第641話 砲兵科が欲しいので、投石器を作ります
「飛ぶというよりも浮くという感じですね」
「俺には、どっちも変わんねぇがな……。人が飛ぶというのも浮くというのも分からん……」
ネスが首を傾げて、本当に出来るのかという顔をしている。
「先程、冷たい空気は下に行くという話をしました。では、暖かい空気はどうなりますか?」
「上に行くんだよな。暖炉の話だろ?」
「はい。その通りです。では、その暖かい空気をもっと熱くして、集めてしまえばどうなりますか?」
「浮く力が強くなって、集めて支えている物ごと浮いちまうって訳か……」
「ご明察です」
「ふぅむ……。でもそれって、浮くだけだよな。意味があんのか?」
ネスが思案顔で呟く。
「浮くだけでも、偵察用に高い建物を建てなくて良いというメリットはありますが……。竜は見ました? 告知はしていましたが」
「おう、見たぞ。領主館の辺りをでけぇのがくるくるしてたな。……まさか……。」
ネスがこちらの目をじっと見つめる。
「そうです。竜側は三百キロ程度の過重には耐えます。重装は箱詰めして運んでもらいますし、人は浮きさえすれば竜に引っ張ってもらえば良いという感じですね」
「空気を暖めるのはどうするんだ?」
「風魔術で膨らませて、火魔術で暖めます」
そう言うと、ネスが納得の表情を浮かべる。
「安全対策は? 空から落下すれば人は怪我どころじゃ済まんぞ? 二階から落ちても怪我するんだしな」
「竜が持っている荷重を捨てて、安全に着陸させる感じですね。これなら、二名から三名を地形を気にせず、輸送可能です」
「なんでそんなに兵員輸送に拘る? 馬や馬車でも……。会戦の可能性があるのか?」
ネスが表情を深刻な物に変える。
「無ければありがたいですが、可能性は高いと見ています。傭兵ギルドと保守派が組むと面倒くさい状況になるだろうなと。元王妃殿下もいらっしゃるので」
「あぁ……。恨み買ったつぅ話か。分かった。ただ、この布の仕様だと織り機からの製造だな。時間はそこそこかかるぞ」
「それは構いません。無ければ正攻法でいきます。あれば奇襲が可能だというだけなので。出来れば、こちらの兵器を先にお願いします」
差し出した設計図を見て、ネスが唸る。
「これは、クロスボウの派生か? しかし、でけぇな……」
「クロスボウの弦で要件は満たしているので、そのまま使っても大丈夫かと。現状の兵科だと、騎馬対策が取れません。弓兵で面制圧を出来れば良いですが、クロスボウでは足らないです。数で圧倒出来れば問題無いですが、それならば、石礫を散弾として利用して面で相手を狙った方が効率的です」
設計図にはカタパルトが記載されている。トレビュシェットが望ましいが、運用にかなりの熟練を必要とするので、クロスボウの仕様と近いマンゴネルをまずは運用しようと考えている。石の仕様も土魔術士を使えば均質の物で運用が出来るため、着弾点も比較的収束するだろう。
「こっちはまずは作ってみてからだな……。木工の方には手配しておく」
「ありがとうございます。ある程度数を並べるつもりなのと、素人でもマニュアルがあれば使えるのが強みなので。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
投石器の主目的はインフラの破壊だが、正直攻めるつもりが無いのでそこまで重視はしていない。それならば兵科として存在しない砲兵を作って迫撃砲代わりに運用した方が早い。散弾だと射程距離がかなり短くなるが、百メートルも飛んでくれれば御の字なので、可能かなとは考えている。
「じゃあ、また冷蔵箱の様子を確認するために、夕方訪問しますね。冷気が逃げるので、あまり開閉しないで下さいね」
「あぁ。ガキみたいに興味あるからって弄ったりはしねぇよ。じゃあな」
苦笑いのネスに見送られ、工房を後にする。館に戻り、カビアと一緒に政務に勤しむ。
「予想以上に商家の移住申請が多いけど、どうしようか……」
報告書を読んでいて、ダブティア含めて数の多さに戸惑う。
「報告ですと、フェンさんとしては掌握が手一杯になっているという話ですね。一度止めますか?」
カビアが別の報告書を確認しながら、呟く。
「完全に止めると、それはそれで先に悪影響を及ぼしそうかな……。少し待機期間を置いてもらうくらいだろうね」
「分かりました。目途だけ伝えて、少し待ってもらう事にしましょう」
ワラニカ側もダブティア側もここを玄関口に使った方が効率的だというのは周知されてきているようでありがたい。倉庫街の方もどんどんと利用されているので、拡充を含めて検討しなければならない。
「竜周りの影響はほぼないのかな」
「告知を先に出したので、影響は無いですね。頻繁に飛び回り始めればまた話は変わりますが、慣れるとは思いますし」
「そうだね。まずは人間の風習、習慣を理解してもらわないと、どうしようもないしね。あ、近々アーシーネと一緒に『フィア』まで飛んでみようと思うけど、鞍をお願いしても良いかな?」
「分かりました。設計とかは有りますか?」
「あぁ、作っておいた。これを参考に、サイズが変わっても汎用で使えるようにして欲しい」
そう言いながら、設計図を渡す。
「跨るというより、抱えるという感じなんですね」
「風圧がきつそうだし、速度が出たら飛んでいっちゃいそうな気もするから。まずは試作して、そこから考えるよ」
そこでカビアが少し考え込む感じになる。
「以前、うどんのレシピを頂いたのですが、小麦の利用幅を増やして欲しいという嘆願が上がっていますね。パン焼きギルドから買うのも税と上乗せなので、出来れば直接買い付けたいとの事です」
うどんも歓楽街のお店で試験的に販売を実施しているが、人気のようだ。
「小麦周りはちょっと難しいかな。ノーウェ様が来られるなら、相談してみる」
そんな感じで、昼ご飯を食べ、夕方まで書類仕事が続いた。
そろそろネスに会いに行こうかなと仕事をまとめていると、ノックの音が響く。答えると、ノーウェから鳩が届いたようだ。問題無く帰って来てくれて良かった。
「ノーウェ伯爵閣下はなんと?」
カビアの問いに、小さな紙片を手渡す。
「大分慌てているかな。これを出すタイミングでもう出ているっぽい」
「はぁ……。そうですね。驚く事に慣れているのであまり感じないですが……。大陸規模での話ですし……」
カビアが苦笑交じりに呟く。
「受け入れの準備だけ、お願い出来るかな」
「分かりました。これなら二十二日の夕方には到着するでしょう。準備の方、進めます」
「お願いするね」
そう告げて、執務室を後にする。さてさて、冷蔵箱のエールが待っている。工房に向かう事にした。




