第658話 ダンジョンアタック 衝撃の……
「がぁぁ……。きつかったぁ……」
どてんと尻もちを付いて、溜息に乗せて、緊張の残滓を吐き出す。他の皆もへたり込んで、本当に倒したのかという顔をしている。
「ロッサ、助かったよ」
そう声をかけると、はにかんだように微笑み、ドルの方に駆けていく。
ラミアのサイズが大きかったのか、徐々に消えているが、胸元、矢が突き刺さった辺りが残っている。それもぶれてぼけていき、カランと音を鳴らして矢が石畳に落ちる。それを見て、やっと倒した実感が湧いた瞬間、ほのかな光がまた集まり出す。
「また……アーティファクトで御座るか?」
リナが膝立ちになって、なんとか起き上がろうとしながら、叫ぶ。はぁぁ、大盤振る舞いだなと他人事のように思ってしまう。それ程にラミアとの相手は精神を削った。訓練で戦える相手の範疇を超えてきている。これ、絶対にこの人数で相手をすると考えられていない。正しいのは、もっと多人数で延々ローテーションしながら、ゆっくりと相手の体力を削って止めを刺す戦術だろう。
そんな事を思いながら、光の奔流が消えるのを待つ。
「盾……?」
フィアが見つめながら、思わずと言った感じで呟く。またチャットがぴゅーっと走り出して、プレートを拾う。だから、罠が……。
「衝撃の大盾……やそうです。攻撃を受けた際に押し出すと周りの魔素を吸収して、衝撃を相手に返す盾ですね。シールドバッシュに慣れた人が使う盾のようです」
チャットがプレートを見ながら、話していたが、皆が見つめる人間はただ一人。
「某……で、御座るか?」
リナがちょっと戸惑いながら呟くと、皆がうんうんと頷く。若干、恐れ多いといった感じで、リナが大盾を手に取る。精緻で優美な浮彫の真ん中には怒りとも嘆きともつかない激しい心情の叫びを感じさせる顔が彫られている。見ていて石になりそうだなと思いながら周りを見ると、やはりちょっと怖いらしい。
「んー。試してみる? 丁度、オーガの時に槍が壊れたから、それで試してみたら良いよ」
そう告げると、皆も興味を持ったのか、円陣が組まれる。はぁと溜息を吐きつつも、いつもの大盾を置き、アーティファクトを手に構えを取るリナ。
「いつでも良いで御座るよ」
その声に合わせて、槍を構える。気合一閃、全力で突いた瞬間、リナの手で盾が押し出され、穂先が盾に触れた刹那、バギンという異様な感触でそのまま上部にはじき返される。やや上向きに受けられていたので、衝撃が上に逃げたのだろうけど、芯で止められて、真っ直ぐに衝撃が帰ってきたら、槍の方が折れそうだった。
「うわぁ……。手がじんじんする……。これ、えげつないね。ただでさえ大盾で守られているのに、受けられたらそのままダメージを食らうなんて。特に鈍器に取っては相性最悪だろうね」
そう告げると、ちょっとリズとドルがしょんもりした顔になる。
「こちらには何も感じぬで御座るな……。受けた時の衝撃も緩和されておるので御座ろう……。これも計り知れぬ価値で御座るな」
嘆息混じりでリナが言うと、皆も頷く。んー、こんなに色々貰って良いのかなと思いながら、これからどうしようかなと考える。かなり消耗したので休む必要はある。このまま昼ご飯と休憩まで休んで次かなと思うと、ドルが近付いてくる。
「リナとリズの鎧もそうだが、巻きつかれた際に各所が歪んだらしい。動きに支障はないが、大分ガチャつく」
そう考えると、ドルが近付いてくる時にいつになく鉄の触れ合う音が聞こえた。あんな刹那でも影響が出ていたのか……。早めに処理出来て良かった。
「どうする? 問題が大きくなりそうなら、引くけど。もう、報酬は手に入っているし、日を改めて再度挑戦でも良いし」
ドルに尋ねると、若干思案する。
「いや。夏場に外に出すだけで膨張してガチャつく程度の、ぎりぎりな作りにしている故だからな。耳障りだし、敵に丸聞こえではあるが動きには問題無い。このまま先に進むべきだろう」
ドルが言うと、リズとリナも頷く。
「分かった。じゃあ、少し早いけど、お昼にして、休憩を長めに取って、次に進もう。今日は次で終わりかな。これ以上の連戦は注意力不足で問題が発生しそうだ」
そう言って、私は食事の準備を始めた。ドルはその間に出来る限りと言う感じで、三人の鎧の微調整を行っている。
折角なので、スープとは別に持ち込んだジャーキーも炙り、少し豪勢な感じにして、昼ご飯を楽しむ。しかし、敵の強さのインフレが怖い。ゴブリンから、ラミアとかマジ勘弁という感じだ。次が恐ろしい。竜が出てきても驚かない。
リポップは大丈夫だろうけど、念のため交代で番はしつつ、昼寝をして体力を回復させる。最後の順番でドルも寝てもらう。時間的には十六時を少し回った程度で、皆が起きて、軽く運動をして体を温め直す。
「さて、進もうか……」
そう言って、歩き始めるが、やはり三人の鎧からはガチャつきが軽減されたと言っても聞こえてくる。本当に問題が無ければ良いのだけどと思いながら、ロットの真剣な表情の後を追う。
暫く歩くと、やはり唐突な気配……。
「やはりいます。これも……知らない気配ですね。しかし、かなり大きい対象かと思われます」
その言葉に皆が表情を真剣な物に変える。ラミアであれだけ苦戦したのだ。次が何なのか、勝てるのか、損害は怪我なのか、それとも怪我で済まないのか。淡い不安と、気合の狭間で感情が揺れ動いているのが手に取るように分かる。
「駄目なら、引こう。命をかける必要はない。怪我も治るとはいえ、極力負って欲しくない。だから、指示には従って欲しい」
そう告げて、じりじりと近付くと、相手の姿が見えてきた。その皮肉に、場違いにも笑ってしまいそうになる。そりゃ、迷宮だもんね。出てきそうだよ。牛頭の筋骨隆々な巨体。その身は理想的な形で盛り上がっており、ギリシャの神像の彫刻もかくやと言わんばかりだ。個人的には仁王様とかと比較した方が早そうな気がする。身長は四メートルほど。
その相手は、ミノタウロス。ミーノースが無い世界なので、何と呼んだら良いか分からないが、牛人とでも呼ぶべきか。
「オーガより、大分きつそうですね……」
ロットが若干ため息交じりで告げる。
「あれ、膝辺りでも筋肉で盛り上がっているし、刃物は効かないだろうね……」
まだこちらに気付いていないミノタウロス改め、牛人の攻略法を皆で練る。だが、誰も引くとは言わず、全力で戦いを希望している。この思いに報いたい。そう思いながら、話をまとめ、武器を持ち直す。
さぁ、全力を出す時が来たかな。




