第559話 ぷかぷか赤ちゃん
テラクスタの近衛騎士を先導に海への道を南に走る。余計な荷物も持っていない為、足が早いのもあるし、レイがいない状況で異常を早期に発見してもらうのが狙いというのもある。伝令役の人間が交互にテスラと大声で状況を確認しながら先に進む。
馬車の中では、相変わらずトランプとリバーシとチェスが流行っている。バックギャモンはちょっと場所を取るのと駒が動いて阿鼻叫喚を巻き起こすので、仕舞われてる。私は横目に皆の様子を窺いながら、持ち込んだ資料の確認を進める。日々の業務以外にも中長期の案件はあるので、その進捗の確認もしなければならない。ただ、どうしても後回しになってしまうので、こういう機会にやってしまいたい。ぼけーっと資料を眺めていると、リズがちょこんと横に座っていた。
「リズは遊ばないの?」
「ん、ヒロのお仕事、見てみようかなって」
リズがやる気に満ちた顔で、フンスと鼻息を鳴らす。ふーむ。気合が乗っているのは良いけど、途中から読んでも分からない内容だしなぁ。諦めて説明をするかと、フォルダを漁って、要件書と仕様書を取り出す。
「少しつまらないかもしれないけど。小麦畑の改善案に関する資料だよ。で、今私が読んでいるのが現状の報告書。読んでみる?」
リズがちらりと書面を見て、するするとやる気が萎むのが分かったが、奮起したのか資料を手に取る。
「読んでみる!!」
馬車の壁にもたれながら、要件書から確認を始めるリズ。その様子を少し頼もしく思いながら、報告の続きを読んでいく。実験用の畑に関しては、発芽した種の割合は手を加えない場合と比べて大分増えている。わざわざ鳥も掘り返して種を探すよりも、他に食べやすいものを食べるのだろう。その後の成長も順調だし大きな問題は無い。後は肥料の件だけど、これに関しては今回少し人魚さん側とも話がしたい。魚油の抽出とその利用の話もある。臭いはきついが灯りに使うなら、態々蝋燭を持ち込まなくても済む。
肥料に関しては、人糞の発酵は進めているが、まだまだかかりそうだ。家畜の糞に関しては、順調に進んでいる。畜産家の方で手間ではあるが処理はお願いしてある。ただ、最終的な生産物の買取では無く、作業費として支払いをしているので大きな不満は無さそうだ。将来的には他領への出荷も考えているので大事な事業でもある。牛糞は土壌改良、鶏糞は養分補給かな。
資料を読みふけっていると、緩やかに馬車の速度が落ちるのに気付く。そろそろ休憩かな。そう思うと、馬車が林側によって停車する。皆が馬車から降りて体を伸ばしているのを横目に樽に水を生んで、馬に与えていく。テラクスタの近衛達も自分の馬の世話は自分でするらしく、馬の顔に餌袋を被せて、軽い食事を与えた後に水を飲ませている。
他の馬車の様子はどうかと覗きに行くと、赤ちゃん達は相変わらずタロとヒメに引っ付いて遊んでいる。どうも、タロもヒメもぬくぬくとすると子供が眠るのが楽しいのか、くるりと丸まって温めては寝かしつけているらしい。
「ふふ。自分の子供みたいに構ってくれているから、静かなものよ」
お母さん方は持ち込んだ遊具で遊びながら、様子を見るだけで済んでいるので楽そうだ。偶におしめを変えたりはあるが機嫌良く過ごしてくれるので大助かりと言う感じだろうか。
『まま、まま、ねるの!!いいの!!たのしいの!!』
『すてき!!』
二匹もちょっとペタペタになりつつも、自分より小さな生き物の世話をするのが楽しいのか、機嫌良くしっぽを振っている。少し放して散歩でもするかと尋ねると、赤ちゃんを気にして、考え込んだが、興味の方が優ったのか、てーっと駆けて行った。後に残された赤ちゃん達がぐずり出したのはご愛嬌だろう。
