第560話 赤ちゃんの受け渡しと虎さんとの再会
テラクスタの近衛騎士達は慣れた感じで、村の方に進んで行く。領地に海があるので、特に感慨は感じないかと納得する。仲間達は久々の海に瞳を輝かせている。しかし、五月の半ばと言うのに結構暑い。日差しを浴びていると、汗ばみそうな陽気だ。『リザティア』が朝晩肌寒いと感じるのと比べると、大分気温の差がある。風邪を引かないように気を付けないとと余計な事を考えている内に、村の門に辿り着く。兵が出て来てこちらの馬車の紋章を確認すると、門を開く。
「ご苦労様。問題は無いかな?」
門前で、一旦馬車を降り、声をかけると敬礼したままで問題が無い旨を伝えてくる。答礼を返すと、にこりと笑い、馬を引いて門の中に馬車を誘導してくれる。そのまま村長の家まで進んで馬車から降りる。騒ぎに気付いたか、村長が出て来たので手を振ると、にこやかに近付いてくる。
「お久しぶりです。報告は受けていますが、調子はどうでしょうか」
「はい。製塩の方も順調ですし、薪も現地で調達出来るようになりました。ただ、建材に関しては向きませんので、このまま輸入を続けなければならないですね」
水に強い木材となるとそれなりに限られてくる。気候的にアイアンウッドなんかが生えているかと期待したが、それもちょっと見つからない。船を使えるようになったら、もう少し南の方を確認したいなとは考える。
「伝令では伝えていますが、人魚さん達の子供を連れてきました。後はテラクスタ領の近衛騎士の方々も護衛で着いてきています。そちらの宿をお借りしたいのですが」
「はい。部屋の方は用意しております。男爵様達はどうなさいますか?」
「私達は訓練も兼ねて、テントで宿泊します。お気になさらず」
「そうですか……。では、テラクスタの方々を案内しておきます」
「分かりました。こちらは、人魚さん達に挨拶と、子供さんの引き渡しを進めます」
そう告げると、村長が一礼し、近衛騎士の方に向かって行く。私達は、馬車に乗ったまま、砂浜の北側の平地を進んで入り江の方に向かう。美しい蒼の海を眺めながら、のんびりと馬車を進める。暫くすると、入り江が見え始め、人魚さん達が、泳いでいる姿が確認出来る。出来るのだが、あれぇ? 多くない? すごく増えている気がする。
入り江前で馬車を停め、皆で降りる。近くの人魚さんにベルヘミアを呼んでもらう。タロとヒメは赤ちゃんを抱いたお母さんの周りを護衛するようにくるくる回っている。クンクンブルトーザーになるかと思っていたが、どうも母性に目覚めたらしい。タロは父性か。近付くと、二匹がしっぽを振りながら、偉いの、褒めてと言った顔で近付いてくる。ちょっとペタペタな頭を撫でると、嬉しそうに鳴く。お母さん方もその姿を見て、笑いさざめく。
お母さん方もテラクスタ領の色々な村から集められているので、海を見た事がある人、ない人様々だ。ただ、これだけの人魚さんが一堂に会した姿は見た事が無いのか、興味津々で眺めている。人魚のお母さん方が集まっているプールの方に近付いてみると、前に見た時よりも大分大きく成長している。もう、足ヒレの部分に薄くだが、鱗も生え始めている。お久しぶりですと声をかけると、嬉しそうに子供を抱き上げて差し出してくる。もう喋る事は出来るのかなと思ったが、まだあーだーの世界で、ぺちぺちと叩いてくる。鱗の部分を触ると、まだちょっとふにょっとしていて、脱皮したての甲殻類を思い出す。どうも触られるとこそばゆいのか、きゃっきゃと叫びながら、悶える。プールの中に下ろしてあげると、器用に泳ぎ始める。
「随分大きくなりましたね」
「えぇ。でも、まだ少し海では怖いので、ここで遊ばせていますが、本当に助かります」
お母さんが、子供を見つめながら優しい顔で微笑む。
「喜んでもらえて良かったです」
そんな話をしていると、岸から見覚えのある顔が浜に上がって来て、ぴょんぴょんと近付いてくる。
「お久しぶりです、ベルヘミアさん」
「お久しぶりです、男爵様」
お互いに挨拶を交わすと、にこやかに、ご結婚おめでとうございますと告げられる。
「さて、伝令では伝えていましたが、赤ちゃん達を連れてきました。お母さん方は大丈夫ですか?」
