第622話 領主館から歓楽街に向かうまでの道のり
新シリーズを連載始めました。
二度目の地球で街づくり~開拓者はお爺ちゃん~
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領主館から公園の入り口まで出て、中央経由で西門に向かう乗合馬車を待つ。そんなに深夜まで飲む気は無いけど、わざわざ馬車で待ってもらうのも悪いので、偶には乗合馬車で移動しようかなと。町の中も見てみたい。ちなみに、西門からは歓楽街行きへの馬車に乗り換えとなる。直通は検問の意味もあって設けていないが、こういう時はちょっと面倒くさい。待合用の屋根付きのベンチには誰も座っていなかった。ちょこんと、二人でかけて待つ。
「そういえば、保育所の時の話なんだけど、タロが自分の事をぼくって認識してた。初めてじゃないかな」
「ん? そうなんだ。それって大切な事なの?」
人間にとっては当たり前すぎて分からないかな。物心がついた時点で自我は生まれているし。
「タロの世界にしてみれば、目を開けてみたら、私やリズ、ティーシア、人間ばかりの世界だったよね。だから、ちょっとニュアンスが違うけど、他者は全て『まま』という扱いだったんだ。それが、ヒメと出会って、同種族は狼だって認識し始めた。その時点で、人間は自分達とはちょっと違うって分かった。その上で、今まで人間の大人から赤ちゃんまで見てきて、こうやって成長していくって分かったんだろうね。で、保育所で遊んでいて、小さな子供と遊ぶと楽しい自分って何かって考えたんじゃないかな。それを表現するために私の思考から『ぼく』という言葉を導き出した。個を自覚したんだろうね」
「ふーん……。ヒメはどうなの?」
リズが小首を傾げる。
「ヒメは元々群れの中で生きてきた記憶があるから。狼の中の個である事は初めから自覚していた。だから、早い段階で自分を認識する言葉を私の知識、思考から探して使っていたよ」
「なるほど……。育った環境で大分変るんだね」
「女の子の方が、状況を俯瞰して見ないといけない機会が多いから、成長や思考手段の形成も早いんだろうね。でも、少しだけ感動した」
「何に?」
「だって、掌に乗るサイズだった赤ちゃんが、今やきちんと自分というのを認識した上で、人間の子供を相手に遊んであげているんだから。成長したなって……」
「ふふ、ヒロちょっとお父さんみたい。あ、馬車来たよ」
リズが微笑みながら立ち上がり、『公園⇔中央経由⇔西門』と看板が付いた馬車の御者に手を振る。御者もこちらに気付き、手を振り返してくる。公園まで来るのに馬車を使うのは教会に用事がある人くらいだ。そういう意味では、ここを終点にするのはちょっと無駄だけど、ロータリーを設けているのでそのまま方向転換が出来るという利点もある。
ちなみに変装もしていないが、正直礼装を着ていない私なんて、ほとんど領主と認識される事は無い。政務の人間でもきちんと認識出来る人は少ないだろうなと思う。東洋人顔は浮くかなと思っていたが、エルフやドワーフやターシャやらがいる中で、少々顔のつくりや髪の色が違っていても、分からないだろう。
停車した馬車に乗り込み、リズに手を伸ばす。二人で幌馬車のベンチに座り、終点までと告げて御者にお金を払う。リズが席に戻った際に、御者が左手で符丁を表現してくる。あれ、この人諜報の人か。諜報に関しては方針は決めるけど、実際の運用はレイとカビアに任せているので、誰がどこにいるとかは調べないと分からない。リズに聞こえないように声を潜めて話しかける。
「何か起こりました?」
「いえ。人もおりませんし、視線もありませんので。領主様をお見かけしたので、ご挨拶です」
また律儀な。流石に諜報の人には顔は憶えられているか。
「それはまたご丁寧に。お勤めご苦労様です」
「ありがとうございます。何かございましたら、仰って下さい」
短くひそひそっと切り上げて、ベンチに戻る。リズも特に不信感は抱いていないようだ。しかし、こんなところにまで入り込んでいるのか。足に目を付けるのって誰の発想なんだろう。レイ辺りかな。でも、人の動きを見る事が出来て、常に同じ場所を周回している乗合馬車に諜報を入れるのは良い考えだなと。変化があれば気付きやすいし、変な客を乗せたらすぐに報告すれば良いか……。良く出来てる。
