第544話 結婚初夜の明けた、甘い朝
ふわふわとした意識の中、顔の辺りにくすぐったさを感じる。温かな吐息のような温もりと、湿った何かが口腔を蹂躙する感触。瞳を開けると、少しだけ濡れた瞳のリズが、妖艶な笑みを浮かべて、眼前にいた。
「ふふ、可愛い。大好き、ヒロ」
頬にキスをすると、すいっと離れる。
「おはよう、私の可愛い奥様。今日は早起きだね」
その言葉に、リズが紅潮し、もじもじする。頬に手を当てて、いやんいやんと顔を振る。
「昨日と何も変わらない今日の筈なのに、全然違う。凄く、愛おしい。ヒロ、好き」
真白な裸体のあちこちに昨晩の残滓が残る。うわぁ、かぴかぴになっている。それすらも愛おしく思い、長い口付けを交わす。
一頻りスキンシップを楽しみ、性臭が充満した空気を入れ替える為、窓を開放する。太陽はまだ白々と頭を出すか出さないか。世界が黒から藍色に変わり始めた頃。五月七日は晴れ。
「でも、ヒロ。昨日は、少し酷いと思う。もう途中で、止めてって言っているのに。息が苦しいし、怖かった」
少しだけぷくっと膨れながら、リズが言う。その頭を撫でながら、答える。
「んー。なんなんだろうね。もう、可愛すぎて、全然歯止めが利かなかった。あぁ、リズがお嫁さんかと思ったら、もう、理性が溶けていたかな」
「きちんと、休ませてってお願いしたら、休ませる事。約束してね」
「はーい。さて、体を清めようか。朝早いし、家族風呂、空いているかもしれないね」
「うん」
そう言いながら、浴衣を身に着けて、一緒に部屋を出る。温泉の窓口まで行くと家族風呂は空いているようだ。ただ、結構埋まっている。
「ロスティー公爵閣下夫妻が夜明け前から入られています。テラクスタ伯爵閣下は先程ですね。ノーウェ子爵様は大浴場の方に向かわれたようです」
鍵を確認しながら、従業員が答える。夜遅くまで働いているのに、皆、朝も早い。よく頑張ると思いながら、二人で恋人つなぎをしながら家族風呂に向かう。恋人つなぎの概念が無くて、つないでみると物凄く恥ずかしがっていたのも、昔の話だ。
扉の鍵を閉めて、浴衣を脱ぎ、一緒に浴場に入る。湯気の中、温かそうなお湯が満ちて、少しずつ溢れている。リズを椅子に座らせて、お湯をかけてはかぴかぴしたものをぬめりに変えて、落としていく。
「むー、ヒロ。髪の毛にもかかっている。ちょっと、あれは、どうかと思う。びっくりした」
「まぁ、そう言うのもあると言う事で」
そんな事を言いながら、リズの全身を清めていく。綺麗に洗いながら、私もさっと頭と体を洗い、湯船に浸かる。
「ふぅ……。ちょっとだけ腰が痛い。でもこんな事で神術使うと神様に怒られそう」
そう告げると、リズが驚いた顔の後、ぶふっと噴き出す。
「もう、そんな事で使うの、ヒロだけだと思うよ。懲りて、あまり無茶しないの」
そう言って、正面で浸かっていたリズが体勢を変えて、もたれかかってくる。その柔らかな体を両腕で包む。
「温かい、ね」
「そうだね。ヒロの温もり、感じる」
くてんと頭を肩に倒して来て、そっとこちらを向く。その仕草が可愛らしくて、そっとキスをする。
「さて、あまり浸かり過ぎても汗ばむだけだし、そろそろ上がろうか。今日は視察だから、ロスティー様達を案内しないと」
「分かった。出よっか」
リズがそう言って、すらりと立つと、可愛らしいお尻が見える。ついっと触れると、ぞわぞわとした感覚が、背中を通じて、首元に走っていくのが目に見えた。
「こら!! ヒロ。もう、悪戯しない」
怒った顔も可愛いなと、苦笑しながら、風呂を上がる。髪の毛のブローも含めて、完了したら、浴衣に着替えて部屋に戻る。
「さて、着替えますか」
そう言いながら、カジュアルめの格好に着替えていく。でも、女の子が下着を着ける時って、どうしてこうも艶めかしいのか。
「タロとヒメ、機嫌悪くなっていないかな……」
少し気恥ずかしくなり、全然違う話題を振る。
「んー。甘えん坊だから、きっと大変かも。戻ったら、いっぱい遊んであげないと」
くるりとリズがこちらを向き直り、満面の笑みで告げる。
着替えが終わり、ほっと一息つくと、ノックの音が響く。食事の用意が整ったようなので、食堂に向かう。
「早いな、我が孫よ」
食堂には珍しく、先にロスティーとテラクスタ夫妻が座っていた。
「いえ。風呂に入っていましたので。ロスティー様達もですよね?」
「うむ。明けの空を眺めながら湯に浸かるというのも良い物であった。庭で涼んでおったら、テラクスタと会っての。そのままここで茶を楽しんでいたところだ」
そんな話をしていると、ノーウェが風呂から上がったのか、若干湿った髪で食堂に入ってくる。
「いやぁ、露天風呂だったかな。あれ、良いね。雄大な景色を眺めながら、風呂に入るというのは幸せだよ。刻一刻と、姿を変える景色を眺めながら、ゆったりと時間を過ごすというのは格別だね」
そう言いながら、席に着く。
「ちなみにラディアさんは、どうなされたのですか?」
「ん? あぁ、夫婦役はパーティーまでだね。昨日の夕餉が終ったら、兵舎に戻ったよ。今日も視察でしょ。流石に見られたら、不味い物もあるかもしれないしね。でも真珠だったかな。結局買う形になったよ。前に来た時から、狙っていたようだね。ここの売店、見る人間が見たら宝の山なんだろうね」
ノーウェが苦笑しながらそう告げると、テラクスタも頷く。
「真珠に関しては、こちらでも稀に採れる事はあるが、小粒で形も色も悪い。あのように大きく、形も良い物があると言う事実すら知らなかった」
「人魚さん達が遊びで集めていますので、そこから厳選している形ですね」
「あら、あの綺麗な玉の話かしら。見ていて飽きないから、一つだけ買って帰ろうかなんて、この人と話をしていたところよ」
ペルティアが言うと、ガレディアもテラクスタを覗き込み、頷く。
談笑を続けていると、列席者の皆も集まる。揃ったところで食事が始まる。干物がメインの和食よりのメニューだが、皆、この優しいあっさり目の味付けが気に入ったのか、嬉しそうに食べ進めてくれる。慣れたというのもあるだろうが。
食事が終われば、列席者は、領主館の方に戻ってもらう。ゆっくりと旅の疲れを癒してもらいながら、また、帰路に就いてもらわなくてはならない。
ロスティー達と仲間達は、外出の準備を行い、馬車に乗り込む。少し早いが朝を少なめにしてもらったのにも訳が有る。
『リザティア』でも初めての開催。さてどうなるのかなと楽しみに思いながら、競馬場に向かった。




