第561話 もこもこへの変化と村の事情
「お久しぶり、元気だった?」
虎さんの前でしゃがむと、瞑っていた瞳を開けて、差し出した手に頬を擦り付けてくれる。タロとヒメは久々に会う虎さんに大興奮でもう、全身に体を擦り付けて、なんとか虎さんの伏せている内部に侵入しようとじりじり頭を差し込んでいる。何がこの二匹を駆り立てるんだろう。そう言えば、新しいブラシ持って来ていたな。まだ、食料は調達前だし、私の出番は料理が始まってからだ。
『虎さん、温かいお湯に浸かってみる? 気持ち良いよ』
聞いてみると、数秒思案して、了承の旨が返ってくる。タロとヒメも赤ちゃんに触られてペタペタなので、一回、綺麗にしてしまいたい。土魔術で土台を組んで厚手の浴槽を生み出す。中に人間の体温程度のお湯をたっぷり生み出す。虎さんを誘導すると、のそりと立ち上がり、器用にお湯の中に水しぶきも上げずに浸かる。海で魚を獲っているので水に苦手意識は無いのか、そのまま浴槽の縁に顎を置いて、ふにゅーっとした顔になる。タロとヒメも自分達もと騒ぐので、浸けてあげると、器用に犬かきをして泳ぎ始める。
私は虎さんの体をこしこしとマッサージをするように洗っていく。流石に大きいので大変だ。濡れそうなので、上半身裸になって、ふかふかな虎さんにする為、必死で全身の毛を揉み解す。脚を上げてもらったり、お尻の方から綺麗にしていく。ひっくり返ってもらってお腹の毛を洗っていると、かなりふかふかで驚いた。虎さんは気持ち良さそうに目を細める。タロとヒメはその間、楽しそうに犬かきでぺしゃぺしゃと楽しんでいる。もう良いかなと、出てもらうようにお願いすると、ざぱりと出てくる。余波でタロとヒメが波に巻き込まれていたが、物凄く上機嫌だ。布で拭っていくが、大きいので何度も絞りながらなんとか拭い終わって、送風でブローする。乾くと、見違えるようにふわふわした虎さんが、そこにいた。触ると、ふかふかしていて、いつまでも触っていたくなる。タロとヒメもそろそろ良いのか、縁に顎を乗せて鳴くので、同じように乾かす。
新しいブラシで虎さんの毛を解しながら梳いていく。洗っても頑固に絡まっている部分はあったのでそこは丹念に解いて、梳る。気持ち良いのかぐるぐると喉を鳴らしながら、リラックスして体を伸ばしてくれる。背中の方が終わると、ころりとお腹を見せてくれるので、ふわふわのお腹を攻めていく。目を細めて弛緩する姿は大型獣とは思えない程愛らしい。全身のブラッシングが終わってぽんぽんと叩くと、すくっと立ち上がり、そのまま伏せる。ふわっふわのもこもこの塊が完成していた。虎さんは一気に匂いが無くなってちょっと落ち着かないのか、自分で毛繕いとして、全身を舐め始める。タロとヒメは自分の匂いを付けるチャンスと果敢にアタックしている。本当に、親子か兄弟みたいだなと思う。
結構な重労働で汗をかいたので、潮風にさらされながら涼んでいると、子供達と引率のお母さんが浜辺を散歩しているのが見えた。
「お久しぶりです。こんな姿で失礼します」
頭を下げると、前に交代で子供達の世話をしていたお母さんだったので、少し世間話をと思った瞬間、子供達が虎さんとタロ、ヒメを見つけて目を輝かせながら殺到する。
「うわー、虎さん、柔らかい!! 気持ち良い!!」
「おおかみー、大きくなってる!! ひゃー、舐めるのー」
ぽてんぽてんと子供達に寄りかかられても、忍の字で伏せて大人しい虎さん。タロとヒメは構ってもらって嬉しいのか、べろべろと舐めながらスキンシップしている。勿論しっぽは全力全開で振られている。
「随分大きくなりましたね」
「えぇ。もう少しで漁にも出られると思いますよ。ふふ、子供の成長は本当に早いです」
にこやかに保護者役の人魚さんが話していると、腰の辺りをぺしぺしと叩かれる。
「おぢさん、今日も美味しいの作ってくれるの?」
振り向くと、ぱおーん君がいた。でも、あんまり成長していない。と言うか、儚い感じが増えて、美少年度が上がっている。ますますショタコンのお姉さんに見せられない。
「そのつもりだよ」
そう答えると、わーいと喜ぶ。頭を撫でると、嬉しそうに微笑む。
「まだ、いじめられているの?」
「うーん。少し、変わったのかな? なんだか、皆、ひそひそしてて、怖い」
あー。うん。もう暫くすると恋とかを意識し始めるお年頃かぁ。女の子の方が成長が早いし。まぁ、知らぬが仏かな。
「元気そうで、良かった。狼、連れて来たよ」
そう伝えると、わー狼とか言いながら、集団に突入していった。
「ふふ、楽しそう。ありがとうございます」
人魚さんが頭を下げてくるので、いえいえと返しておく。
「あまり様子は見に来れていないのが、申し訳無いです。何か変化はありましたか?」
「そうですねぇ。やはり、結婚する方が増えたのが変化でしょうか」
そう、これ、ちょっと困っている。現状引退した兵士を練兵し直して兵にしている。防衛予算は過剰に残っているので、新兵の育成もやっている。で、『リザティア』と海の村でローテーションさせながら訓練をしているのだが、若手の男性兵士が海の村にくると、人魚さんにころっとやられる。暑い日差し、美しい女性、浮かされるような恋の予感。ひと夏のアバンチュールではないが、そのまま村人になりますってしれっと言ってくる。正直、予定が狂うし、予算が無駄になるので勘弁して欲しいのだが、恋愛だけはどうしようもない。お蔭で、若手の兵士の女性の比率が凄い事になっているし、海の村の村人の屈強さも異常な事になっている。自警団がそのまま軍になれるレベルだ。衛兵いらないよねといつも思う。ただ、兵士になる前にやっていた稼業とかもあるので、海の村が賑やかになっているのも確かだ。商人なんか村長の家で泊めていたが、今では宿屋も出来た。元鍛冶屋や大工、猟師、樵なんかの人間もいるのでどんどんと自給自足の状況が生まれている。元料理人とかが定食屋さんとかも作ったりしているし。そんな感じで予想以上に村としてきちんと機能するようになっている。塩の予算があるので、井戸を増やしたり、川から流れを引き込んで下水にしたりとインフラ設備も整えている。将来的には文字通りアキヒロ領第二の都市になる下地が勝手に出来てしまった。諦めてリゾート都市にしちゃおうかなとも思う。後は、塩を北上させるのだが戻りが空荷になりがちだったのが、最近は食料を積み込む量も増えた。戸籍で見ても異常な量だったのでおかしいなとは思っていたが、人魚さんが増えているとは思っていなかった。ただ、荷馬車が無駄にならないのは物流を考えると、ありがたい。
そんな事を考えながら、人魚さんとの会話で現状の問題点を洗い出しながら、談笑を楽しんだ。子供達? 毛の塊に埋もれて、もぞもぞしている。