「でも、初めてだね。ネスさんとお食事するのは」
「ん? あれ? そうだったっけ?」
「うん。トルカの頃も、鍛冶仕事を頼んだりしていたし、お祭りの時にお話ししたりはしていたけど、きちんと一緒に食事を取る機会は無かったかな……」
私はずっと暇を見つけては入り浸っていたので他人の気がしていなかったが、同じ村で一緒に暮らしていたリズの方が他人だったか……。
「んー。あまり気が進まない?」
「ううん。久々に奥さんと会えるなって。罠の道具とかの相談に乗ってもらったりしていたから」
「ふーん。ネスに直接相談はしないの?」
「忙しそうだし、中々相談し辛かったかな」
そんな感じでお喋りに花を咲かしていると、西門に到着する。御者の人に二人で手を振って、歓楽街行きの馬車を待つ。夕方のこの時間帯はラッシュアワーだけど本数が多いはずなので待っている人の列の後ろに並ぶ。
思った通り、続々と馬車が来て、待っている人もどんどんと消化されていく。ちなみに、乗車率は百パーセントまでで運用している。馬車で立っていると危ないのと、御者の求人を増やすのと、馬の運動のためにこの運用方針だ。ゆったりと座って町に行く情緒を楽しめるのはありがたい。まだ、夕焼けも薄く、ほのかに赤く色づいた太陽を見ながら、林に挟まれた街道を進む。
「あ、ウサギ!!」
リズが幌の窓の布を開けて、外を眺めていたが、唐突に指さす。
「ん、どこ?」
「あそこ、ほら子供と一緒」
リズが私の顔をくいっと両手で挟んで動かす。あぁ、いた。珍しい。小さな子供を連れている。ウサギは年中繁殖可能だけど、春や秋なんかに子供を産むのが多かった気がするけど。こんな時期でも生まれるんだ。
「人間相手に『警戒』を使っているから、あんまり他の動物に気がいっていなかったよ」
「ふふ、猟の時の感覚があるから。私は動物の方が分かりやすいかな」
そんな感じで外を眺めていると、不夜城、歓楽街の入り口に到着する。警護の兵士がこちらを見て、目を見開くが、そっと手で制して口元を隠すと理解してくれたのか、笑顔で通してくれる。
「んと、お店は『月と貝がら亭』って名前。北側の結構良い所に建ててるみたい」
「そうなんだ。と言う事は高いんじゃないの?」
「まぁ、おめでたい席だしね。偶には良いんじゃないかな?」
そんな感じで呑気に話しながら、中央の大通りを温泉宿の方に向かう。歓楽街の中では、もう仕事を終えた旅の人達が少し早めの宴会を始めているようだ。活気に満ちた声が辺りから響いてくる。
「あ、あそこ、新しく出来た遊具のお店。やっぱり、売るだけじゃなく、遊べるお店の方が繁盛するね」
私が指さすと、リズがキラキラした目でふらふら近付こうとする。
「だーめ。今日は目的が違うよ」
「うー、ずるい。面白そう……」
「トランプも大分売れてきているしね。そろそろ新しい遊具も出さないと駄目だね」
「え? まだあるの?」
「うん、幾らでもあるよ?」
「ずるい!! 早く作って!! 知りたい、遊びたい!!」
「いや、忙しいよ? 暇が無いよ……」
リズが、楽しそうにずるいずるいと言ってくるのを、ぽんぽんと頭を撫でながらあしらう。リズも王都ではペルティア達と色々と話をしていたし、戻ってきても勉強や訓練に明け暮れている。羽を伸ばしてもらえるなら良いかな。
「おー、劇場も新作公演だ。レーティタエーリアと四人の魔術士って……。レーティタエーリアって誰?」
そう聞くと、リズが絶句する。
「トランプのダイヤのジャックの人だよ……。ヒロ、トランプを作ったのに、知らないの?」
あぁ、英雄の人か。そんな物語を読む暇も無いしな……。誰かに教えてもらっといた方が良いのかな。
「んー。絵のモチーフは誰でも良かったからね。有名な人で選んだし」
「レーティタエーリア様は元々、ずっと北の方に住んでいたのだけど、村を大量のゴブリンに襲われたの。その時に、四人の魔術士を連れて、たった五人で村をまもり続けたんだって」
リズが得意げに説明してくれる。ドヤ顔、可愛い。
「ふーん……。指揮個体戦みたいな感じだったのかな」
