第623話 チューハイもどき、再び
新シリーズを連載始めました。
二度目の地球で街づくり~開拓者はお爺ちゃん~
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「さて、説明がてら挨拶をしますか」
「おぅ、頼むわ」
リズがネスの奥さんに声をかけているのを横目に、上座の方に置いてある台座の上に立つ。こういう集会なども開催されているのかな。テーブルは壁側にまとめられて、中央はスペースが出来ている。そこに皆が集まっているので、ぽんぽんと手を叩いて、注目を促す。
「はい、本日は急な話にも関わらずお集まり下さってありがとうございます。この会の趣旨としては、工房にお願いしておりました活版印刷の機材が無事完成した事を祝う席となっております。皆さんが目をショボショボさせながら作っていた、あれです」
そう言うと、工房の職人さん方からどっと笑いが巻き起こる。家族にも愚痴を零していたのか、家族の人も苦笑を浮かべていたりする。
「実際に使ってみましたが、問題無く動くだろうと言う事が分かりました。ちなみに、あの機械で出来る事としては、安価に大量の書類や書物を作成すると言う事です。これが何を意味するかというと、教育にかかるコストが下がるという事です。今後学校の建設を計画していますが、そこで使われる授業の資料は、この機械を使って作る事を想定しております。皆さんが作った機械は、そうやって子供達の教育を余さず広めるための一助となります。教育を受けた子供は、将来の選択肢が増えるでしょう。それは子供達にとって、将来の幸いとなるでしょう。その為の第一歩を踏み出してくれた皆さんを誇りに思います。ささやかですが、そんな偉業を達成された皆さんの為に一席を用意しましたので、楽しんでもらえれば幸いです」
そんな感じで挨拶をしていると、従業員の人がカップを渡し、ワインを注いでまわってくれる。
「では、乾杯!!」
「乾杯」
カップが行き渡ったのを確認して、告げると、皆が唱和する。こくりと飲み始めると、階下から湯気すらも美味しそうな皿が続々と上がってくる。
「子供の教育……か。大仰な話しだな」
ネスがカップを片手にくいっと上げて飲み干したと思うと、ぽつりと呟く。
「十年、二十年先を見るなら、子供の教育は喫緊の課題です。親の仕事の手伝いだけで人生を設計するのは危険ですし、『リザティア』は特に仕事そのものの概念の興廃が激しい町です。親の世代はそれで良かったかもしれないですが、子供の時代にはそもそもその仕事が無くなっているなんて事は今後増えるでしょう。なので、包括的な教育を土台にして、何でも出来る土台を作るのは重要だと考えます」
「はは。トルカにいる頃はそんな事、思っちゃいなかったがな。手押しポンプからか……。そうやってきつい仕事は道具で対処して、空いた時間を余暇の事に使うって言ってたな……。その時代が訪れるって訳か」
「はい。前に進む限りは避けられないです。避けられないなら避けられないなりに、対処するための武器を渡してあげるのが親の務めでしょう。それが教育です」
「そうか。そろそろ子供の事も考えないといけないなと思っていたしな。そう考えれば、良い時代に生まれるのかも知れねぇな」
「その道程を作っているのは、ネス達ですよ。誇って下さい」
そう告げると、ネスが面映ゆそうに頭をかく。
「そんな小難しい事のためにやってるわけじゃ無ぇしな。便利そうな物を作り上げるのが楽しい。今はまず、それで良い。それが母ちゃんや今後生まれてくるガキの為になるんだったら、本望だわな」
「その程度で良いと思います。未来なんて誰にも予測出来ません。ただ、用意や用心が出来るなら、それを粛々と行っていくだけです」
「違ぇ無ぇ」
二人で笑いあい、テーブルにあったビンからワインを注ぎ合う。
「良き明日に」
ネスの声に合わせ、カップを掲げ合い、くいと飲み干す。周囲はもう、どんちゃん騒ぎが始まっている。中々こういう大きな集まりで飲むというのは無いらしい。収穫祭くらいのものか。大規模な飲みニケーションなんて言葉は無い。少数で飲みに行く事はあるらしいが、食事のついでみたいなものだ。素面では中々言えない事もあるだろうし、喧嘩をしない程度に楽しんでもらえれば良いかな。
リズはネスの奥さんと談笑を続けているようなので、私はお店からもらった果実を袋から取り出す。もう洗ってくれているようなので、そのまま使えるかな。鉱魔術で、鉄を主成分にクロムやニッケルを加え、表面加工済みの素材を思い出しながら、ステンレスのハンドジューサーの少し大きめの物を生み出す。ラーメン屋さんでニンニクを絞る器具の大きい版みたいな感じだろうか。
「ん……? 銀……ではないのか。持って良いか?」
ひょこりとテーブルの上に生み出したジューサーを見たネスが職人の目で素材を吟味し始める。どうぞと言うと、ひょいと持ち上げて、軽く揺する。