「はい。もうそろそろだろうと言う事で集めています」
ベルヘミアがそう告げると、岸の方に手を振る。ずらりと人魚さん達がぴょんぴょんと向かってくる。
子供を抱いたお母さん方が、子供の名前を呼ぶとお母さんの人魚さんが前に出て来て、恐々と抱きかかえ、涙を流す。
「あぁ、チェティルヘミア……」
赤ちゃんを渡したお母さんは少しだけ寂しそうだが、気丈に笑って、後ろに戻る。次々と名前を読み上げられて、子供が手渡されていく。どの人魚さんにも涙が浮かぶ。
「男爵様」
お母さん方が、声を揃える。
「叶わぬ願いと諦めていました。本当にありがとうございます」
一礼に合わせて、声を揃える。
「いえ。人間の都合で引き裂いたのです。それが無事戻っただけ。私は何もしていません。ただ、テラクスタの民が、そしてこちらのお母さん方が慈しみ守ってくれただけです」
そう告げて、にこりと微笑む。人魚のお母さん方が、赤ちゃんの首を抱えながら、小さな動きで跳ね、預かってくれたお母さん方に近付き、感謝を述べる。お母さん方は照れくさそうに笑いながら、自分達の赤ちゃんを差し出し、挨拶をさせている。ふふ、こんな幸せな時間がいつまでも続けば良いなと心から思う。
「ベルヘミアさん、子供さんですけど、どうやって育てるのですか?」
「はい。前に建造をお願いした集会所が完成しましたので、そちらで共同生活ですね。結婚した子もいるので、その場合はその家で育てるという形になります」
この世界、子供は将来的に親を助けてくれると言う事で、連れ子だからと言って迫害される事は無い。と言うよりも子は宝と言う認識の方が強い。
「そうですか。先が決まっているのなら良かったです。後、人魚さん達、増えました?」
「はい。近隣から続々と集まっています。順次村長さんには名簿をお渡ししていますので、そちらをご確認下さい」
海の村の戸籍までリアルタイムで把握出来ていなかったが、そろそろ統合した方が良さそうだ。
「入り江だけでは、少し手狭ですか?」
「家も有りますし、どんどん結婚していっているので、そこまで手狭では無いですね。周辺の探索に出ている者も多数いますし。今では正式に族長扱いになっています」
ベルヘミアが苦笑を浮かべる。あの頃の規模の数倍に膨れ上がっている。管理だけでも大変だろうに。
「さてさて折角ですし、海の幸を食べて頂くようにしましょう。もう昼食はお済ですか? 今からなら夕ご飯までに間に合うように漁に出ますが」
「ありがたいです」
「私達の子供の恩人です。是非お楽しみ下さい」
ベルヘミアがそう言うと、海に向かってぴょんぴょんと進み、周囲の人魚を集めて、入り江から沖の方に向かって行く。
「皆様、本当にありがとうございました」
テラクスタ領のお母さま方に改めて頭を下げる。
「止しておくれよ。あたしらは子供が放っておけなかっただけだしね。男爵様が頭を下げる義理じゃないよ」
苦笑いを浮かべながら、お母さん方が言う。頭を上げると、皆晴れ晴れとした顔をしている。
「長い旅でした。ゆるりと休んで、お帰り頂ければと思います」
そう告げると、嬉しそうに頷く。赤ちゃん達は今まで片割れにいた子供がいなくなって少し寂しそうだが、色々な物が目に入るので、少しずつ好奇心の方が前に出ている。ただ、一気に情報が入って疲れたのか、うとうとし始めている子もいる。お母さん方が、辞去して、馬車の方に戻る。クッションの中でゆったりと夕ご飯まで眠ってもらえば良いかな。
仲間達は、夕ご飯の準備と言う事で、鉄板や網の用意が始まっているし、リズとロッサは狩りの準備、その他の面々は採取の準備を進めている。絶対に自分達が食べるのも目的の一つだ。そう思いながら、苦笑していると、林の方からのそりと巨体が現れる。タロとヒメがいち早く察知し、たーっと駆けていく。ふふ、久々の虎さんとの再会か。クンクンと耳の辺りを嗅いでいると、タロもヒメも大きな舌でべろりと舐められる。鳴き声をあげながら、興奮し、ダイブしたり、全身に体を擦り付ける。虎さんも記憶しているのか、されるがままに伏せて様子を窺っている。私も近付き、頭を撫でると、少し嬉しそうにぐるぐると喉を鳴らしてくれた。




