第657話 ダンジョンアタック 蛇身の化身討伐
光の粒が徐々に渦巻き、部屋の中央に集まり、一際明るく放つと、蛍のように散っていく。一瞬光量に目を背けたが、その先には……。
「ペン?」
誰ともなく、ぼそりと呟く。一本の材質不明な太めの羽ペンが落ちていた。持ち手より上は精緻に彫られ、その羽は真っ白なのに、ほのかに虹色に輝いている。その横には銀色のプレートが一枚落ちている。
「アーティファクトやないですか……」
一言、漏れ出るように囁くと、チャットが近付く。罠があると危ないと告げようとしたが、その前にさっと手に取った。一緒に落ちていた銀色の小さなプレートを読み上げる。
「無限のペン……やそうです。無制限に文字が書け、ペン先が摩耗しない……。そして二日までは任意に思った場所を消す事が出来る」
一瞬聞くと地味そうに聞こえるが……。
「文官なら親を殺してでも欲しがりそうね……」
ティアナが驚愕の声で告げる。そう、この世界の筆記事情は劣悪だ。羽ペンなんて、数文字書いたらインクに浸けないといけないし、先も摩耗する。書類仕事で一番効率を下げているのは筆記用具だ。正直、殺意が湧いてくる。ただ、万年筆を開発出来るほど、技術レベルは発達していない。
それに文字が消せるというのは非常に良い事なのだが……。
「二日は長いよ。契約書にサインをしたのに消されたら、目も当てられないね」
そう、ちょっと詐欺に使われそうで怖い一品ではある。だけど、信じられる人間にはありがたい逸品だろう。
「こない浅い層で、こないに有用なアーティファクトが出るとは思いもせえへんかったです」
チャットが熱の篭った、少し艶やかな声で呟く。余程嬉しいのだろう。
「良い物が手に入ったと言う事で、少し早いけど、夕ご飯を食べて寝ちゃおうか。明日も頑張ろう」
そう告げると、ほっとした雰囲気が生まれる。取り合えず、ゴブリンが出た部屋の手前の通路まで戻って、食事を作り始める。リポップが怖いので、一番危険性が低い場所で眠りたい。私は現在調整中の『リザティア』型塩漬け肉をベースに小麦粉でとろみをつけたスープを作り、配る事にした。従来の塩漬け肉からぎりぎりまで塩分を減らして作ったので、そのままでもなんとか食べられる。味としてはコンビーフに近いかもしれない。二食続けての温かい料理に皆の士気も高まる。その後は斥候組に夜番をお願いして、眠りに就いた。
七月二十六日の朝はスマホのアラームで目が覚めた。ずっと明るいし、時間の感覚が無くなる。皆も寝ぼけながら起きてくるので、せめてはと思い、タライを作って衝立の裏で順番に体を清める事にする。流石に風呂は大袈裟かと思い自重した。ダンジョン風呂、響きだけは魅力的だが、壁を見ながら風呂に入っても特に風情は無いかな。
昨日の昼と同じスープと携帯食で朝ご飯を済ませて、十分休憩したら、慎重に進み直す。リポップしているとしたら、そろそろかなと思いながら進むが、オーガの部屋まで到着する。二十四時間湧きとかだったら、嫌だな……。
「じゃあ、先に進もうか」
軽く弛緩し始めた雰囲気を締め直し、先に進む。また、同じような距離を歩くと、気配を感じるのだが……。
「これは……。何かが一体……。ですが、気配が大きいです」
んー。なんだろう。オーガと比べても随分大きな気配を感じる。注意しながらじりじりと接近すると、部屋の真ん中で、とぐろを巻く生き物……。
「人の……体に、蛇ですか……」
ロッサが少し怖そうに呟く。あれは、ラミアなのかな。人魚さんがいるんだから、ラミアがいてもおかしくない。おかしくないけど……。
