第562話 あっまーい、塩作りの現場
「はいはい、皆さん。そろそろ散歩の続きですよ」
人魚さんが告げると子供達が元気にはーいと返事をする。鱗が固まってきても陸上移動は練習が必要なので、こういう形で散歩をさせているらしい。陸地で休むにしても脅威が接近した場合は迅速に海に逃げないといけないからだ。
虎さんがのしっと立ち上がると、子供達の後ろに着く。護衛のように歩き始めると、子供達がでろーんと背中に乗り込むが意に介さない感じで、歩き続ける。
『まま、こども、まもるの!!』
『ごえい!!』
タロとヒメも虎さんに感化されたのか、上機嫌で後に着いていく。子供が撫でると、すりすりと擦り寄って愛嬌を振りまいている。まぁ、散歩しておいでと見送る。
少し喉が渇いたなと見上げると、ココヤシの木で緑が少し色付いた丁度良い実があるので念動力でもぎ取り、風魔術を刃状にして、上部を切り飛ばす。温くほのかに甘い液体を直接木の実から飲む。上半身裸で、潮風に吹かれながら、直接ココナッツジュースを口にするなんて何だか贅沢と言うか、日本にいた頃もした事が無かったなと、微苦笑が浮かぶ。喉の渇きを癒し、中を覗くと未成熟の果実だったので真っ二つに割って、甘い果肉も楽しむ。浴槽の栓を抜いてお湯を流し、布とお湯で中を掃除しておく。後で衝立でも立てて露天風呂にしても良いだろう。プールの近くに作ったので、また子供が増えれば、プール第二号にしてもらっても構わない。そう思いながら、上着を羽織り直す。
まだまだ夕方にも若干余裕はあるし、食料調達にも時間はかかるだろう。先に製塩所の様子を見に行こうと、砂浜を歩き始めた。
きっちりと高い石垣で囲まれた中に開かれた門で衛兵に挨拶をして、扉を開けてもらう。警備体制も厳重になってきたなと巡回の兵を見ながら、釜屋の方に向かう。扉を開けると、むっとした蒸気が漏れだす。微妙な温度変化も塩の品質に影響するので、細目に開けてするりと潜り込む。てくてくと熱気の中をさらに上回る灼熱へと歩を進めていく。タイミング的には荒炊きと本焚きの最中だろう。中を見ると頭の怒号が飛び交っているのが聞こえて、懐かしい。
「お久しぶりです」
頭に声をかけると、驚いた顔で振り向くが、にやりと豪快な笑顔を浮かべる。
「領主様、お着きですか!!」
「はい。先程。順調そうで、何よりです。報告は頂いていますが、品質も安定して来ていますし、素晴らしいと思います」
ニコニコと話しかけると、釜の世話をしている作業の人達も破顔するが、真剣にやれと怒鳴られている。ただ、怒鳴る方も上機嫌なので、あまり効果は無いかな。くすりと笑いが零れてしまう。
「少しだけお時間は大丈夫ですか?」
「はい、今は焚きの最中の様子見ですんで、大丈夫です」
頭が皆に声をかけると、応と声が返ってくる。小さな事務所スペースに案内してもらい、ソファーにかける。飲み物を用意しようとした頭を制してカップと冷水を生み、氷を浮かべる。杯を上げてこくりと飲む。
「はぁぁぁ。冷たい。生き返ります」
「水分補給は大事です。人、死んじゃいますよ?」
「はは。気を付けていますが、暑い場所なんで、中々冷たい水なんて飲めません。川で冷やして飲むくらいですか」
かかと笑い、カップを置く。
「まずは、塩の量産の件、ありがとうございます。『リザティア』内でも徐々に市場に出回っておりますし、利用率も上がっています」
「そりゃあ、何よりです」
こくこくと頷きが返る。
「釜屋の増設と人員の方はどうですか?」
「はい。現状で四本が正式に稼働を始めています。設備としては六本までが仕上がっていますが人員の育成が追いついていません。先程見たのが一番新しい奴らですね。兵上がりなんで体力もあるし、契約もきちんと理解してくれてます。後は徐々に稼働を増やしていく形ですね」
一足飛びに大量増産と言うのはやはり無理か。報告通りの回答が聞けて満足だ。
「事故も無いようですし、何よりです。交代制で不規則な生活になりがちなので過酷かと思っていましたが……」
「そこはきちっと休みは取らせていますし、何せ家族を養うって、皆張り切っていますわ」
爽やかな笑みを浮かべるが、人魚さんに釣られた兵士なんだよなー。使った予算返して欲しいなと笑顔の裏でちょっと嘆息する。
「設備的には、まだ倍増しますが、このままの人員増が続くとして、完全稼働はどの程度を予測していますか?」
「二カ月ってところですね。本焚きの人員として使えるようになるのが、一か月。見極めは古参が入って確認しますんで、徐々には余裕は生まれています」
そう、交代制なので、人員にかなり余裕を生みながらじゃないと、稼働させられない。そこは少し焦る部分だが、まぁ、流れに沿って進めるしかないか……。
「何か要望はありますか?」
「現状は人手ですね。薪も余裕が出ていますし、まだまだ材料の海水も廃棄しています。最終の十二本でもぎりぎり処理出来るか出来ないかでしょう」
少し思案して、答える。まずは、ここの稼働率を最大限まで高めて、どうなるかの様子見からか……。
ここからは実務から外れた談笑になる。しかし、人魚さんの旦那さんは、もう海の周辺で暮らすしかないので、誰もが真剣なようだ。良い傾向だなと思いながら、久々の頭節を楽しみ、計画の微調整を考える。
「では、事故と火事だけはくれぐれも注意をお願いします。今や、『リザティア』の命綱ですから」
「そりゃ、重々承知しています。領主様はこれからどうされるんで?」
「毎回の通り、料理担当ですよ。手隙になるようなら、食べに来て下さい」
そう告げると、嬉しそうに、交代で食べに行くと、外まで見送ってくれる。設備の見学自体は明日でも良いか。空はほんのりと茜が混じろうとし始める時間になっていた。
そろそろリズ達も帰ってきたかなと、調理場の方に向かうと、なんだか砂浜に人魚さん達が並んでいる。なんだろうと、近くでぴょんぴょんしていた人魚さんに聞いてみる。
「あぁ、あれですか? 仕事を終わった子が旦那さんを待っているんです」
旦那を待つ? 首を傾げると、人魚さんが指を差す。見ると、仕事が終わったのか、男性が浜辺に近付いてきて、一人の人魚さんの前に立つ。周りに冷やかされながら、お姫様抱っこで人魚さんを抱えて、村の方に向かって行く。
「あぁやって、家まで送るのが最近の流行なんです。跳ねているのを見ると、ヒレが痛そうだって、優しい男の人が言ってくれたのが始まりです」
きゃぁっと言う感じで赤くなりながら、首を振りつつ恥ずかしそうに言って、去っていく。
うん、砂糖吐きそうだ。甘い光景だな。そりゃ、人魚さんも働く男衆も当てられるわ。
そろそろ村の方も仕事終わりなのか、次々と、旦那衆が人魚さんを迎えに来る。
人魚姫をお姫様抱っこかぁ。泡に変えないように頑張ってくれよ、男性陣。そんな事を思いながら、調理場の方に歩を進めた。




