第643話 劇が流行り始めたので、耽美なという概念も伝わります
十九日から二十二日までに大きなイベントは起こらなかった。十九日に崩れ始めた空模様はそのまま雨に発展した。珍しく長く続いた雨はうだるような暑さを払い、若干の涼しさを残して去っていった。
ブリュー達もティアナが付きっきりで教示しているので、風俗や習慣について随分と詳しくなってくれた。アーシーネと一緒にデパートに連れて行ったら、やっぱり女の子なのか、服を見ては歓声を上げていた。ただ、十人がそれぞれ趣味嗜好が違うというのは当たり前なのだが、なんとなく個性がはっきりしてちょっと新鮮だった。
ちなみに、ブリューは男性物を選んだので、ちょっと凛々しい男装の麗人みたいになっている。元々少し中性的な顔つきで、体つきもスマートだ。ほのかに胸が膨らんでいるので女性だと分かるが、完全に耽美な麗人という感じで、侍女達が騒いでいたのは周知の事実だ。本人的には動きやすくて気に入っているらしい。
逆に女の子っぽいのはアーシーネに次いで年下のレギニールだ。十一、二歳という感じなのだが、フリルが沢山付いたワンピースの裾をひらひらとさせながら、ちょっとおしゃまな感じで歩く姿はほっこりとするほど可愛らしい。若手の侍従や料理人達、男性陣にはかなり受けている。
アーシーネは可愛らしいタイプのワンピースとパイル地に近いモコモコめの寝間着を買って喜んでいた。朝からアンジェと一緒に保育所で遊んで、夕食を食べた後はまた二匹と一緒に遊び、お風呂に入って寝るという健康的な生活を送っている。寝間着で二匹と遊ぶのがお気に入りらしい。
タロもヒメと一緒にアーシーネに懐いている。毎日遊んでくれる家族といった感じでべったりだ。アンジェがきちんと付いてお世話をするようになって、少しだけ大人になった感じがする。甘えさせると逆に子供になりそうだが、きちんと見てくれる相手が常にいるというのは自立する時の安心につながるのか、言う事も素直に聞く、群れとしてのお利口さんに育っている。でも、私に甘えてくる時は全力なので、ままぱぱは別なのだろう。
ノーウェが来ると言う事で、ささっとネスから分かれてすぐにザワークラウトの用意は済ませた。これが認められるなら、大量生産を始めよう。ポークジャーキーに関しては温泉宿でサンプルを売り出したが、かなりの売れ行きだ。部屋で飲むにせよ、屋台の持ち帰りかルームサービスしか無かったので手軽で美味しいポークジャーキーやスルメなどの乾物系は大人気だ。ホタテの紐をもしゃもしゃしながらエールを飲む豪商とか考えると少し可愛い。ワインなんて、移送料も上乗せして売っているから高いのに、飛ぶように消費されている。エールも結構、強気の値付けをしているのに生産した端から売れているので、市場に出回らない。それが逆に希少価値になっていて、温泉宿で買ったエールを高値で転売しようとする馬鹿がいたので、それは厳重注意と言う事になった。冷やして、栓を開けて提供した物なので、温度が上がった時にどうなるかが読めない。何かあって『リザティア』の所為にされても困る。豪商と言えば、遊戯室の稼働も順調で、かなりの金額を落としてもらっている。祝勝会も残念会も優先的にエールを回しているので、皆飛びついているし、どうも商家連中としてはここで遊ぶのが通みたいな文化が出来てしまっているらしい。挨拶に、遊戯室で幾ら勝ったか負けたかを公表するのはちょっとやめて欲しい。ただ、収益は上がっているので、また余剰金が膨れ上がった。予算の残りの消化も、人材不足でどうしようかと思っているのに、贅沢な話だが、笑うしかないなとは考える。
そして、いつもの通り七月二十二日の朝を迎える。窓からは久方ぶりの青空が広がっている。夜中には若干嵐のように風も吹いていたが、今は穏やかでほんの少し頭を出した太陽が既にじりじりと熱を発しているのが分かる。厨房でタロとヒメの朝ご飯をもらって、待て良しであげる。ベッドに向かうと、横向きに寝ているリズとその胸元でスヤスヤと眠っているアーシーネ。昨日の晩はかなり激しく二匹と遊んでいたので、途中で電池が切れたようにぱたりと寝てしまった。ティーシアとも相談したが、起こすのも可哀そうという事で、そのままベッドで川の字という事になった。体温が高い子供を抱いていたためか、ほんのり汗ばんでいるリズの額をお湯で絞った布で拭く。
「ふえぇ。あぁ、ヒロ……。おはよう……。ありがとう、さっぱりする……。うわぁ……胸の辺りがびしょびしょだよ」
ふわりと目を覚ましたリズが上体を起こすと、立派な隆起の辺りが若干、汗で透けている。
「子供の体温は高いしね。温度はそうでもなかったけど、湿気が酷かったし」
「うー、ちゃんと清めちゃおうかな……」
「ん。用意するよ」
タライにお湯を生んでいると、アーシーネがころりと寝返りを打つ。先程まで近くにいた温かい物が無くなったので、無意識か手をうろつかせて何かを探している。リズが指を伸ばすと、きゅっと握る。
「……まま」
寝言でアーシーネが告げるのが真実なのだろう……。
「可愛い……。でも、別れて生活するのは可哀そう……」
リズが少しだけ困った顔で言う。
「うん。竜は別々に生きてもなんて言っていたけど、人間に変身してしまえば、人間に寄っちゃうよ。出来れば、悲しい顔なんて見たくない」
「ヒロは……優しいね」
「懐に入った相手は、幸せになって欲しいしね。少なくとも、こっちの都合だけ押し付けてぽいって捨てるのは嫌だ。アーシーネだけじゃない。他の十人も同じ」
「うん……。ヒロらしい。良いと思うよ」
一緒に眺めていたリズが、そっと微笑み頬に口付ける。
「さて、ほーらアーシーネ、こちょこちょー」
脇の辺りをくすぐると、くねくねしていたが、うひゃひゃと笑いながら起きる。
「おいたん!! くつぐったい!!」
ぷーっと膨れたアーシーネに拭いてあげると言うと、服を消す。背中から全身にかけて、熱めの布で拭くとすっきりしたのか、幸せそうな表情を浮かべる。
「ちあわて!!」
にこりと笑ったアーシーネの頭を撫でると、嬉しそうに押し付けてくる。同じくリズも手伝って、着替えると、朝ご飯の呼び出しがかかる。
食堂で、他の竜十人を含めて、ノーウェに会うと改めて伝える。私の上司というのは理解しているので、問題は無い。引き続き、到着するまではティアナと勉強らしい。アーシーネはアンジェと一緒に保育所だ。他の皆もそれぞれの作業に向かう。私も執務室でカビアと一緒に政務を進める。
そろそろお昼かという頃に、ノックの音が響く。ノーウェの先触れが訪問したらしい。思った以上に早かった。用意は出来ている旨を伝えて、侍従達に皆を呼んでもらう。
さて、ノーウェはどんな顔をするのかな。ちょっと楽しみだ。




