第584話 式典前の憩い~『リザティア』の思わぬ弊害
微かに物音が聞こえた気がして、目を覚ます。辺りはまだ暗く、窓の辺りがほのかに藍色に変わっている程度だった。何で起きたのかと、寝返りを打つとベッドの端に四本の足とポテンと顎を乗せた二匹の姿が見えた。
『まま、おなかすいたの……』
『くうふく……』
物悲しそうな顔で、鳴いている。あー、昨日運動して、ご飯食べて、早めに寝たからか、珍しく起きちゃったのかな。掛布団から、もぞもぞと出て、二匹の頭を撫でる。
『ご飯取ってくるね』
そう伝えると、しっぽを振りながら、箱に戻る。食堂の方から、厨房に向かうと、やはり戦場が待ち構えていた。どこも朝は忙しいなと思いながら料理人を捕まえて、お願いしてみると、皮を剥いたウサギを二羽皿にのせて、くれる。この辺りは昔から平地でウサギが多く繁殖しているらしい。ただ、乱獲は防いでいる為、そこそこの数が当たるようにはなっている。暫く北の方に移動すると、大きな森があり、食肉はそこから入手しているとの事だ。
部屋に戻り、いつもの皿に移し替えて、待て良しであげる。
リズも今朝は軽く揺らすだけで起きてくれた。早めに寝て正解だったかな。朝の挨拶を交わして、それぞれ朝の準備をする。今日のリズは、『リザティア』で作り始めたブラウスとワンピースと言う組み合わせで、ちょっと余所行きの格好だ。王都散策と言う事で気合が入っているのかなと。
侍女のノックに合わせて、食堂に向かう。ロスティーとノーウェは朝から打ち合わせを行っているらしく、暫く今日の予定を皆と話し合っていると二人が食堂に入ってきて朝食となる。軽めの食事だが、一点、朝の大麦粥がお土産で渡したホタテの貝柱の出汁を使って、作られており、軽い味噌の香りとパクチーに似た香草がふんだんにあしらわれて何ともエキゾチックな味だった。レシピを渡したとはいえ、いきなりこういうものが出るのかと感心したし、香りの高い香草と味噌汁というのも固定観念が打ち砕かれて面白かった。思った以上に、パクチーと味噌は合うのかもしれない。
食事が終わり、ロスティーとノーウェは再び打ち合わせに入るらしい。タロとヒメはペルティアが預かってくれて、ペールメントと遊ばせてくれるらしい。ティアナとカビアは王城の政務と事前交渉に入ってくれる。結婚式の際の暗殺者に対するダブティアとの最終交渉に止めをさしてもらう。帰って一発目の仕事は処刑となりそうだなと。チャットは魔術学校の方に顔を出すらしい。研究の報告もあるし、何か情報があれば持ち帰るとの事だ。ドルとロッサはドルの知り合いの鍛冶屋達に会いに行く。私とリズ、フィア、ロット、リナ、テスラのメンバーで王都の見学と言う形になった。ロットとリナにテスラもいれば、護衛としても十分かなと。
一度部屋に戻って、タロとヒメを抱えて、食堂のペルティアの元に向かうと、既にペルティアとペールメントがウッドデッキで遊んでいた。それを見たタロとヒメは少し興奮気味にはふはふとしっぽを振るので放してあげると、てーっと走っていって、ペールメントの前で二匹共伏せる。しっぽがゆるやかに横に振られているのが印象的だった。
「では、ペルティア様。お手数をおかけします」
「いいのよ。偶にはお庭でゆっくりするのも楽しみよ」
微笑むペルティアの横には庭師も護衛の近衛も付いているので、問題無いかなと。
「お婆様、また、色々とお菓子を教えて下さいますか?」
リズが少し上目遣いで聞くと、ペルティアが破顔する。
「えぇ、喜んで。私の可愛いリズ。楽しんできなさいな」
そっとリズの頭を撫でて、ペルティアがペールメントを放す。庭の方に走り出すペールメントを追って、タロとヒメも駆けていく。
「あらあら。ふふ、楽しそうね」
安楽椅子にかけて編み物を始めたペルティアにいってきますと伝え、侍従と共に玄関に向かう。既にテスラが馬車を回してくれていたので、乗り込む。侍従は御者台のテスラの横に座り、指示を出してくれる。まずは、女性陣の買い物と言う事で服飾関係と細工を見に行く事にする。聞いた話では、王都に関して門は南門の一カ所だけ。中央に王城を配し、北側には貴族の住宅が、北東から北西にかけて住宅街が広がり、南東には職人街がある。南西に関しては近付かない方が良いと言われたが、まぁ、スラム化しているようだ。元々南西に関しては、食料品、食堂、飲み屋が集まり市場のような形になっていたらしいが、住宅街に近付く為に食料品周りがもう少し北の方に移転したらしい。その際に、飲み屋関係の一部が移転費用が捻出出来ずそのまま残り、中心部に遠いと言う事で地価の安い場所にどんどんと食い詰めた人間が集まって、ずるずると治安の低下を招いたらしい。今回は深く立ち入るつもりはない。
