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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?

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第616話 情状酌量の余地

 領主館の部屋に戻る頃には衝撃も抜けて少し放心状態だった。ソファーにどさりと座り、少し考え込む。と言っても、思いの外ダメージが無い事に驚いていた。殺人を禁忌としているのは教育だとアレクトアは言っていた。確かに日本にいる頃は飛んでくる蚊を殺すのも好きではなかったし、鼠以上の大きさの生き物を殺すのなんて考えられなかった。この世界に来て、ゴブリンを殺し、サルを殺し、クマを殺し、オオカミを殺し、オークを殺してきた。その度に大きな衝撃と不快はあったが、人間に対してはもっと違う何かが発生するのかと思っていたが、そうでもない。結局は殺す事の延長線上でしかなかったのか……。そりゃ、実際に戦争を行っている国は現代の地球においても多々とある。そこで生活している兵士が人を殺す度に動揺していては、話にならないだろう。心を苛んだ痛みは疼きに変わり、まだどこかで残っているが耐えられないものではない。PTSDも考えたが、現状でその兆候も無い。ふむぅ、そういう意味では人でなしなのかな。それとも、自分で手をかければまた変わってくるのかな。


「ヒロ……?」


 ふと気づくと、リズが床に跪いて顔を上げ、こちらの顔を覗き込んでいた。


「あぁ、ごめん。少しだけ考え事をしていた」


 強張っていた表情筋を両手でぐにぐにと揉み解して、微笑みを浮かべる。


「大丈夫……?」


「うん。というより、最初の衝撃が抜けたら、思った以上に何も感じなくて、逆に驚いた。今までで少しずつ慣れてきたのかもしれない」


 微笑みながら言うと、少しだけリズの眉根に皺が寄る。


「それって……。大きな衝撃に、考え方とか心が麻痺している訳じゃないの?」


「それは……大丈夫かな。もうしばらく経ってから様子は見てみるけど、そんな感じでもない。今まで覚悟してきた事の延長線上の結果だったと考えれば、納得がいった」


「そっか……。じゃあ、それは良いよ。で、さっき刑場で言っていた事だけど……」


 ん? 何か言ってたっけ……。小首を傾げると、リズがじとっとした目で見てくる。


「私の為なら、死体の山を築いても良い、みたいな事を言っていた……。それって、私がいる事が問題なのかな……」


 リズが瞑目し、俯く。うん? 話がおかしな事になっている。誤解というか誤謬に近いかもしれない。


「リズ。少しだけ前提を変えてみようか。例えば、そう例えばの話だよ。リズじゃなくて、チャットやリナを私が好きとするよね」


「うー……うん」


「で、私の性格だと、好きな相手を幸せにする、守るために行動する。これは相手が誰であっても同じだと思わない?」


 そう告げると、リズがむむむっと考え込んで、こくりと頷く。


「じゃあ、まず、リズがではなく、私は愛した人間を幸せにするため、または守るために行動する事が前提になった。まぁ、どんな人間でもそれは一緒だろうけど」


「それは、私も同じかな」


「うん、人間の普遍的な価値観の一つかもしれないね。大切なものが出来たら、守りたい。当たり前の感情だよ。で、もう一点。私はリズが大切だ。リズを守るためにはどんな手段を選ぼうとも後悔する気は無い」


「うん」


「どんな生活を送ろうとも、理不尽が発生する可能性は一定に存在する。村に住んでいたって賊が襲ってくるかもしれないし、ゴブリンの群れに襲われるかもしれない。実際に指揮個体の対応もした訳だしね。そこは納得出来る?」


「分かる」


 こくりと同意の頷きが返る。


「で、先程の前提で、私は愛する人を守るために行動すると言った。ただ、何かの命を奪うのは好ましくないと考えている。その場合は、覚悟の拠り所が必要になってくる。ある種の逃避と言っても良いかな」


「逃避?」


「んー。例えば、今の私の力なら、指揮個体戦の規模なら一人で鏖殺(おうさつ)出来る。でもそれをする理由はリズがいてくれて、守りたいからだ。リズがいるから死体の山が築かれる訳じゃない。リズと一緒にいたいという気持ちがあるから、私は死体の山を築いて良いと考えている。それは願望だし、覚悟をする時の基準。愛する人間がいなければ私は逃げるだけの人生を歩んでいたかもしれない。それでもリズは一緒に歩くと言ってくれた。だから、一緒に歩く上で発生する障害は悉くを潰す。また、私だっていつも耐えられる訳じゃない。支えが必要になる事も出てくると思う。だから、一緒に支え合えれば良いねと言う事になるかな」


 そう告げると、リズがふふと笑い始める。


「おかしいの。ヒロは凄く考えているね。でも、そうだね。私がいるからじゃないんだね。一緒に歩くと言う事は、お互いにかかる災難を一緒に対処していかないと駄目なんだね」


「そう。私にとっては、何かを殺す事は覚悟が必要だから、敢えて言葉に、形にしただけ。リズが、じゃない。リズと一緒にいたいから、私がそう望む。ただ、それだけの事」


 微笑み、そう呟くと、リズが納得した顔でそっと近付き、啄ばむように唇に唇を当ててくる。小鳥みたいで可愛い。


「ふふ、なら良いや。少しだけ心配だった。負担になっているのかなって」


「負担じゃないよ。それは望む事だから。それにその重さをリズに転嫁する気は無い。望んで背負ったものだし、そのための手段として命を奪う事しか無いのなら、私は躊躇いなくそれを実行する。それは、私がそうしたいから。ただ、究極の場合だけどね。今回だって、殺されそうなのを捕まえたから、処刑したって話だし」


