第754話 収穫祭1日目 白い丸いの
「あぁ……、これ。そう、これです……」
ラディアがうっとりした瞳で見つめているのは宝飾店で陳列されている真珠だった。
「そう言えば、まだ買われていなかったんですか? 結婚式の際に欲しいとお聞きしておりましたが」
「そうなんです」
ラディアがそう言うと、ちらりとノーウェの方を向く。
「いや、私は温泉宿に行った時に買おうかと聞いたんだよ? でも、良いですって言われたから……」
その言葉に、全員がチベットスナギツネのような目をノーウェに向けてしまう。女心を理解出来ないのが、結婚しなかった理由としてもあるのかなと少し評価を改めようかなと思ってしまった。
「殿方達はお忙しそうでしたから。ただ、出来ればきちんとした飾りとして見たかったのです」
嬉しそうにはにかみながら、リズと一緒に物色し始めるラディア。しょんぼりしたノーウェの肩をそっとロスティーがぽんぽんと叩いている。ペルティアはあらあらと微笑んだままだ。
「女性への対応は卒なくこなしておったと思ったが……」
「父上、勘弁願います」
若干寂しい家族会議の隣では、テスラやアンジェも混じってきゃっきゃと姦しく華やぎが盛り上がっている。侍女であるアンジェも防犯上の対応の為、給与はかなり高額になっている。宝飾品を買うのもそれほど難しい立場ではない。テスラも身辺警護役も付いているのでそれに輪がかかる。二人共、本物を感じてもらおうと、宝飾の類も貸与している。なので、リズだけではなくここにいる女性陣全てが目が肥えている。
「やはり『リザティア』は細工が細かいのですね……。初めて来た時は物珍しい素材だけかと思いましたが、式の際、それに今となっては格段です。どのような手法なのか……」
「町が大きくなるにつれて工房の人も増えました。それに珍しい材料があると聞けば、我慢出来ないようで、今でもどんどん流入しているみたいです」
将来的に母扱いになるラディアの横で、リズが説明しているのを、テスラやアンジェがフォローしている。この二人も近くにいる事が多いためか、リズと仲が良い。それに職人に関しては税の減免処置を行っているのも大きい。商家の人間の税をあまり下げるといい加減な人間が入ってくるので下げない。しかし、商工会の目利きに適う人間を流出させないために色々施策は打っている。聞いている限りでは思ったよりも好評だ。同業他社に模倣されないように、商工会で工人にお墨付きを出しているのも大きいらしい。今までは親しい人間の人づてでの鑑定だけであったが、鑑定書を発行し始めたのも受けているらしい。まだ透かしの技術は模倣出来ないらしく、上手く回っているので良いかなと。まぁ、これもいつかはいたちごっこになりそうだけど。
「これが鹿の角ですか!? なんて繊細な……。あぁ、こうやって支えているのですね……。色合いが似ているので一緒にしてもと思いましたが、細工の陰影と真珠の輝きではっきりと浮かぶのですか……」
「濃い目の色の布と合わせると、目を引きます。ラディア様は胸がふくよかですので、首元に飾れば映えると思いますよ」
楽しそうに会話している皆の方から、ノーウェに視線を移して目配せをする。ふむと苦笑するロスティーにぶすっとした表情を返すノーウェだが、切り替えて微笑み、そっとラディアの背後に立つ。
「前に母上から贈られた蒼のドレス。あれなら良く合うだろう。どうかな、式の際にはこちらのネックレスなどは」
「ふふ。ありがとうございます。でもこんなに大粒ですと、高価かと思いますよ?」
ラディアの言葉に、店員も微笑みを浮かべて対応する。真珠に関しても積極的に人魚さんが集めてきてくれるようになったので、粒の大きさも結構な大物が揃い始めている。未だに入手方法が不安定な他所ではとんでもない価格で取引されているらしく、テラクスタ産の小粒でも普通の勤め人の給与三カ月では手が届かない程度の額になっている。ただ、仕入れが仕入れなので『リザティア』では融通が利く。実際ノーウェもダイアウルフ関係で軍費を払っても余りある儲けが出ているというのはオークションに出ているロルフから聞いている。結果は、満面の笑みのラディアが物語っている。
「なんて美しい織りなのかしら……。ペルティア様もご覧になって下さい」
商品を包むのはティーシアの工場で量産されている生地を使った飾り布だが……。
「本当……。織りが緻密。なんて技術なんでしょう……。凄いわね。これも?」
「はい。母が……リズの母が手がけております工房の作品です」
「あぁ。メレディアの家の方でしたね。しかし、このような……」
これも理由は簡単だ。糸の生産がとにかく容易くなっているので、どんどん布を作っていく。となると、経験値が上がっていく。それを見て、各地の腕自慢が様子を見に来る。環境の良さに居座って、技術を継承する。人が集まれば張り合って技術は磨かれるし、新しいものが生まれてくる。後はこの繰り返しだし、税の減免処置があるので、それが加速する。元々質に妥協をする気は無かったが、私が絡むまでも無く、勝手に従来品を凌駕し始めた。特に服飾の型紙に新しい風を吹き込んでからは、要件が厳しくなり、生産側も磨かれる結果になっている。
「これも王都でもまず見ない程の品質ね……。糸の調子も丁寧。細部にまで作っている人の思いを感じるわ。ふふ、こんな物を包みに使うなんて」
ほんの少し目を丸くしたペルティアが微笑むと、リズがほんのり照れて赤くなる。
「あの、でも、お母さんと仲間の人が作った物ですので、そこまでは」
そう告げたリズの唇にそっとペルティアの人差し指がかかる。
「駄目よ。お母様の誇りを感じる物よ。貴方が卑下する事は無いわ。そのままに受けなさいな」
「……はい。ありがとうございます」
そんな一幕を交え、デパートの中での珍道中は珍しい物を見たタロとヒメが興奮してしぱたんしながらも、無事に終わった。
「お手柔らかに頼むよ……。品質が違いすぎる」
流石に歓楽街を歩きは無理なので、護衛に馬車を回してもらうまでの間デパートの駐車場で待っていると、ノーウェが囁いてくる。
「不味かったですか?」
「流れてくる品を確認していたけど、隠しきれないかな。実際に『リザティア』側を見ると段違いだ。商工会という機構は中々良い仕事をするね」
フェンは商家と工房を調整して、歓楽街との商品にレベル差を付けている。ただ、品質のグレードが上がって底も上昇しているので、一般流通品でも周囲との格差が生まれ始めているのだろう。
「流通の方は調整していますが……。まだ不味いですか。しかし、もう品質を落とすのは難しいですね。領内だと干されます」
「だろうね。こちらから偽装の人員を回すから、その人間を雇ったという形にするかい? その代りある程度の人材を回して欲しいかな」
ふむ。ノーウェブランドで物を売ると言う事か。商工会の方と調整は必要だけど、隠れ蓑にするなら良いか。鑑定書とお墨付きがある限り、職人個人の権利と誇りは守り切れる。後は実際にどう売るかだけなので、変な火種が降ってくるぐらいなら傘になってもらった方が楽だ。それにこれから、東方貿易にシフトするにあたって子爵と伯爵では押しが全く違う。
「ご迷惑をおかけしますよ?」
「子の行いだよ。迷惑とは思わないよ。存分に利用してくれれば良いさ」
爽やかに笑いノーウェが告げると、馬車が到着した。




