第626話 新しい力~序章 二十一の叫び
光を感じて目を覚ますと、手に感触が。布団をめくると、昨夜つないだ手をそのままつなぎっぱなしだった。寝返りも打たずに眠っていたのか……。処刑の件もあって、思った以上に精神に疲労を感じていたのかな……。起きて、体を動かしてみるが異常はない。思った以上に薄情だったのかもしれない。そう思いながら、窓を開けて空を覗くと、どこまでも抜けていきそうな青空が広がっている。六月に雨が多かった分、七月は晴れが多いのかな。徐々に照り付けるような太陽が昇ってきている。七月十七日は晴れと。
昨晩早めに寝た二匹は起き上がった音で目が覚めたのか、箱からちょこんと顔を出して、じぃっとこちらを見つめている。背後ではぱたこんぱたこんと振られているしっぽが見えるので、腹減りさんなのだろう。いつも通り厨房から朝ご飯をもらってきてあげる。
リズも軽く揺すると目を覚ます。最近は訓練も無いので、すんなり起きている。やっぱり動くと疲労も溜まるか。
「おはよう、リズ」
「んにゃ……。おはよう……ヒロ。ねむいー」
「こら、寝なおさない。起きて」
「ふぁーい」
そんなやり取りをして、朝の用意を済ませる。
リズは、朝ご飯を済ませると、訓練に出る。訓練が終わったらタロとヒメと一緒に工場に向かうらしい。もうそろそろちょっと遠出をしたいので、訓練の方もしっかりやってもらえればと思う。
私とカビアはそのまま執務室に向かう。
「んじゃ、受け入れに関しては大丈夫そう?」
「はい。表向きは遺恨はなさそうですが、お義父様が猟師というのもあるので中々難しいと思います」
「分かった。その件はアストさんとも話をしておく。罰は罰で、どこかで報われるべきだしね。仕事は仕事って割り切ってもらうようにはするよ。後、フィアから話はもらったかな?」
「何でしょう。特には……」
カビアが首を傾げる。
「軽装兵の冒険者上がりの一部に不満が溜まっているみたい。取り合えず、一回心を折ろうかと思っている」
「はぁ……。そんな事が。軍務はレイさん始め、皆さんに任せている部分が大きいので。こちらでも把握するようにしますか?」
「いや、分業で良いや。レイの方できちんと見てくれているなら問題無いし。下手に上が増えても、下は困るだろうしね」
「はい。私もそう思います」
カビアが、こくりと頷く。
「で、ちょっとレイと調整して欲しいんだけど……」
今日の訓練にもう一つイベントを増やそうと思う。
「はい、それは可能だと考えますが……。んー、それが立ち直る切っ掛けになりますか?」
「まぁ、良い物を見ると言うのも重要だと思うよ。それに関してはお願い」
「畏まりました」
「後もう一点。これが一番重要かな。ちょっとの間、身を隠そうかと考えている」
「この忙しい最中にですか?」
「指示は出したしね。ちょっとの間は待ちだと思っている。何より、王都側の動きが分からない。私を標的にしてくるなら良いけど、『リザティア』を標的にされるのはまだまずい」
「で、身を隠される……と?」
「ノーウェ様とも調整をするけど、不在の間はノーウェ様に『リザティア』の管理監督権を預けられる。もし、正攻法で何かをしてきても、ノーウェ様やロスティー様が間に入ってくれるしね。その間に一点済ませたい事がある」
「済ませたい……ですか?」
「東の森にダンジョンがあるでしょ? 出来れば、若返りのアーティファクトを手に入れておきたい」
「若返りですか。まだ必要ないかと思いますが」
怪訝そうな顔でカビアが聞いてくる。
「いや、私じゃない。レイも歳が歳だから。出来れば、早い段階で手に入れておきたいなと」
「レイさんにお使いになるんですか?」
「だって、あの人、下手したら人類レベルの人だよ。失えないよ」
「ふーむ……。色々と問題は起こりそうですが……」
「子爵領の軍総司令官だし、退職金の前渡しとでもしておけば大丈夫だと思うけどね。ただ、本人がどう言うかだけど」
「ふむ、そういう話なら通りますか。しかしまだ、ご本人に確認なさっていないのですか?」
「こっちの言い分だしね。どこかで確認はする。ただ、先に物は手に入れておきたい」
「分かりました。離れると言ってもそう長くは無いですよね?」
「麦の収穫や収穫祭の準備もあるから、そうそう遠出もしていられないだろうし。一週間くらい様子をみて、長引きそうなら帰る」
「その程度なら、大丈夫ですね」
そんな感じで話をしながら報告や決済を処理して、席を立つ。一回部屋に戻って、動きやすい恰好をして、練兵室に向かう。
扉を開けると、若干不穏な空気。二十一人だけが、並んで待っているが、自覚があるのか、微妙に不貞腐れている。
「さて、諸君。本日呼び出された理由は分かるかな?」
「私達は別に給料を上げてくれと言っている訳では無いです。待遇が一緒な事に納得がいかないだけです」
短めに刈っている髪の男性が声をあげる。この子がリーダー格かな。
「ふむ。問題の本質がやっぱり分かっていないか……」
そう呟いて、槍の長さ程度の棒を引き抜いて、軽く扱く。減点一……かな。
「良いよ。話は後にしよう。私を魔物と考えて、全員でかかってくる事。手加減はいらない。それで見るべきものがあれば、考慮する。ただ、一点言うなら、フィアにあんまり迷惑をかけたら駄目だよ」
ひゅぼっと音を鳴らして、突きを放ち、くるりと回転させて、しっかりと構える。
「上司の手を煩わす部下なんて、昇進出来ないよ。まぁ、追々理由は説明するさ。さぁ、かかっておいで、『リザティア』の守り手諸君」
そう告げると、覚悟が決まったのか、二十一人がばらばらと剣を構える。伝えていた通り、防具と盾は制式装備だ。これならある程度本気は出せるかな。
まぁ、どちらにせよ、現状で減点二だ。かかってこいと言ったら、かかってこい。チャンスは渡した。それをふいにしたのは彼らだ。八等級の冒険者が機会を失うと言う事にどれだけの価値を見出すかはしらないが、善戦はして欲しいな。そう思いながら、気合をいれた二十一の叫びを頭の端で聞いた。




