第746話 お米が上手に研げました
荷物は皆に頼んで私は牧場に向かって牛を選ぶ。別に生贄の牛とかそういう儀式は無いので、精肉加工までお願いして領主館に戻る。豚の量産も一緒にお願いしておいた。イノシシを食べる機会が多いのでビタミンB1の摂取量に問題は無いだろうが、白米食が進めば脚気の心配もある。もっと廉価に豚肉が食べられるようになった方が良いだろう。大豆も豆腐やきな粉が消費されているので、そこまで問題とは思っていない。ただ、低所得者層に影響が出るかもしれないので、一番食生活に影響が出る肉類の量産に援助をする。
「ただいま」
部屋に入ると、部屋着に着替えたリズが出迎えてくれる。カビアが顔を出していたそうだが、仕事の進捗の報告だろう。まだまだ明日以降の収穫祭に向けてやらないといけない処理が多かったので、カビアに任せていた。
「決裁は残っているからよろしくって言ってたよ?」
リズの言葉に、力なくははと笑い、肩を落とす。今日はご飯を食べてからも仕事かな。頑張ったからお酒を飲みたかったけど、明日以降は浴びるほど飲まないと駄目だろうから我慢しよう。そう思いながら、部屋着に着替えて、リズと一緒に厨房に向かう。
「この大きなお鍋を使うの?」
厨房の竈の一角に大きな銀色の未確認飛行しない物体が置かれている。羽釜だ。これに関しては、大規模で均質な半球を作るのが難しいと言っていたので、取り敢えず鉱魔術で作ってみた。現在、それをベースに鋳型を作ってもらっている。今後米の流通量が増えるなら、羽釜の量産は急務だ。竈に関しては規格を統一しているので問題無い。薪の消費量は一時的に増えるだろうけど増産体制が整う方が先だと試算している。
「そう。大きなお鍋で沢山を炊いた方が美味しいから」
リズにそう告げて、料理人が見守る中、秤で米の量を確認し、羽釜に生み出した水をざっと注ぐ。一度目の水はすぐに別の桶に捨てる。これを捨てないと、糠の匂いを米が吸ってしまう。研ぎ汁は研ぎ汁で別の使い道があるので確保しておく。
重い羽釜を傾け、水が切れた時点で、しゃっしゃっと米を研ぎ始める。猫が威嚇する時みたいに指を立てて、くるくると羽釜の縁にあわせて回転させる。あまり強く押し付けたり早く回すと米が砕けるので、ゆっくりと丁寧にでも素早く研ぐ。特に新米なので、必死で研ぐ必要も無い。二十回ほど研いだら、水を注ぎ、軽くかき混ぜて、また水を切る。後は研ぐ、水を注ぎ捨てるを繰り返す。二度も繰り返すと、混ぜても米が見える程度の透明度になったので、研ぐのを終え計った分の水を注いで、そっと蓋を置く。
「あれ? そのまま置いておくの? もう終わり?」
リズがあれっといった表情できょろきょろとこちらと羽釜を交互に見つめる。料理人も頷いている。
「あぁ。ご飯に熱を通す前に、水分を含ませないと駄目なんだ。本来の水分だけではきちんと煮えずに、内部が硬く残っちゃうんだ。このまま半時間程度置いておけば良いよ。皆は他の作業をお願いね」
私はこの間にと、おかずの準備を始める。やはり、お米と言えば食べたい物は決まってくる。朝から引いていた水出しの合わせ出汁から昆布と雑魚の干した物を引き上げる。かかっと朝獲れの新鮮卵を割っていき、フォークで白身を切るように混ぜていく。引いた出汁に、まだ若いけど試験用と割り切った醤油を味見しながら加え、卵液を伸ばしていく。最後に砂糖を軽く振り、出汁と卵をしっかり混ぜる。
火が熾っている竈に総銅製の卵焼き器を乗せて、熱を加える。これも取り敢えず鉱魔術で出したものだ。一体成型なので、手元側の壁にリベットが無いので使いやすい。油を敷き、卵液を薄く注ぎ、スクランブルエッグを作るように混ぜて、ささっと奥側に寄せる。再度油を敷いて、卵液を加え、奥側の塊をぱたんぱたんとひっくり返し、巻き取っていく。それを焦げないように調節しながらスピーディーに進めていく。
「本当に、これ、器用だよね……。見ててやり方が分かっても、出来ないよ……」
リズが途方に暮れたように呟く。
「んー。まだまだリズは怖がっているから、焦げ付いちゃうんだよ。適当で良いから手早く作ったら、そんなに失敗するものでもないよ」
そんな話をしながら、出来上がった物を竹簾に乗せていく。熱々も美味しいけど、冷えて落ち着いた卵焼きからじゅわっと出汁が染み出るのも好きだ。今回はご飯を炊く時間もあるので、冷えたバージョンで良い。と、卵を焼いている内に半時間程が経過した。さてさて、次は炊飯かな。




