合ってるのに、どうしてデートの度にご馳走させるの?」
今日は、この後、三人でステーキを食べに行く。来海ちゃんのリクエスト。
「明、わかってないわね。」
逆切れされるのを覚悟して尋ねた質問だったので、この返しは意外だった。
「え?」
「ストレスが溜まっているんじゃないかと思って、気心が知れた三人で、ご飯を食べる機会を作ってあげているのよ。」
「はあ」
「今回の件は、いろんな方面に気を遣わなくちゃならなくて、ちょっと長丁場になっちゃってるし」
「はあ」
「あの子、ストレスが溜まっても、知らんぷりして無理しちゃうところあるから」
「はあ」
「花沢さんや、中島さんのご飯をみんなで食べるのも、いいストレス発散になるけど、話せる内容が限られちゃからね。もっと気兼ねなく話せるこの三人で美味しいご飯を食べる機会を作ってあげてるの。明は美味しいもの食べられれば、それで良いわよね?」
「まあ、私は楽しく美味しいご飯食べるだけだから…全然いいけど。」
この三人ならば、他の人には話せない話まで出来る。来海ちゃん、ちゃんとジョシュアさんの事を考えて上げてるのかもしれないなあと、なんか納得してしまった。
毎度毎度、便乗して私まで美味しい物をご馳走になってるけど、なぜか全く申し訳ない気分にはならない。何て言うんだろう…お兄ちゃんにご馳走してもらったみたいな感じ?お兄ちゃんいないからわかんないけど。
今日も本間さんは帰りが遅いらしい。家の前で私を車から降ろすと、二人は楽しそうに帰って行った。
「ねえ、ジョシュアは明のこと好き?」
「え?好きだよ。急にどうしたの?」
「私も好き。芯の強い、いい子だし。」
「そうだね。」
「気にすることないのよ、心配したってどうしようもないし。」
私がそう言うと、ジョシュアは黙って目を伏せた。
「私たちがしていることを、もしも、明が知ってしまったら、私たちのことを軽蔑するかもしれない、離れて行ってしまうかもしれない。でも、それは仕方がないこと。知ってしまった後、どう思うか、どうするかはあの子が決めることだから。」
「分かってる。でも、あの時、無理にでもユーリーに関わらせない方が良かったんじゃないかって、今でも時々後悔する。」
「それも明が選んだことでしょう。止めたって、きっと無駄だったと思う。あの子にはユーリーが見えてしまってるんだから。だから、あなたが思い悩む必要なんてない。あの子の人生なんだから、あの子が決めて、行動しているだけのこと。それに、あの子は大丈夫。」
そう言って、彼の頬を両手で包み込んだ。彼は、私の手に自分の手を重ねて、
「そうだね。ありがとう。」
と、ポツリと呟いた。
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