「物語だと、もっともっと多いよ。千とか万とかの数字だったって」
「それを魔術士で相手をするのは無茶だよね……。過剰帰還があるから、長くは立ち回れないだろうし」
「山を崩し、森を割くほどの魔術士だったんだって」
「でも、魔術士じゃなくて、それ以外の人が英雄なんだ?」
「魔術士の人が疲労で倒れた時に、ゴブリンの集団の中に飛び込んで、なぎ倒していったらしいよ。一切傷を負わず、風のように全てを切り裂き、生きて帰ってくる人だって」
リズが思い出しながら、呟く。
「フィアの将来なのかな」
「あは。新しい剣も大分慣れてきたって。重さに負けないように筋力トレーニングだったっけ? 頑張っているよ」
ふむふむ。皆、訓練頑張ってくれているな。というか、暇を見つけて、ちょっと近場で行きたいところはあるのだけど、それはもう少し時間が出来てからかな。
「あ、あの辺りの路地を入ったところ……。えーっと、そこが『眠りへの誘い亭』で……。あぁ、そこが『ガレリレイアの宴亭』。その隣……って結構でかいな」
路地の奥の店舗を眺めていると、二三軒分の土地を使った店が見える。書類上は許可を出すだけだが、実際に見てみると、大きい。区画内に収まっているので、問題は無いが、新規のお店でこの規模って凄いな。
「入ろうか」
「うん」
店の扉を開けると、開け放たれた大窓から、中庭と差し込む太陽の光が見える。一階はカウンターだけと言っていたが、結構な席数もある。
「いらっしゃいませ。本日は二階の方がご予約で埋まっておりますが一階の席でもよろしいでしょうか?」
年若い女性が笑顔で迎えてくれる。
「あ、予約したアキヒロです。もう、他の人は来ていますか?」
「ご領主様でしたか。本日はありがとうございます。まだ、お連れの方は来られていないですね。お時間としてはまだ早いかと思います。後、領主館からビンが何本か届いておりますが……」
あ、ワインが飲めない人用にカクテル用のスピリッツを届けてもらった分か。
「届いていましたか。えーっと、店に無いお酒を出しても良いですか?」
「はい。持ち込みですね。本日は規模も大きいので大丈夫です。後、お話を頂いていた果物も揃えられる限りは揃えております」
割るための果汁も問題無いと。領主だからって特別扱いされないのはありがたい。
「じゃあ、先に上で待っていても良いですか?」
「はい。ご案内致します」
そう言って、女性が階段をゆっくりと登る。その後に付いて階段を上ると、二階の大開放から、中庭が奇麗に見える。少し日本庭園風にアレンジされた庭の眺めは夕日に照らされて美しい。
「あぁ、お庭ですか? 主人が温泉宿で働いていました時に、気に入ったので似せて作ったと言っています」
女性が少しはにかみながら教えてくれる。んー、この人女将さんなのかな……。
「ご領主様が設計をされたと聞いて、いつかお話でも伺えたらといつも言っております」
「そうですね。お話をもらえれば時間は作ります。ここ最近は少し忙しいので、若干先になると思いますが……」
「畏まりました。きっと主人も喜ぶと思います。では、こちらでおかけになってお待ち下さい」
そう言って、奥の上座のソファーを示してくれるので、素直に座っておく。路地側にも大開放とバルコニーが備えられていて、路地を上から眺める事が出来る。フロアの中を通る風も気持ちが良い。日本の夏の異常な暑さと違って、日が暮れてきたら、それなりに涼しい風も吹く。そういうコンセプトを温泉宿から引き継いだんだろうなと思いながら、階下の眺めをリズと一緒に楽しむ。ちょっと京都のお茶屋さんの二階から路地を見下ろす、あの感覚を思い出す。
しばらく待っていると、若手の独身のお弟子さんが先発隊として現れる。家族連れの場合は迎えに行かないと駄目なので少しずれるのだろう。少々間を空けて、中堅の家族連れの人達が店に訪れる。がやがやわいわいと雑談がそこいらで繰り広げられていると、工房だけではなく、販売所の人達も家族連れで現れる。最後にネスが奥さんと一緒に階段を上がってくる。
さて、祝賀会の始まりだ。
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