第755話 収穫祭1日目 人への思い
賑わいの中、一定のリズムで刻まれる蹄鉄の音。いつしか馴染んでしまったその音でリズムを取りながら目の前の状況を眺める。
「可愛いわね……」
アンジェが見守る中、ラディアが撫でると、素直にこてんと腹を出すタロ。ペルティアの太ももに顎を乗せて、耳の後ろをかかれるのを眼を細くして堪能しているヒメ。
『なでるの? おなか、おなかがいいの!! は、はぅぅなの。もっと、あ、そこなの。はふはふなの!!』
『ごくじょう……』
何というか、野生を失いすぎたうちの子を見ながら、まぁ、大人しく楽しんでいるみたいだから良いかなと。西門から出て北側は区画を区切って、天幕地域として開放している。流石に歓楽街に関して余裕を持たせて設計していると言っても、全員が全員収容は到底無理だ。まだ建っていない区画も多いので、しょうがなく平地を開放している。川の水もあるし、歓楽街への出入りも許可している。ただ、周囲は兵で囲っているので、手続きを経ていない人間は出入り出来ない。ここに関しては、遵守させている。かなり不評のようだが、予約する頭も無い有象無象の山師もどきを相手に良い顔は出来ない。
「ノーウェ様。ペルティア様に分けて頂きませんか? ノーウェティスカの館も寂しいですし」
「えぇ……。生き物かい? ふむぅ……」
ラディアの言葉にノーウェが言い淀む。そういえば、生き物を飼っているというのを聞いた事が無かったなと。
「ペールメントの血筋ならば素直な子が多いと思いますが、何か問題でもあるのですか?」
私が問うと、ふぅと少し眉根を寄せて困った表情に変わる。
「そう、昔ね。ペールメントの兄弟を飼っていたのだけど、ある日事故で亡くしてしまってね。それからあまり生き物を飼うのは好きでは無いんだ」
その言葉に、ロスティー達も若干の悲しみを浮かべるのを見ると、本当に子供の頃だったのだろう事が推測出来る。
「ならば……」
沈黙の中で、毅然と声を上げる者が一人。皆の視線が集まると、ぽっと頬を染めて縮こまりそうになるが、くっと唇を引き締め顎を上げる。
「ならばこそ、また触れ合うのも大切だと思います。生き物との触れ合いが悲しい記憶だけで途切れてしまうのはあまりにも切ないです。また出会い、喜び、別れ、悲しみ。その連環をこそ大事になさいませんか?」
大貴族相手に啖呵を切れるとは思っていなかった。綻ぶような微笑みに上気した頬。いつもの何倍も魅力的なアンジェ。
「飼育役の言葉か……。ふむ、良い事を言う。人と人の出会いと別れもまた同じ故な。ノーウェ、お前が人と一線を引きたがるのはその意識があるからであろう? 自分より若い者か強い者にしか接しないのは。慣れよとは言わぬよ。ただ、認めるべき時がそろそろ来たと思うが良い」
ロスティーの言葉を暫し黙し噛み締めた後に、ノーウェが口を開く。
「そうだね。出来ればこの子達のような可愛い子供が良いね」
そう告げると、ラディアの顔にそっと手を伸ばす。
「君の思うように育てると良いよ。私も出来る限り手伝おう」
「はい、ノーウェ様……」
答えるラディアにも喜びが満ち溢れる。あぁ、良い状況だなと思って下を見ると、タロがお腹を出した状況で固まっている。
『ふぉぉ? もうおわりなの? おなかだしているの!! なでないの……?』
きゅーんに近い声を上げるタロを見て、皆が噴き出すように笑い始める。和やかな雰囲気のまま馬車は歓楽街に入り、『リザティア』側に輪をかけて賑やかな道を抜け、いつしか温泉宿に到着していた。