「男爵様、予定より順調に移動しております」
水を馬にあげ終わった辺りで、テスラが声をかけてくる。
「この辺りはもう、街道の敷設が完了しているからね。もう暫くは順調に進むと思うよ」
「そうですね。上手くいけば、予定通りの野営地まで到着出来るかもと言う算段です」
「昼辺りに出たにしては、早いか……。まぁ、稼げる間に距離を稼いでおこうか。ただ、先は長いから無理は禁物で」
「畏まりました」
にこりとテスラが笑うと、馬のマッサージの方に戻って行った。
お母さん方も赤ちゃんを抱いて、馬車から降りて、体を動かしているが、赤ちゃんとしては湯たんぽとクッションに覆われてぬくぬくした空間から出されてびっくりしたのかぐずっている。あらあらと言う感じであやされているのを見ていると、心が和む。湯たんぽの方はまだまだ暖かいのでこのままで良いかな。
休憩もそろそろ終わるかと言う事で、二匹を呼ぶと、楽しそうに駆け戻って来て、力いっぱい飛びかかってくる。流石にもう結構大きいので、腰がぐきっていいそうだ。獲物は無かったみたいだが、駆け回って楽しかったのか、しっぽが猛烈に揺れている。足を拭って、先程とは別の馬車に乗せる。匂いが違うのに気付いてクンクンと嗅いでいたが、赤ちゃん達が戻ってくると、上機嫌で構いだす。ふふ、お兄ちゃん、お姉ちゃんの感じなのかな。まだ、パパ、ママと言う感じでも無いだろう。あーだーとクッションの中を接近してくる赤ちゃんに頬ずりする。後ろの子はしっぽが気になるのか、手を伸ばすが捕まえられない。それでもぺちぺちと当たる感触が面白いのか、飽きずに手を伸ばしている。
そんな感じで休憩を挟みながら、本日の宿泊予定地に到着する。周囲は夕暮れと言うにはかなりぎりぎりでリズとロッサに狩りをお願いして、皆で野草集めに奔走する。人数が人数なので、きびきびと探していく。テラクスタの近衛騎士も夜営経験が豊富なので、一緒に探してくれる。
私は野営地の邪魔にならない場所に、仮設トイレと衝立付きの浴槽を作る。過剰帰還も感じないので、まだまだ大きな建造物は作る事が出来そうだなと。一回、限界をどこかで調べた方が良さそうだなと思いながら、集まった食材で料理の方を進める。リズ達が鳥をそこそこ獲って来てくれたので、鳥のスープにイノシシのベーコンを焼いた物、それに携帯食料と言う中々豪勢な食卓になった。皿とカップも土魔術で作って渡していき、焚火を囲んでの食事となった。
食後のお風呂に関しては、お母さん方、近衛騎士、私達の順番になる。赤ちゃん達は授乳が終わって、煮崩した大麦のオートミールを離乳食に食べると、もう夢の中に旅立ちかけているので、早めにお風呂となった。プカプカと浮かびながら良い笑顔でうとうとしている赤ちゃんを預かって、拭って、風魔術で乾燥させていく。お母さん方は、このまま馬車で眠りたいらしい。クッションがあるし、湯たんぽもあって、子供が風邪をひく心配もないかららしい。毛布を運び込んで寝床を作って赤ちゃんを寝かしつけていく。
テラクスタの近衛騎士に関しては、歓楽街で風呂に入った経験のある人間が率先して、指示しており、混乱無く入浴が終わる。流石に男女別だ。
私達も星の瞬く中、露天風呂を堪能し、テントに潜り込む。夜番は順番だし、私は後番の予定なので、さっさと就寝する事にする。
翌朝は昨日の残りを食べて出発となる。
ローマ街道は大体道程の四分の三程度までは敷設が完了している。予想よりも早く進んでいき、五月十一日の昼過ぎには到着となった。新型馬車で約一日、街道化で約一日短縮した形になるのかな……。三日の距離なら、もう少し往来を増やす施策を打っても良いかなと。
そんな事を考えながら、久々の潮風を感じながら、村へと進んでいった。




