第769話 収穫祭3日目 何でもない幸せ
今日はそれぞれが各位で動く予定なので、玄関まで見送り、後は護衛に任せる。正直フィアとロットが本腰を入れて鍛え直した護衛の実力であれば、そこらの六等級が来ても問題は無い。スキルの関係上、接近は避けられないが、致命的な何かが起こる心配はしていない。先日の件も護衛の中では周知事項になっているので、網はかっちりと仕込んでいる。流石にずっと私達に付かれていてもロスティー達の方が落ち着かないだろう。
と言う訳で、リズと一緒にぴゅーっと執務室に走る。
「あぁぁ、やっぱり」
「積まれている……」
既にぐでぇとした二人の横には未決済の書類が山を成している。取り敢えずリズと顔を見合わせて、お互いに苦笑なのを確認して、書類の山を崩しにかかる。リズが慣れてくれたおかげで、大分早く片付き、何とかお昼はゆっくり食べられそうだ。
「じゃあ、後はよろしく頼むね」
力なく弱弱しく手を振るカビアとティアナに後は任せて、リズと一緒に外に出る。最終日くらいゆっくり回りたいと無理を言ってみた。ゆったりと時間をかけてお喋りしながら公園を抜けて、大路に向かう。連日の祭り模様というのに住人の体力は底無しなのか、元気にはしゃいで飲んでいる。
「うわぁ、弱っているかと思ったけど……」
「盛況だよね!!」
リズがワクワクした表情で言うと、ぴゅーっと屋台の方に駆けだす。各店舗を楽しく眺めている姿を後ろから覗きながらゆったりと接近する。周囲から気付いた住人が慌てて居住まいを正そうとするが、そっと人差し指を唇に当てると、笑いながら踊りの円の中に戻っていく。
「ふわぁ……。これ、あれだよね? 牛で作っていた奴だよね?」
見ると、イノシシ肉のしゃぶしゃぶ屋が出ていた。この辺りの新しい和食は瑞鳳に任せていたはずなのにと店主に聞いてみると、その噂を聞いた店主が真似をして出し始めたらしい。醤油の流通がまだ確立していないのに、豪儀だなと思いながら、試しに頼んでみる。
少し離れたベンチに二人で座って、粘度の高いソースに浸けてはむっと食べてみる。
「む……むぅーかたいー」
リズが必死に食い千切ろうとしている表情に自然と笑いが浮かんでしまう。
「ひどいー、ヒーロー」
ぷちんと反動で顎を仰け反らせながら噛み千切ると、もむもむと噛んでいたが、微妙な表情になる。
「むー、なんだか違うかも……」
リズの言葉に、逆に興味をそそられて、私もソースの匂いを嗅いでみる。
「んー、味噌をベースに何かで伸ばしているみたいだよね?」
そんな事を告げてはむっと口に頬張ると、ふわっと香ってくるイノシシの臭い。その後に味噌が来てそれほど悪くないかと思っていると、ぐわっと青臭さが飛び出してくる。
「うわ……。あぁ、出汁で伸ばさないでパクチーとか香草を潰したドレッシングみたいにしているんだ……」
酸味を混ぜてポン酢風に行くのでもなく、敢えてのドレッシング方面への移行に斬新さを感じる。事実噛み締めていると適度にこなれて、イノシシの臭いを打ち消しながら、味噌の甘みと調和する。和食ではなく、ベトナム料理とかを彷彿とさせる。砂糖と酢、後はトウガラシで味を調えれば逆に新鮮な逸品になるかもしれない
「んー。新しい物の可能性は感じるかな」
「でも、あんまり……ねぇ?」
確かにイノシシの肉も茹ですぎて、味は抜けてしかも硬い。肉の部位も、調理の仕方もあまり考えてはいないのだろう。
「きちんと味見して、美味しさの目途を見極められたら化けそうだね」
そんな事を話しながら、目がちかちかするような装飾に彩られた大路を進む。
「ねぇ、リズ。終わったらすぐに東に旅立とうと思っていたけど」
「うん」
「海に行こうか……」
「ん? どうし……あ!!」
「少し遅いけど、結婚の約束をして一年経ったから。記念に」
私がそう告げると、リズの頬がぽわっと紅潮する。
「良いの? 忙しくない?」
「その辺りはカビアに任せられるしね。出来れば、新造艦の状況も見たいかな」
私が告げると、リズがくすっと微笑む。
「なーんだ。お仕事なんだ」
「いいえ、姫様。一緒に遊びたく存じます」
そんな感じで戯れながら、口直しにとデパートに入って、軽食とデザートを楽しむ。日頃贅沢をしない胃は、連日ロスティー達に付き合って酷使され過ぎている。
「あ、それ美味しそう!!」
水魔術士の経験者を捉まえたのか、カチワリ氷に麦芽糖をかけ果物をあしらうという、白熊みたいなものがあったので頼んでみた。リズはパンケーキみたいなものを食べていたが、思ったよりも暑かったので、氷の方が美味しそうに見えたのだろう。匙で掬って口に入れると、むーっと言う感じで唇を窄めて冷気に堪えている。
「うわぁ、ケーキが甘い!!」
冷たい物の後に、温かい物を食べたからだろう。目を丸くしながらはくはくと食べ進めるリズを微笑ましく思いながら眺める。
馬車に乗って歓楽街まで到着すると、外壁に沿ってお姫様抱っこしたリズを北側の湯源の方まで運ぶ。
「この辺りも懐かしいね」
「町が出来てからは来る事が無かったからね」
一年近くが経過し、湯の花が辺りを白色に染め、何とも風情のある場所になった光景を楽しみながらゆるりと散策する。
「でもね、リズ。本当にありがとう」
「何が?」
「成功するかどうか分からない事に付き合ってくれて」
私がそう言うと、リズがこちらに向き直り、そっと首を横に振る。
「成功するって信じているから」
「そっか……」
その後は言葉少なに、北の方の平地まで進む。振り返ると遠く歓楽街と『リザティア』の姿が見える。
「リズ、愛してる」
唐突に告げて見ると、きょとんと眼を見開いたリズが、次の刹那満面の笑みに変わる。
「ふふ、好き。ヒロ、大好き」
近付いてきたリズをそっと抱きしめ、口付けを交わす。
久々の休みは夕暮れが辺りを染めるまで、町の外れで散策しながら語り合う事になった。ほのかな虫の音が聞こえる。季節も変わるんだな。そんな当たり前に感謝した。