「蛇の体の方には注意して、小さな蛇でも自分の体以上の生き物の骨を簡単に砕く。十メートル級なら人間なんて簡単に絞め殺せる。ざっとの目測でも十メートルを超えている。一人で巻き込まれたら重装なんて関係なく死ねるよ……あれ。その場合は魔術で介入するけど、三人は絶対に密集して、巻きつかれても耐えるように出来る状態になっていて欲しい。後、攻撃は考えなくて大丈夫。というか、筋肉の塊の筈だから、鈍器で叩いても打ち身にしかならないよ。フィアは私が牽制するから隙を見つけたら、積極的に向かって欲しい。動きが止まったら、ロッサが撃って終わりにしたい。ロットとティアナは前後の様子を確実に把握して。何かが増えたら対処しきれない。ブリューは絶対に前に出ない事」
そう告げると、皆が真剣な顔で頷く。ゆっくりと部屋に近づくと、こちらに気付いたのか、ラミアが鎌首をもたげるように上体を上げて、蛇身を解き、威嚇の声を上げる。楯組がざぁっと前に出ると、予兆なく、しっぽが物凄い勢いで振られる。残像が残りそうな勢いで振られたしっぽは『剛力』持ち三人の盾に当たった瞬間、丸太で鉄の塊を叩いたような音を響かせる。あの三人がよろける勢いだ。私やフィアが当たったら、どこかに打ち付けられて全身骨折だろう。
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
しっぽ側に集中している間にと、裂帛の気合で槍を突きだすが、ぬるりと躱されて、一本一本が短刀のような爪を振り回してくる。体勢が崩れない程度とは言え、本気の突きだったが、ここまで綺麗に避けられるとは。静かに後ろ側に張り付いたフィアが剣を振るうが、浅い傷が数条刻まれただけだった。これは訓練とか言ってられないか……。
「ティアナ!! グレイブ、投げて!!」
叫ぶと、慌ててティアナがグレイブを近くに投擲してくれる。からからんと転がったグレイブに槍を牽制で突き出しながらじりじりと近付く。その間もしっぽ側は延々殴打の打撃音を奏でている。槍を後方に放り投げて、グレイブを掴んだ瞬間、ホバーを耐えられる全開にして、一気に突き出す。ゆらりゆらりと動く中心をねらったつもりだったが、不意打ちとはいえ、ややずらされて、右肩をぐずりと貫く辺りにとどまった。その瞬間、部屋中に轟くような金切り声を上げて、大きくしっぽがこちらに向かって鞭と言うより、カタパルトのように打ち出される。腹部のような場所を蹴り、グレイブを引っこ抜き、そのまま着地は考えずホバーで横っ飛びに逃げる。地面でざりざりと靴の底を削られながら、四つん這いになりながらなんとか止まったが、ラミアの赤い瞳は爛々と怒りに輝き、こちらを標的として捕らえている。
「フィア!!」
千載一遇のチャンスと、フィアに声をかける。しかし、しっぽをびたんと地面に叩きつけて、吹っ飛んで逃げる。仕切り直しか……。いや、手傷を負った分質が悪い。再度フォーメーションを組み直し、前進した瞬間だった。しっぽの根元側で三人を殴打したと思った瞬間、ずるりっと巻きつく。ぎりぎりぎりと何かの早回しを見るかのようにしっぽがとぐろ状に巻きつき、螺旋の動きで締まっていく。内側からは重装の三人の苦鳴。
私は、大きくホバーで、飛び立ち、そのまま直角にラミアの眼前に吹っ飛ぶ。予想もしていなかった挙動に虚を突かれたような表情を浮かべたが、怒りが再燃したのか、その両手を大きく抱擁のように広げる。
「ロッサぁぁ!!」
叫びながら、再度横にホバーを噴射して弾けるように飛ぶ。特攻? そんな訳が無い。私の目的は相手の視界を隠す事だ。延々焦燥と怒りを溜めながらも冷静に動きを見ていた、愛した人を傷つけられた憤怒の化身がかちりとトリガーを引く。その瞬間放たれた破魔の矢は吸い込まれるようにラミアの胸元に突き刺さる。刺さったインパクトに後ろ側に仰け反るように倒れ、そのまま弛緩するラミア。ぎりぎりと締め上げられていたしっぽもずるりと緩む。終わりか……。そう思った瞬間、その姿はぼやけるように消えていった。




