第644話 ノーウェ、真夏の歓迎
「ご無沙汰をしております」
先触れで訪問してくれたのは、結婚式の時にも走ってくれた人だった。軽く挨拶を交わし、ノーウェの歓迎の仕方をどうするか相談する。
「一度客室と兵舎をお借り出来ればと考えます。典礼用の装備も揃えておりますので」
ノーウェ側の意向としては、竜に対してきちんと迎賓という形で対応したいようだ。
「また、事前に子爵様とお打ち合わせが出来ればとの事です」
「分かりました。では、竜の方々には後程お会い頂くと言う事で。進めてもらえますか」
「畏まりました」
伝令の方も意図が伝わって安心したのか、ほっとした顔で本隊の方に向かって行った。
「と言う訳で、竜の方々はいつも通りお過ごし下さい。ティアナ、後で呼びに来るけど、用意だけお願いしても良いかな?」
「分かったわ。衣装はドレスで良いのよね?」
「うん。女性だしね。ノーウェ様の人となり辺りも軽く説明してもらえると、助かるかな」
そう告げると、ブリューを除く竜達は喜びの声を発する。ドレスに関しては作るのが間に合わないので、サンプルを見てコピーしてもらった。その分の代金はお店には払った。大分値引きされたけど、デザイン料もあるんだけどな……。ブリューはドレス関係はあまり好きでは無いのと、アーシーネは服に関してはまだ頓着が無いというか、何を着ても喜ぶからだ。珍しくブリュー達と一緒にアーシーネも大部屋に向かって行った。
「さて、寄親の出迎えだから、私達も正装だね。フィア達もドレスでお願い。途中でティアナと交代してね」
そう伝えて、皆、それぞれの部屋に戻る。私も侍女達がリズの着付けを手伝う中、タロとヒメが絡まないように庭でおもちゃを投げて遊ぶ事になった。猫ほどでは無いのだろうがタロもヒメも視界の端でひらひら動くものがあると、遊びに行きたがる。ちょっとアンジェも忙しいので、ノーウェ達が到着するまでは面倒を見ようかなと。
「ほら、取っておいで」
ぽーんとおもちゃを投げると、ててーっと二匹が嬉しそうに走っていって、はくりと銜えて持ってくる。獲物を取って持って帰る度に過剰くらいにわしゃわしゃしていたらきちんと持って帰るようになった。もっと小さい頃は銜えてそのまま遊んでいたのに。ペールメントの学習は色々なところに波及している。二匹が呼吸を荒くする程度に遊んだら、アンジェが迎えに来た。リズの準備が終わったから、そのままタロとヒメを保育所に連れて行ってくれるみたいだ。
「じゃあ、今日も沢山遊んでおいでね」
そう言って二匹を抱きしめると、嬉しそうに体を擦り付けてくる。
『ままといっしょにあそびにいくの!!』
『ほいく!!』
そんな事をキャフキャフワフワフ言いながら、アンジェの周りにまとわりつき工場に向かっていく。
部屋に戻ると、リズがドレス姿で背を伸ばしながらソファーに座っていた。
「奇麗だよ」
そう伝えると、照れと暑いのか、顔を染める。
「ありがとう。でも、やっぱりちょっと暑いね」
夏と言う事で、袖を外してもらったが、やはり暑いのか。こっちの礼服は冬仕様のままなので、嫌だなと思いながら着替えるが、やっぱり暑い。昇ってきた太陽はじりじりと夏の到来をこれでもかとアピールしている。汗が浮かびそうになるのを風魔術で送風しながら、なるべく動かないように我慢する。
「確かに。暑いよ、これ……。薄手の服の開発を進めないと駄目だね」
そんな話をしながら待っていると、ノーウェ達が『リザティア』の門に到着したと伝令が走ってきた。私は仲間達と手が空いている使用人達と一緒に領主館の前で待つ。
暫くというには短い時間で、ノーウェ達の列が見え始める。しかし、馬車が多い……。典礼用の装備は兵舎の方に回すように話したので、ノーウェだけかなと思ったが、文官なども連れてきているようだ。勇壮な騎士達が高い練度で美しい隊列を組み、しずしずとロータリーに入ってきて、並んでいく。また新型を開発したのか、一際大きな馬車からノーウェが降りるのが見える。私はリズが裾を踏まない程度に急いで、ノーウェの元に向かう。
「お久しぶりです、ノーウェ伯爵閣下。お体の加減はいかがですか?」
「やあ、無沙汰をしていたね。体の方は大丈夫。気は急いていたけど。その挨拶を聞いたら、どこかに吹き飛んだよ」
「ご無沙汰をしております、ノーウェ様」
リズが堂々と一礼するのをノーウェが目を細めて嬉しそうに眺める。
「久しいね。いやぁ、前に見た時よりも美しくなったね。んー、違うかな。雰囲気が一層穏やかになった印象だよ」
