第664話 時魔術の使い方
話しが終わり、部屋に戻って折角の時魔術を使ってみようかと思ったが、ふと思い返す。あれ? 構文聞いていない……。念魔術みたいなものかなと思ったが、そんな単純な物でもなさそうだ。云々と唸っていると、ふわりと頭の中で声が聞こえる。
『すみません、こちらの要望をお伝えしたので、完全に抜け落ちていました。構文に関しては、属性時、対象の範囲、加速する相対速度です。明確に秒、分を理解しているので、一時間を一分間に加速するみたいな感じで大丈夫です。ではー』
ベィリオーズの声が聞こえると思ったら、静寂が戻る。んー、お茶目さんだ。取り敢えず、植木鉢を作り、外の土を詰めて、バジルの種を蒔く。太陽に当たる場所で水をたっぷり上げてから範囲を植木鉢に定める。
「属性時。対象は植木鉢の範囲。一分間で七日間を進める。実行」
見た目は何も変わらなかったが、急速に植木鉢の水が蒸発を始める。触っても熱を持っている感じはしない。水分子が動くので、時間の流れの断層の部分で熱エネルギーに変わっているのかもしれない。ほんの少しずつ水を生みながら植木鉢に補充していると、早回しのように芽がちょろりと出て、双葉になり、そこからにょきにょきと育っていく。葉が四、五枚になった辺りで成長が止まる。一週間だとこんなものか……。ふむ。シミュレーターの方にも取り込みは出来たようなので、ヘイストとしても使えるか。そう思いながら、日当りの良い場所に植木鉢を置いておく。猫さんが香りのきつい植物を嫌がりそうなので、経路には置かないようにしておく。
「あれ、ヒロ。部屋にいないから、どこかに行ったのかと思ってた」
部屋に戻るとソファーに座っていたリズが微笑みながら手を振ってくれる。
「いや。ちょっと実験をしていただけ。実は神の試練の時に一つ神様から贈り物をもらったんだ」
「贈り物?」
首を傾げながら、オウム返しのリズ。
「んと、確か増やそうと思っていた……あったあった」
荷物からニンニクを取り出す。水晶で水耕栽培用の小さなビンを作り出し、水を生んで鱗片の底が接触する程度まで溜める。
「それ、ニンニクだよね? どうするの?」
「見ていて」
窓にビンを置き、一週間程度時間を進める。鱗片の底から白い根がにょきりと伸びながら、緑の芽がぐいぐいと鱗片の上部の皮を破って伸び始める。
「うわぁ……。面白い……」
ビンに釘付けになりながら、リズが溜息交じりに呟く。
「時間を加速する魔術だって。通常は作物の速度を上げて収穫を早めるのが目的らしいよ」
「ん? 通常と言う事は、違う使い方も出来るの?」
「人に使うと、周りよりも早く動ける……感じかな。まだ試していないけど」
そう告げると、キラキラした目で見つめてくる。
「うわぁ、なんだか面白そう。試す?」
「うーん、まだ人に使うのはちょっと。もう少し、使い勝手を調べてから試すよ」
そう告げると、残念そうな顔になる。さて、ここまで育ったら、葉ニンニクまで育てちゃう方が良いかな。夕ご飯に葉ニンニクの卵とじでも出してみよう。ダンジョンに持ち込んで余っていたニンニク達を次々と葉ニンニクまで成長させていく。どうも見ていて楽しいのか、リズが飽きない様子でじっと眺め続けていた。
皆の分が出来上がった辺りで、腰を伸ばして、背伸びをする。食材を厨房に持っていって調理の説明をした後はダンジョンに持っていった荷物の整理に明け暮れた。夕方になると、ドアの外が騒がしくなって、ばたりと開かれる。
「おいたん!! おねえたん!!」
アーシーネが満面の笑みで、駆け寄ってくるが、後ろから飛び出す影の方が一歩早かった。
『ふぉぉ!! ままなの!! ままなの!!』
『いちじつせんしゅう!!』
どしーんとタロとヒメが突進してきて、そのままタッチダウンされて、ペロペロと顔と言わず、首と言わず舐められ始める。アーシーネは呆気に取られて、こちらを見ていたが、リズが空いているのを見て、リズの方に駆けよって抱擁されている。私は、喜びを露にする二匹を必死で撫でて、宥める。
「うわぁ、もう、ベタベタだよ……」
ぺとつく顔や首筋に触れながら苦笑が浮かんでしまう。
「あは。二匹とも嬉しそう」
満足そうな顔で、きりっと伏せている二匹。もう、あれだけやんちゃしたのに、何事もありませんでしたみたいな顔をしているのが何とも言えず脱力させられる。アーシーネもリズに甘えられて満足だったようだ。取り合えず、ご飯の前にお風呂に入るかと言う事で、女性陣、男性陣の順番でお風呂に入る。夕ご飯は丁度『フィア』から送られてきた干物の新しい魚などを出してもらいつつ、楽しい宴となった。ニンニクの葉は思った以上に好評だった。ニラは好き好きがあるけど、ニンニクの葉に抵抗のある人間がいなかったのはちょっと新鮮だった。
部屋ではアーシーネが留守の間少し寂しかったのか、二匹と一緒に構いたがってきたので、タロとヒメと一緒に構い倒す。疲れて眠ってしまう頃には抱きかかえて、アストの部屋に運ぶ。
「帰ってきたね」
やっと静かになった部屋でベッドに横たわると、リズが呟く。
「うん。疲れているし、今日はゆっくり寝ようか」
そんな話をしながら目を瞑ると、すとんと意識を失った。




