第564話 明石に行くと、年配の方はタコ焼き(明石焼き)の事をタマヤキと言ったりします
「ぎゃー、超疲れたー」
力尽きたように、草地にごろりと転がったフィアが叫ぶ。リズが慰めるように、頭を撫でると、縋り付いている。
「もう、良い匂いするのに、食べられないし。匂いだけでお腹膨れる感じがするのに、お腹空いてる!!」
フィアが叫ぶと、皆もそれぞれ力強く頷く。
淡い夢のような宴は終わり、皆、それぞれの住処へと帰った。人魚さん達は、浜辺で横になっている。虎さんは子供達の相手が終わると、のそりと林の方に向かって行った。これからテリトリーの巡回なのだろう。タロとヒメもイノシシの肉と魚の身をたっぷり食べて、幸せそうに伏せて眠っている。時々、嬉しそうに鳴きながら足をばたつかせているので、子供達と遊んでいる夢でも見ているのだろう。
「さて、私達も食事にしようか」
そのまま網焼きにする分は別に残しておいた。私は、小麦粉に冷えた昆布出汁を少しずつ投入し、ダマにならないように掻き混ぜる。卵と細かく刻んだネギを混ぜ込んで、あまり濃くない程度に仕上げる。お玉で掬って、しゃばしゃばと流れ落ちる程度だろうか。
「何を作るのかしら?」
ティアナが不思議そうに覗き込んでくる。
「立派なタコをもらったからね」
やはり、タコを見ると関西人の血が騒ぐ。鉱魔術でぽこぽこと丸く凹んだ大きな鉄板を生み出す。殆ど屋台で使うサイズに近い。平たい鉄板を焚火から降ろして、タコ焼き用の鉄板と入れ替える。結構厚めに作ったが、この程度だと過剰帰還も無い。全然大丈夫だ。
「網焼きの方は頼めるかな。主食代わりを作るよ」
そう告げて、温まった鉄板にイノシシの脂を塗っていく。ほんのりと煙が上がった頃にタネを流し込む。ネギはあまり一カ所に固まらないように散らす。ふわりと昆布出汁の香りをあげながら沸々と鉄板の部分に気泡が広がるのを別に作った千枚通しモドキで潰していく。鉄板側がある程度固まった段階で、先程よりもう少し細かく刻んだタコを投入する。このタイミングが結構重要で、あまり早いとタコが真ん中に来ない。下手をすると、タコが飛び出た不格好なタコ焼きになる。焦らず、じっくりとがポイントだ。後は、格子に鉄板の上のタネを切って、穴の中に乗せていく。穴の中で膨らんだタネをころりと引っ繰り返す。そのまま暫し待ち、ころころと転がしていく。
「パンとも違った香りですね。見た目は小さなパンのようですが……」
ロットが後ろから覗き込み、呟く。
「そのまま鉄板で焼く方が、パンっぽいかもね。ちょっと違うから、楽しみに」
そう告げると、楽しみですと言い残し、網焼きの手伝いに戻る。丁度、リズが味噌をちょこちょこと開いた貝に乗せていっている。
こちらも外側が完全に固まったので、大皿にぽんぽんと乗せていく。火にかけていた昆布出汁も温まって来たので、小鉢程度の皿を生み、注ぎ込んで軽く塩を加える。
「焼けたよ、ヒロ」
リズの声がかかる。
「こっちも出来た」
そう告げて、先程まで調理に使っていたテーブルに皿を置く。
「じゃあ、皆、手伝いありがとうございます。人魚さんも村の人も喜んでいたので大成功でしょう。その丸いのは、スープに浸けて下さい。お腹が空いていると思うので、食べましょう」
食事の挨拶と同時に、皆がタコ焼きに手を伸ばす。
「後、熱いので、注意して食べてね」
と言った瞬間、フィアが、むぐーみたいなくぐもった悲鳴を上げて、ハフハフと口をパクパクさせる。慌てて、ロットが差し出したカップを取り、ごくごくと飲み干す。
「リーダー、先に言ってよ。熱かったー」
恨みの篭った眼で睨んでくるが、言う前に食べたのはフィアだ。他の皆は、小鉢の中で割り、出汁と馴染ませてからふーふーと冷やして、ほふほふと食べている。
「スープの味と合わさって、淡白なのに美味しいわ……。それにタコが凄く味が濃いわね……」
ティアナがうっとりした顔で、呟く。他の皆も、ひょいひょいとタコ焼きを取っていく。個人的には明石焼きと言う感じなのだが。
私は前回フィアに殆ど持っていかれたアワビを摘まむ。ほのかな味噌の甘みと香り、アワビの旨味と磯の香りが合わさって、何とも豊潤な味が口に広がる。歯応えもまたアクセントになり、噛めば噛む程、味がじわりと出てくる。ハマグリも濃厚な出汁で頬の辺りが痛くなりそうになりながら、噛み締める。
リズもあちちなんて言いながら、楽しそうに食べている。チャットとロッサとリナは仲良く、魚の切り身を分けて色々な味を楽しんでいる。ロットは元々野菜や繊細な味が好きなので、随分とタコ焼きを気に入ったのか、ぱくぱくと食べ進めている。ドルは残っていた土手焼きを嬉しそうに頬張っている。流石モツ好き。テスラはお祭り騒ぎの時に食べて、もう馬車の方に戻っている。テラクスタの兵に関しては、村長が歓待している筈だ。
食事が終わり、後片付けを済ませて、テントの方に戻る事にする。タロとヒメを起こすと、ひょいっと立ち上がり、きょろきょろと周囲を見渡す。
『まま、こどもいないの!! まもるの!!』
『おせわ!!』
タロもヒメも同じような夢を見ていたのか、揃って探し回る。もう眠ったよと伝えると、安心したように今度はこちらに甘えてくる。私は虎さん用に作った露天風呂の周囲にスノコ状の足場と衝立を土魔術で作り、お湯を満たしておく。少し遅れてテントに向かうと、女性陣が荷物を持って、向かってきた。
「お湯、満たしているから」
そう告げると、嬉しそうに向かって行く。テントに戻り、甘えてくるタロとヒメを撫でて寝かしつけていると、リズが帰ってくる。
「星、綺麗だったし、海が輝いてきらきらしていたよ。ふふ、結婚しようって言ってくれた時の事、思い出しちゃった」
そう言って、もたれかかってくるのを支える。
「喜んでもらえて何より」
軽く口付けを交わして、露天風呂に向かう。体を洗っていると、ロットとドルも来て、一緒に湯船に浸かる。
「やっと一つ荷物が降ろせた。人魚さんの件はずっと気になっていたから」
縁に腕を乗せながら、誰とはなしに呟く。
「喜んでいましたね、人魚のお母さん方も……」
ロットがふんわりと笑顔を浮かべて、呟く。
「自分の子供か……。まだ、分からん話だが……。善い行いだったのは間違いなかろう」
ドルも空を見上げ、言葉を紡ぐ。
「ありがとう」
それだけを告げて、空を見上げた。魔道具の灯りしかない海の夜は、見上げればどこまでも落ちていきそうなぐらい、深く、美しかった。