馬車に乗って、まずは南東の方に進む。壁の方まで行くと製造現場なので、王都の中心から少し入ったくらいから商店は広がっている。服飾関係やアクセサリーショップなどが立ち並ぶさまは華やかで、リズとフィアもキラキラした目で眺めている。侍従の案内でひときわ大きな店舗の前で馬車を駐車する。リナはサイズ的に服はオーダーメイドになるのが分かっているのでパスするらしい。テスラとリナが番に残ってくれるとの事なので、侍従と一緒に店舗に入る。窓が多く採光に気を遣っているのか、店舗の中は明るく、台の上に並べられた宝飾類が煌びやかな光を放っている。階段があり、上は服関係との事なので、アクセサリーから見ていく事にする。リズとフィアがふらふらと引き寄せられるように台の方に向かい、それを見た店員が説明に入ってくれる。私とロットは苦笑を浮かべながら、手持無沙汰にその姿を見守る。見回すと、建物自体はかなり古く、歴史のある店なんだろうなと感想を抱きながらそっと壁に触れて確かめる。
店舗の歴史に思いを馳せながら、ぼーっと見回っていると、リズとフィアが戻ってくる。
「あれ? もう良いの?」
「うーん……。リズとも話したけど『リザティア』の方が細工が細かいっぽい」
フィアが微妙な表情を浮かべながら言う。
「大きさも大きめの物が多いから、なんだか使い辛そうかな……」
リズも少し苦笑気味に言う。あー、『リザティア』の細工に関しては、私がデザインや細工に関して参考図面を出しているのも多い。それに大きさも使いやすいように小振りの物を増やしてさり気ない演出を中心に品を揃えている。ただ、要望はあるのでバレッタなどでも大き目の物も置いているが、中心は見た目は大人しく、細工は細かいと言う物が大半だ。それに慣れると、使い辛くなるのかなと。私も台の上の細工を見てみるが、確かにちょっと野暮ったい。細工も甘い部分が多い。『リザティア』が出来た時に入ってくれた、職人の始めの頃のデザインがこんな感じだった。うーん、好き勝手にデザインしていたけど、二人の好みも変わっちゃったかと思いながら、二階に移動する。
二階は四店舗程のカウンターが並び、要望を伝えると、それに合った服のサンプルを出してくれて、直しや新規に作ってくれると言う業態のようだ。リズとフィアが店の奥にある服を指さしながら、あれでもない、これでもないと話し込んでいる。
「ロットは何か買う?」
「そうですね……。ざっと見ましたが、特には。体型的に何でも着れますし、『リザティア』に戻れば、どこでも買えますので、急ぎません」
細マッチョは服に困らず、羨ましいな……と思いながら、二人の様子を見ていると、二店舗目辺りまではキラキラしていた顔も三店舗目を超えた辺りから曇り、最後の店舗を見渡して、無言で戻ってくる。その足取りは重い。
「気に入った物は……無かった?」
「うーん、お店を出よう」
リズが言うと、フィアもこくこくと頷く。ロットと顔を見合わせて、首を傾げると、それぞれがそれぞれのパートナーに引きずられる。階段を降りて、店員の挨拶に笑顔で返すと、引っ張られるままに馬車に乗り込む。
「どうしたの?」
「『リザティア』の方が超可愛い」
フィアが難しい顔で、捻り出すように唸る。
「フィアとも話したけど、細工も服も『リザティア』の方が細かいし、綺麗だよ……。王都と言う事で期待し過ぎている部分もあるかもしれないけど……。ねぇ?」
リズがフィアの方に向いて、首を傾げると、フィアもこくりと頷く。
服に関しても、型紙自体が新しい。シャツやブラウス一つとってもシルエットから違う。女性用のブラウスは腰の辺りで絞ったシルエットになっており、体の線が綺麗に出る形になっていたりする。それも現代日本の服の型紙を参考に導入したためだ。それに慣れていると、すとんと腰が落ちているブラウスを見ると微妙に感じるのかもしれない。それに元々服に関しては布を仕入れてでも練度を上げてもらっていたし、今となっては爆発的に生産量が増えている。その分習熟度も上がっているので、物そのものの品質も桁違いだ。
「王都と『リザティア』の品質が逆転している……?」
「意匠も含めて、全てかな……。宝飾も大きいのって細工を入れるのにその大きさが必要だからというのもあると思うよ……。でも、実際に身に着けるなら、あまり目立つのよりは私を引き立ててくれる物の方が良いかな……」
リズが言うと、我が意を得たりと言う顔で、フィアがうんうんと大きく頷く。私はロットときょとんとしながら顔を見合わせて、大きなため息を吐く。うわー、ハードル超上がった。
「侍従の人が案内すると言う事は、品質的にもデザイン的にもここが最高だって言う事だと思うよ? ロスティー公爵閣下もこちらがお金を持っている事は理解しているから、変な店は選ばないだろうし」
そう告げると、二人はえーっという表情を浮かべて、意気消沈する。気付けば近所の店が流行の最先端でしたという結果なのだろうか。ちょっと笑う。うーむ、服飾も他も皆の熟練度が上がればと色々口出しや図面を提示してきたけど、ちょっと走り過ぎたか?
「まぁ、『リザティア』もワラニカ様式が主体だから、他国に行けば、ちょっとは変わってくると思うよ」
そう言うと、二人もちょっと首を傾げてから、こくんと頷く。まぁ、新しい物が入ってきたらまたそれを融合して、新しい物を作るんだけど。魔改造は日本のお家芸だし。
結論として、四人で顔を合わせて、苦笑いを浮かべながら、『リザティア』に無さそうな物を探すと言う事で次に向かう場所を決める事にした。




