第624話 工房の忠誠
「しっかし、給仕役までとは大変だな、領主様ってやつも」
ネスが苦笑を浮かべながら、告げてくる。周囲は楽し気に食事を終えた人達がジュースを片手に談笑している。ワラニカの庶民の宴席では、食べ切れないほどの料理を出す事は少ない。飽食が美徳なんて習慣は無い。足りなければ、家に帰って主食を軽く食べて腹を満たす感じだろうか。基本的に食べ切れる量を少し物足りない程度食べて、また他の料理も食べたいと思う程度で止める。節制ともまた違う、独特で面白い文化だとは考える。酒に関しても泥酔するまでは呑まない。酒量はワインで成人した頃から家で大体の量を把握しておく。前にカビアが泥酔していたのは特例中の特例だ。自分の身を自分で守るのは最低限の責務と言う事なのだろう。
「いえ。こうやって気軽に話が出来るのは楽ですね。公の場ではそうはいきませんが、日常まで偉そうにしているのは性に合いません」
「そうか。くくっ。本当に、貴族に向いてんだか、向いていないんだか」
苦笑の色を強くして、ネスが続ける。
「そうですね。元々ただの庶民ですので。あまりお気になさらず」
「そうは言ってもな。今回の機械の件だって、お前さんの依頼だからな。家の者はやっぱり鍛冶なんてとはおもっているのさ」
「ん? 何か問題でも?」
「炎の色を確認するにせよ、鍛造で叩くにせよ、失明の可能性が高ぇんでな。家族としちゃ、中々難しい感情もあるさ」
「ふむぅ。鍛冶は生活の根幹です。それに神術もありますし、癒す事も出来るでしょう。今後領民の生活が苦しくなるのも、楽になるのも皆さん次第です。それは重々に考えています」
「ふん。お前さんらしぃな」
淡い微笑みを浮かべたネスが、おいてめぇらみたいな感じで叫ぶと、皆が晴れがましい顔で並び、こちらを見つめてくる。
「我ら工房勢は、領主様の恩義に報いるべく、全力を尽くす。家族を含め、守って下さる御方の望みを果たすべく、この身が劫火に焼き尽くされようとも、その依頼を完遂しよう」
「完遂しよう!!」
皆が、家族も含めて、両手を天高く上げて、唱和する。跪かないという意味では、王族を除いた目上に対する最敬礼となる。目を丸くしていると、ネスがちょっと照れたように近づいてくる。
「この話をもらった時にな。皆とも話をした。俺らがここでこうやって仕事に打ち込めんのも、お前さんのお蔭だってのは分かってる。家族だって、憎い訳じゃない。生活も安定してきたしな。だから、俺等の思いを伝えたいって、聞かねぇんだよ、こいつら」
あー、親方ずるいとか茶々が入るが、爆笑で消される。はは、本当に良い人達だ。
「領民の未来しか見ていない私が、そのように思われて良いのかとは思う部分はあります。だけど、皆さんも同じ領民です。それを前提に、ありがたく思います。ただ今後も、辛い思い、苦しい思いをしている同じ領民のため、力添えをもらえれば、幸いです」
微笑み告げると、歓声が上がる。皆、本当に笑いあってくれる。あぁ、幸せだ。そんな感じで、宴もお開きになる。折角歓楽街まで来たので、家族でお風呂に入っていく人もいるようだ。元々、歓楽街を独立する事は商家の一部から問題視されていた。不便だというのが理由だが、私はそうは思わない。治安の問題もそうだが、ハレの場がなければ人間苦しい生活を送るのはしんどい。日本でもあったが、ちょっとした時に、ちょっとしたおしゃれをして町に繰り出す。そういう贅沢な時間の過ごし方も重要だ。今日来た家族の人達も目一杯のおしゃれを楽しんでいる。それを見ている限りは当たりだったんだろうなと。
がやがやとお店を出ていく皆を見送り、女将さんに支払いを済ませる。思った以上に安かったので首を傾げる。
「お酒の持ち込みがありましたので。殆ど料理代ですね。果物の方も原価です」
にこりと微笑み告げられるが、二階を丸まる借りてこれだと、儲けが出ない。赤字だろう。と言う訳で、別にチップで適正価格に少し色を付けた分くらいを渡す。
「あの……こんなには、頂けないのですが……」
「また、次回の際に美味しい物をご馳走してもらえればと思います。本日はありがとうございました」
そう告げると、少しだけ困った顔で微笑んでくれる。
「はい、またのお越しをお待ちしております」
そう言って、店の外まで見送ってくれる。
「さて、帰ろうか?」
「ん。お酒飲んじゃったから、眠たい……」
ほんのりと頬を染めたリズが可愛くて、帰ってからどうしようかなと思いながら、乗合馬車の駅まで二人談笑しながら歩いた。