 そう言うと、お互いにクスクスと笑い始める。うん、あんな後でも笑えるんだ。きっと大丈夫だろう。もう一つの……救いの方を対処しないとな。そんな事を考えていると、扉からノックの音が響く。侍女からはカビアが目的の人間を連れて、広間に通してくれているようだ。


 リズと一緒に広間に向かう。扉を開けると、大勢の老若男女が心配そうな顔でソファーに座っている人達の後ろに立っている。ソファーに座っているのは今回の襲撃の実行者、猟師の人達だ。


「初めまして皆さん。『リザティア』領主のアキヒロです」


 そう告げると、皆がおずおずと礼を返してくれる。向かい合ったソファーにリズと一緒に座り微笑みかける。


「では皆さんと今後に関して、話をしたく思います」


「今後……とは?」


 ソファーに座った一番年嵩そうな男性が口を開く。一般的に考えれば、この人達も実行犯として裁かれないと駄目だろうが、少し話が違うだろうと。それは今後ろにいる人達に恨みの連鎖を発生させるだけの愚策だ。こちらが提示する条件が飲めるなら、水に流してしまった方がお互いに利益があるだろう。正直、刑を執行したとして禍根が生まれた場合、一般の人に紛れた暗殺者を延々と恐れ続ける生活なんてまっぴらだ。信賞必罰ではあるが、情状酌量しないと罪が発生する度に一族郎党皆殺しにし続けないといけなくなる。


「本日、結婚式の際に私の暗殺を企てた首謀者、商家の人間の処刑を行いました。また、その一族に関しては暫く前にダブティアで処刑されています」


 処刑という言葉を発した際に、ソファーの人達に動揺が走る。そりゃ、実行犯も連座になると考えるのが当然だろう。


「ただ、皆さんに関しては情状酌量の余地があると考えます。何故なら生活上の問題、猟師として生きていくにあたってどうしても発生する借金を盾に犯罪を唆されたからです。皆さんは、借金が無かった場合に、同額の金をもらったとして、私を暗殺しようと考えますか?」


「そんな訳はありません。そもそも人を殺したいなどと思いませんし、どんなに金を積まれようとも、嫌です」


 先程の男性が告げると、他の猟師の皆も同意する。目を見る限り、真実だろうと考える。


「はい。その同意が出来て幸いです。皆さんはダブティアでもばらばらの村に生活していたとお聞きしました。どうでしょう、ここ『リザティア』で、改めて猟師をしませんか?」


 そう言うと、猟師達が唖然と口を開ける。


「皆さんは借金を返す当てが無いために、陰謀に巻き込まれた。では、借金が無い状態になれば善良な領民であるという事になります。一旦、借金に関しては私の方で肩代わりします。皆さんは『リザティア』で猟師をして、返済をして下さい。ちなみに、『リザティア』の猟師に関しては、家族向けに色々と別の仕事が割り当てられます。それを合わせると、かなり優良なお仕事かと思います。借金に関しても早々に返済が可能でしょう」


「あ……う……。いや……、申し出はありがたいのですが……。禍根は無いのでしょうか?」


「禍根とは命を狙われた事ですか? 無いと言うと語弊があるので、あると言います。ただ、あると言っても、一般的に入ってくる領民よりも初めの信用が少し減った状態から始まるというだけの事です。借金を盾に暗殺に携わった過去がある、というだけですね。でも、それは他の領地のどんな猟師も同じでしょう。実際に私の義父も猟師なので窮状は理解しているつもりです。そのため、今後お仕事を頑張ってもらえるのであれば、特に何かを感じる事は無いです」


「分かりました……。家族とも相談をしたいので、よろしいでしょうか」


「はい。ダブティアの家の処分や、引っ越しもあるでしょう。一時金を貸し出しますので、それで対応して下さい。現在『リザティア』に関していえば、人間が急激に増えているので、食肉の供給が追い付かない状態になっています。働けば働くほどに金は儲けられるでしょう。また、この申し出を断る場合は、情状酌量の余地が無くなります。現状ではダブティアに戻ったとしてもダブティア側の法律に則って刑が執行されるだけです。選択が少ないのは申し訳ないですが、窮余の策と理解下さい」


 そう告げると真剣な顔で家族達と議論を交わし始める。まぁ、禍根が無いと言われても信用はし辛いだろう。ただ、このままだとダブティアに戻っても一家の大黒柱が処刑されるのは確実だし、そこから家族が生活を取り戻すのは並大抵の話ではない。逆にそれだけの逆境が存在する事を前提に頑張ってもらえるなら、一層信用に値するかなとは考える。

 暫く家族との話し合い、猟師同士の話し合いが終わり、若干懐疑的な顔で先程の男が口を開く。


「もう後が無いのは理解しております。出来ればここ『リザティア』で新しい生活を希望します」


「分かりました、歓迎します」


 にこやかに告げて、今後の動きに関して、カビアも交えて話を進めていく。リズも猟師の家族なら詳しいので、色々フォローをしないといけないところを教えてくれながら、和やかな歓談が続いた。

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