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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第615話 死刑執行

 昼ご飯にはまだ早い時間に、執務室の扉がノックされる。声をかけると、刑場の準備が整ったようだ。馬車はもう、玄関で待っているらしい。はぁと溜息を一つ吐き、改めて丹田に力を籠める。据わった顔で、執務室を抜け玄関を出たところでリズが待っているのが見えた。


「見送りかな? 心配をかけてごめん。行ってくるね」


 そう声をかけると、頭が振られる。


「もう。私は妻だよ。辛い場所にヒロ一人を送り出す訳にはいかないよ」


 リズが告げながら、そっと手を差し出してくる。


「でも……。ただの処刑だよ。リズは留守番をしていてくれれば良い。なんだったら、タロとヒメを先に工場の方に連れていってくれても良いけど」


「ヒーロ……。ヒロがその目をしている時は、駄目。だから、傍にいる」


 はぁ……。適わないな。無意味な感傷に付き合わすつもりはなかったのだが。


「一緒に歩む、一緒に抱えるって言ったよ」


 そう告げて微笑むリズに根負けする。


「分かった。ありがとう」


 馬車にはテスラではなく、レイが座っていた。


「軍の方は大丈夫なのかな?」


「はい。本日は私が護衛の後詰で入っております。監視は怠りませぬ故、為すべき事を為して下さい」


 毅然とした、それでいて温かいレイの言葉に胸が熱くなる。


「分かった。助かる」


「過分なお言葉です」


 レイが告げると、そっと馬車を走らせ始める。公園を抜けると、建物からぞろぞろと人々が中央の方に集まっているのが見える。ラウンドアバウトの中央に作られた空間に刑場が設営されているのが人々の頭の上から徐々に見えてくる。結婚式の時ほどではないが、千ではきかない人々が中央の建物の前に作られた広場に集まっている。人々の表情を観察すると、嗜虐的な欲望を映している訳では無く、勧善懲悪を望むような期待を映しているのだけは救いだろう。

 レイが馬車を刑場横に停めた。私達が馬車を降りるとざわついていた群衆が徐々に静まり返った。リズを台の下で待たせて、西部劇の洋画に出てくるような絞首台の壇上に登ると、カビアが一礼してくる。私が群衆に向かい瞑目していると、今回の首謀者達が目隠し、猿轡の状態で絞首台に配置されるのを『警戒』で感じる。目を開き、振り向くとむぐむぐと何かを言いたそうだったが、聞く気は無い。十分に尋問はしたし、少なくとも人道にもとる行いはしなかった。その上で、彼らが私を殺そうと策謀した事は諜報の目撃報告も含めて確定している。首に縄がかけられて、ぎりぎりまで絞られるのを確認し改めて群衆に向き直る。


「諸君」


 カリスマを全開にして、静かにしかし力強く声を上げる。


「親愛なる『リザティア』の諸君。本日は悲しい事を告げねばならない」


 風に乗り、私の声が、周囲に広がっていく。


「結婚式の際の騒ぎに気付いた者はいるだろうか。ここに並べられた者達はダブティアの商家の者達であり、本日の受刑者となる」


 私の言葉を聞き逃さないようにと、じっと皆が凝視してくる。


「この者達は、冒険者ギルドの不正を正した後、旧ユチェニカ伯爵を唆し、戦争を起こそうとした。それを阻止された腹いせにと、私の命を狙うばかりか、それを足がかりにワラニカ全土に更なる混乱を引き起こそうとした」


 もう少しややこしい背景はあるが、説明は分かりやすい方が良いだろう。


「諸君。諸君等が日々職務に邁進するのは何故だ? 横に立つ伴侶、いつか迎える伴侶、そして子供や家族と未来を歩むためではないのか。それは正しき行いだ」


 そこで一度言葉を切り、周囲を見渡す。肯定と共感の色を感じる。


「この者達は、そのような日々の努力を嘲笑い、罪無き人間を借金と言う縄で縛り私を殺そうとした。このような卑劣な行いが許されようか? いや許される訳がない。あの祝福の日、この地に降り立った神が望む理想がそのような汚泥に塗れた金で贖われる世界であろうか。否、断じて否だ。あえて言おう、この者達はカスであると」


 そう告げながら、右手を天に掲げる。


「善良なる諸君。正しきはなされるべきだ。それは諸君等の日常を守り続けるという私の意志に他ならない。ここに、正義は果たされる」


 正義と言う言葉に、虫唾が走る。正義とはそれぞれの価値観でしかないという真理を理解しながらも道化のように叫ばなければならない自分に。しかし、群衆の目はヒーローショーを見に来た子供のように熱に浮かされていく。

 絞首台の装置を動かす人間にちらりと目を向けると、頷きが返る。


「刑を執行せよ!!」


 声を限りにと叫んだ瞬間、斧が振るわれ絞首台の床を支えていた縄が断ち切られ、がくんと罪人達の体が落下する。その瞬間、群衆からのどよめきが歓声に変わる。罪人の首にかけられた縄が緊張し頸骨が折れる音が連鎖する。その瞬間、音に合わせるように心の中がざくりと切り裂かれたように痛み、迸るように青い血がまき散らされるのを感じた。歓声は徐々に形を整え、私を称える内容に変わっていく。胸の奥の幻痛を噛み殺し、群衆に手を振ると、尚その声は高く響き続けた。

 罪人達の頸骨は完全に折れ、頸動脈が圧迫され意識はもう失われている。不随意にぴくりぴくりと動く以外に生を感じさせる兆候はない。


 それを確認した私は、群衆の歓声の中、ゆっくりと絞首台を降りる。心の中で神様に名を騙って申し訳ないと謝る。


『そのような事、構わぬのじゃ。そもそもお主に手を汚させたは、この世界故な。それにもう告げた筈じゃ。儂等はお主を赦すと』


 頭の中で響くディアニーヌの言葉に感謝の言葉を返す。


<告。『カリスマ』『為政』が1.00を超過しました。『勇猛』が3.00を超過しました>


 そして『識者』先生の声。はは、アレクトアの言う通り、『勇猛』なんて麻酔にもなりはしないか。止め処なく流れる胸の奥の青い血に器が満たされていくのを感じる。絞首台の下で待っていたリズが一礼し、先程と同じく、そっと手を差し伸べてくれる。その手を掴み、馬車に戻る。正直ふわふわとして、胸の痛み以外きちんと感じる事が出来ない。握ったその手の温もりだけがリアルな感触だ。


 馬車に乗って群衆から隠された瞬間、リズがぎゅっと抱きしめてくれる。


「ヒロ……大丈夫……?」


「ん。少し衝撃が大きすぎて、何も感じない状態」


 あぁ……。童貞切っちゃったな……。動き出した馬車に揺られながら、場違いにもそんな事を考える。


「立派……だったよ……」


「ありがとう。リズの為なら屍山血河を築いて良い。そう思ったんだ。だから、大丈夫。飲み込む」


 そう告げて、そっと抱擁を解く。


「ヒロ……」


 心配そうな表情を浮かべるリズを安心させたい。


「うん。為すべきは為す。それで良い。それが良い」


 浮かべられたかが少し怪しいが、リズに微笑みを返し、馬車に揺られるまま領主館に向かった。

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