そうノーウェが声をかけると、はにかみながらリズが感謝の言葉を述べる。
「今日はお暑かったでしょう。中に入って、冷たい物でもいかがですか?」
「あぁ、助かるよ。移動中は風を感じていたけど、流石に暑いしね」
そんな事を言いながら、皆の挨拶の後、そのまま応接室に通ってもらう。
「あぁ、涼しい。贅沢というか、会う度に常識が崩れるね。いや、今回は驚いたよ。君といると退屈はしないけど、今回はその極みかもしれないね」
ノーウェが苦笑しながら上着を侍従に預け、ソファーに寛ぐ。ただ、改造を進めているスプリング入りのソファーの座り心地にも驚いたようだが。私も上着を侍従に預けて、リズと一緒に座る。開放からはそよ風が入ってくるのと、部屋の四隅には彫刻風の氷柱を立てて、涼を感じられるようにしている。
「急な話でしたしね。私の所為では無いですよ。私も驚いた側です」
そんな挨拶をしていると、爽やかな香りを漂わせたハーブティーと茶色がかった塊とクッキーが乗った皿が用意される。
「ん、これは?」
「氷菓子です。夏の暑さの中で食べると格別ですよ」
牛の繁殖は進めているが、まだ出産には至っていない。なので牛乳はもう少し先だ。今回は代用として、豆乳と豆腐のアイスを作ってみた。きなこと蜂蜜での素朴な味付けだが、お気に召してもらえるだろうか。ノーウェが若干恐々と匙で掬い、はむりと口に入れた瞬間、目を見開く。
「これは……。雪のように冷たいね……。それに強い甘み。材料が……分からない。でも、夏にこのような物を食べられるのは嬉しいね」
はむりはむりと楽しむノーウェを見て、リズと一緒に微笑む。
「前にお出しした豆腐と豆乳と甘味料に手を加えて、冷やした物です。気に入ってもらえたらな幸いです」
「ほぉ、と言う事は、これ、大豆が原料かい? それにあの白いやつか……。そのまま食べても美味しかったし、甘くしても美味しかったけど、こんな風にも出来るんだね……。毎回新しい料理が出てくるんだから、才能ってやつが羨ましくなるよ」
冷えた口を温かいハーブティーで温め、爽やかな香りで甘さを流す。ノーウェもそのコラボレーションに満足したのか、非常に上機嫌に微笑む。
「じゃあ、もう少し詳しく教えてくれないかな? 今後をどうするか考えるよ」
ノーウェがいうので、ブリューと相談して決めた来歴を話していく。と言っても神様絡みの部分だけ少しアレンジして後は正直に話しても良いという感じだったので、ざっくりと説明していく。
「はぁ……。そんな事が……。いや、昔から神と話す者が引退すると、その無聊を慰めるために竜が降り立つという噂はあったんだよ。それが現実と言うのも驚いたし、目の前の人間がそんな人間だと言う事にも驚いているよ」
ノーウェが穏やかに少し悪戯混じりな苦笑を深める。
「初めて会った時は驚きました。ほぼ人間ですけど、気配の違う人が宵闇に立っているんですから。何かの怪奇現象だったらどうしようかと思いました」
「はは、死人が現れるとかそういう話かい? 昔から噂になるけど、現実には見た事が無いしね」
そんな感じで、穏やかに問答を発展させていく。ブリューやアーシーネの現状まで含めて、こちらから話す事が無くなった段階でノーウェが少し考え込む。
「友好関係なのは嬉しいけど、やはり個人の友誼……なんだね?」
「はい。国で囲うというのは愚策ですね。向こうもそれを望んではいません」
「ふうむぅ……。難しいね。いや、規格外というのは知っていたし、この出会いは僥倖だろう。ただ、君ばかりに特殊な状況が生まれると、やっかみが面倒というのもまたあるしね……」
ロスティーにはノーウェから鳩を飛ばしてくれているらしい。最終的に国王まで報告するにせよ、まずは外務側のトップで判断と言う事になるらしい。広めるにせよ、何にせよ、ロスティーも調整が付いたら訪問するとの事だ。
「開明派に影響がなければ問題無いかと。王家派は最終的に報告をすれば納得するでしょうし。保守派に関しては、これで何か悪さを考えてくれるなら、各個撃破出来ます」
そう答えると、ノーウェがますます意地の悪い笑顔になる。
「ふふ。そこまで考えてくれるならば良いかな。分かった。取り合えずはワラニカの伯爵としてではなく、君の寄親としての立場でご挨拶という感じかな」
そう答えると、こくりとノーウェが頷く。
私は侍従を呼び、会談の準備を進めるよう伝えた。さて、実際に会ったら、ノーウェはどんな感想を抱くのかな?