「銀じゃねぇな……。比重が全然違う……。鉄っぽいが、それも比重が違う。音も違うか……」
拳で軽く叩いてみても良く分からなかったのか、小首を傾げながら悩み始める。
「主成分は鉄です。ただ、その他の金属も混ざっているので、純粋な鉄ではないです。その成分のお蔭で、鉄なのに錆びないという特徴を持っています」
「ほぉ。そいつは良いな。手入れいらずか」
ネスが喜色満面で、こちらを見つめてくる。
「ただ、成分の調整はシビアですし、もっと純度の高い段階で素材を分けられるようにならないと作る事は難しいでしょう」
「はぁぁ。先は長ぇな……」
「それでも、先があると思えれば、楽しんで進めませんか?」
「違ぇ無ぇわな」
そんな話をしながら、果物を吟味する。西洋梨に似た品種や、スダチみたいな色をしているがグレープフルーツみたいな香りがする柑橘類など面白そうな素材が集まっている。
「で、その器具はどう使うんだ?」
「はい。果物を潰して、汁を取るのが目的ですね。酒精だけを取り出したものを持ってきていますので、そちらと合わせて飲みます」
茶漉しみたいなザルで最後に漉すので、滓も汁の方には出ない。まずはグレープフルーツもどきと決めて、皮を剥いて一房味見をしてみる。苦味はあるが、グレープフルーツのように苦いだけではなく甘みも強い。ただ、それが濁った感じにならずにさらりと飲み込めるのは水分が多いからだろう。これはスピリットとも相性が良さそうだなと思いながら、ハンドジューサーの中に身を入れる。持ち手を握りしめ圧縮すると、じゅわっと水気が上がってくる。それを茶漉しで漉しながら同じくステンレスで作った計量カップもどきに移す。果汁を匙で味見をして、ワイン由来のアルコールを目分量で計りながら、同じく作ったボールへ果汁と一緒に加える。カップに水魔術で丸いロックアイスを入れて、チューハイもどきを注ぎ、別の匙でステアする。
「味見してみますか?」
興味津々という感じでこちらを見ていたネスに差し出すと、こくりと喉を鳴らしながら受け取る。
「カテュアの実の汁か……。甘みが強くてそこまで好きではないんだが、面白そうだな」
そう言いながら、くいとカップを呷る。
「ん!! 冷たいってのもあるが、適度に薄まって飲みやすいな……。それでいてほのかに酒の感じもする。これ、ワインより美味いかもしれねぇ……」
カップを凝視しながら、ネスが思わずといった感じで呟く。
「おい、母ちゃん。酒苦手だっただろ。これ飲んでみろって」
ネスがリズと話をしていた奥さんを呼ぶ。あらあらといった感じで小柄なちょっとのほほんとした女性が近づいてくる。
「ん、何か作っているの?」
「うん。ワインがあまり好きじゃない人用にお酒の種類を増やそうかなって。子供用にも酒精無しのジュースとして飲めるように作るよ」
リズにそう告げて、先程と同じくカップにグレイハウンドもどき? グレープフルーツチューハイもどき? どっちか謎な物を奥さんに渡す。くんくんと香りを嗅いだと思うと、くぴりとカップを傾ける。
「あら……。甘いし、少しだけ苦い。カテュアの実の味っぽいけど、ちょっと違う? これもお酒なの?」
ネスに問うと、ネスが胸を張って頷く。なんで、ネスがドヤ顔なんだろう……。
「ふふ。これなら私でも飲めそう」
笑顔で呟くのを聞いていると、成功っぽい。ここからは、話を聞きつけた周囲の下戸ほどではないがワインはあまり好きでない人がどっと押し寄せてくる。私は果物の味を確認しながら、延々チューハイもどきを作るマシーンに変わる。西洋なしもどきは、梨独特の接着剤の溶剤みたいな香りがかなりきつくて個人的には好きでは無かったが、この世界の人にとっては好ましい香りなのか、飛ぶように無くなっていく。子供達も水だけだったのがジュースを楽しめるという事でわっと押し寄せてくる。このままだと何も出来なくなると思って、さっさと同種の果物を絞ってボウルに注ぎ、氷も別に生み出して、好きな濃さで楽しんで欲しいと告げると、銘々が自分の好みのチューハイもどきを作り始めた。
「ふわー、危なかった。あのままだと、また作るだけで終わりそうだった……」
「ふふ、ヒロらしいの」
リズがくすくすと笑いながら、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
ちなみに、果物の絞り滓は小さな樽に集めている。後で豚にあげようかなと。果物も大好物だし、絞り滓も喜んで食べるだろう。その内、チューハイが定着したら、絞り滓で育てた豚をブランド豚にしても良いかな……。しかし、カビアも潰したチューハイもどきは着実にこの世界にも受け入れられそうだ。
「お酒もやっぱり種類がある方が良いよね」
「うん。あ、これ美味しい」
リズは、適当に果汁を混ぜながら、色々試しているようで、楽しそうだ。
そんな感じで、宴の夜も更けていった。
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