第768話 収穫祭3日目 深酒の朝ご飯と言えば
今後の動向や、近況の報告を話し合い、良い気分で部屋に戻ったのは深夜に届きそうな時間だった。飲み過ぎ特有の酩酊感を楽しみながら部屋の扉を開けると、爛々と輝く四つの光点。
『ままなの!!』
しぱたっと言った勢いで二匹が駆け寄ってくるが、残り二メートル程のところで緊急停止。そのままうろうろする。
『ふぉぉ、くちゃいの……』
『しげきしゅー』
その内ヒメは加齢臭とか憶えそうだなと思いながら、手を振る。二匹はぱしぱしとしっぽを振り行ったり来たりを繰り返していたが、諦めて箱に戻って丸くなった。明日起きたら遊んであげようと思いながらベッドに潜り込む。
氷柱が立ち並び寝るには少し冷えすぎかなと思う室温になっているが、布団の中の温かな肢体に癒されながら目を閉じる。
九月二十六日の空は抜けるような青空が広がっている。ふと見ていると、ワイバーンが一匹蒼穹の果てを飛んでいるのが見えた。竜さんの仲間かなと思っていたら、羽根をくいっくいっと不自然に羽ばたかせていたので何らかの合図を送ったのだろう。このままトルカの北の森まで向かうのだろうと西に向かって飛び続ける影を見えなくなるまで追い続けた。
窓の下を見ると、少し大きくなった子猫達が元気に喧嘩をしている。三匹がじゃれ合って転げまわる様は毛玉が転がっているようだ。親猫も泰然と伏せて見守っている。時折尻尾がぴくぴくしているのは心配半分混ざりたい半分だそうだ。
「さてと、本日も頑張りますか」
アルコール処理で乾いた喉を生み出した冷水で潤し、一息吐いたらそのまま食堂に向かう。朝からパタパタ訪問客の対応で大忙しの中、二匹の食事をもらって部屋に戻る。今日は牛の残りと筋の部分とかか。後で歯磨きをきちんとしとかないと、挟まると問題だなと思いながら、そっと差し出す。
『ふぉぉ、うしなの!! あまーなのよ!!』
『わぎゅー?』
日本じゃないので、和牛ではないね。屋台で食べた味に上機嫌の二匹の頭を撫でて、食べ終わったらひょいと牛の大腿骨をプレゼントする。昨日の骨も奇麗に処理していた。今日は後ろ脚なので存分に楽しめるだろう。わしゃわしゃと撫でまわして、ベッドで眠る我が姫君に声をかける。
「あ、ヒロ……。うー、もう朝なのかぁ……」
ややひび割れた声で答えるリズにそっと冷水を渡す。
「ふわぁ……幸せ。美味しい。ありがとうヒロ」
カップを受け取ると、リズがベッドを降りてきて抱きしめてくれる。カップをテーブルに置いて、抱きしめ返したら、そのまま新しい下着を持って、急いで風呂に向かう。朝風呂とかってのんびりしている暇も無く、起き出した客人の為にさっさと上がる。
「忙しいね……。今日も温泉宿に行くんでしょ?」
「そのつもりらしいけど。幾らでも風呂には入りたいんじゃないのかな?」
苦笑で返すと、リズも苦笑を浮かべる。
「慣れちゃうとそうでもないような気もするけど……」
「ノーウェ様だとそうかもしれない……」
そう言っていると、侍女がテラクスタ、ノーウェ、ロスティーの順番でお風呂に入るので、少し朝食が遅れると伝えてきた。
「入るんだ……」
リズが唖然とした表情を浮かべて、慄いている。
「他のお風呂には入りたいんじゃないかな……」
少し空き時間が出来たと言う事で、牛の骨相手に奮戦中のタロとヒメに構う事にした。こら、野生に戻った目でこっちを見ない。骨を噛み始めると、ちょっと野生が戻るらしい。近付くとぐるぐると唸りながら嫌々するタロとヒメも、じっと見つめているとぽてっと骨を落としてこちらに向かってくる。
『ままなの!!』
『あそぶ!!』
わっしゃわしゃと二匹をリズと可愛がっていると、皆が風呂から上がったとの報告が来たので二匹を開放する。スキンシップに満足したのか、しっぽを下ろして上機嫌に揺らしながら、また骨に挑み始めた。
食堂に入ると皆が集まっていたので、早速食事となる。
侍女達が皆の前に並べるのは、サラダと米が入った深皿だけ。皆から怪訝そうな表情が向けられる中、でんと大皿が置かれる。
「ん? これ、昨日の刺身、だよね?」
ヅケになった刺身が、てらてらと輝きを発しながら皿の上でその艶めかしい姿を見せつけている。皆の後ろでは侍女がポットを持ってスタンバイしている。
「はい。それを醤油に漬けた物です。お好きな身を米の上に置いてください。侍女がだし汁を注ぎますので、その後に匙でお召し上がりください」
その言葉に銘々がお好みで刺身をご飯の上に乗せていく。侍女がネギを軽く塗しだし汁を注いだ瞬間、空間に広がるしょうゆとだし汁の香りがなんとも食欲をそそる。特に深酒をした三人は胃が悪くなっていたのだろう。そんなに食欲が無いという表情をしていたのに、香りを嗅いだらもう釘付けだ。
「透き通るような白が、真白に変わるか……。面白い趣向だな」
ロスティーが呟きながら、匙で軽く解した身と米を掬い、口に頬張る。その瞬間、目を見開く。
「あら……。優しいお味。身の方に味がついているのね。スープの香りと米の甘さが相まって美味しいわ。それに朝はそんなに食べる事が出来ないけど、これなら入りそう。好きよ、このお味」
珍しくがつがつといくロスティーの代わりにペルティアが嬉しそうに告げる。
「いやぁ。酒を飲んだ次の日は喉が渇くからね。風呂の後にも水をもらったけど、これは気持ち良い。さらさらと食べられてしまうのが、良いね。歓迎の食事で内臓が悪い貴族なんでごまんといるし、これは受けそうだ」
ノーウェの言葉に、テラクスタも深く頷く。
「そうだな。作りが単純なのも良い。昨日の話であれば米は炊いた後に干して携行出来ると言っていたな。野外でスープと具材を渡せば携帯している米と合わせて温かく腹持ちするものが食べられるなら士気が上がりそうだ」
テラクスタの目線はやっぱり軍事よりだなと思いながら、仲間達も美味しそうに食べているのを満足に思う。そんな和気藹々の雰囲気で三日目の朝は始まった。




