第542話 結婚式当日~『リザティア』町開きの宣言
2016年10月28日に第一巻がGCノベルズより発売致します。
ISBN-10: 4896375912
ISBN-13: 978-4896375916
どうぞよろしくお願い致します。
観衆に応えながら手を振り、仲間達の馬車に向かう。暫くすると、一時の興奮も落ち着き、公園辺りから見ていた人々も中央へと徐々に集まってくる。
「楽しかった、楽しかった!!」
先行してロスティー達の馬車の横まで到着していた仲間達の屋根無しの馬車に乗り込むと、リズが女性陣の方に駆け寄って喜びを伝える。フィアが面白そうと言う顔でうずうずしながらこちらを見ている。過去におんぶして滑ったのを記憶しているのか、遊ばせろと言う視線をビンビン感じるが、人妻なんだし落ち着いて欲しいなとは思う。ロットにお姫様抱っこで走ってもらえば良いじゃない。
ロスティー達の馬車の窓は開放されており、そちらからノーウェ達が手を振っている。特等席で一部始終を眺めていたんだから、満足だろう。皆、楽しそうに笑っている。
がやがやと騒いでいた人々も集まってくると、徐々に熱の籠もった静けさに変わってくる。次は何が起こるのだろう。そう言うワクワクを内に秘めた、熱い静けさ。
ブーツを脱ぎ、馬車の中の椅子の上に立つ。見回す限りの人の海。両手を掲げると、しんと静まり返った。うなされるように早い、期待を込めた鼓動を感じる沈黙。
「諸君」
『カリスマ』を開放し、丹田に力を篭めて、一言を発する。万に近い瞳が一斉に体を貫く。ぐぅっと胃が緊張で収縮し、吐き気が襲ってくるのを噛み殺す。コミュ障のやるこっちゃないな、これ。
「親愛なる、『リザティア』の民よ。私はアキヒロ・マエカワ。諸君らを導く者だ」
緊張で干上がった喉、唾を嚥下し、乾燥した唇を舐めて、大きく口を開く。
「本日、婚儀が終わったこのめでたき日。皆も聞いたであろう、この地を祝福する神の調べを」
その声に、観衆が一斉に頷く。その動きだけで、空気が揺れる。
「祝福された地『リザティア』。この奇跡の日を以って、町開きを宣言する」
先走った人が動こうとするのを腕の動きで制する。
「諸君。親愛なる諸君。今後、この町は益々の繁栄を享受する事となる。これは神が約束された、祝福の証。絶対の理だ。しかし、約束には履行すべき義務がある」
そう告げた瞬間、皆の瞳に疑問の色が浮かぶ。
「その生を満喫せよ。働く事に目的を、遊ぶ事に楽しみを、恋に落ち愛を育む事に喜びを、子を生す事に慈しみを。皆が、煌き、輝くような人生を謳歌せよ」
その言葉に、皆の瞳にふわりと熱が籠もる。それぞれの人々が考える人生。それを肯定し、先に進むべき道を切り開くのが為政者だ。
「その煌きを礎に『リザティア』は大きく躍進しよう。諸君らが懸命に生き、生を謳歌する事こそ、義務なのだ。私、アキヒロはそれを肯定する。励め、楽しめ。その先にこそ、栄光の未来は切り開かれよう。諸君。親愛なる諸君。共に先に進もうではないか、大いなる繁栄の未来へと!!」
微笑みを浮かべ、最後の言葉を吐き出し、両腕を静かに下ろす。言葉が染み渡るまでに数瞬。各所で疎らな拍手の音が聞こえ、それは波を成し、波濤の如く広がっていく。自らの未来を吐き出す声の嵐。輝く未来を夢見る期待の眼差し。人々の制御出来ない心の躍動が、声に、動きに変わる。大きく両腕を振ると、それに合わせるように皆が揺れ、割れんばかりの喝采が鳴り響いた。
暫く自儘に振る舞わせ、落ち着きを取り戻した辺りで解散を宣言する。やいやいと騒ぎながら散らばっていく人々の中に、熱い思いが籠もった事はその明るい眼差しを見ればよく理解出来た。後はこの期待に応えるべく、私達が邁進すれば良い。はぁぁ、本当に疲れた。椅子から降りて、へにゃりと椅子に腰を降ろす。もう動く気力もない。ちょっと休ませてくれー。大きく溜息を吐きながら、それだけを願う。
「ヒロ。頑張ったね。お疲れ様」
背後から、そっとリズが包み込んでくれる。白い手袋に包まれた両腕から伝わる温かな感触に、緊張に捻り潰されそうだった内臓が軋みを上げながら弛んでいくのが分かる。
「慣れない事はするものじゃないね。疲れた」
苦笑を浮かべながら、首を後に倒し、リズを逆さまから眺める。その顔には慈愛に満ちた微笑みだけが浮かぶ。
「ふふ。良かったと思うよ。皆、頑張るって言ってた。頑張って生きるんだって。その希望を、道程を示したのはヒロだよ。凄いね」
リズが目を瞑り、きゅっと腕を締めてくる。
「ありがとう。少し落ち着いた。さて、食事にしようか。もう緊張でお腹が痛い。何か物を入れないと、倒れそう」
お道化て言うと、皆が笑う。ロスティー達の馬車に進行を告げると、そのまま西に向かい始める。明日はテラクスタが視察を希望していたので、領主館より温泉宿から始めた方が良いかと考えた。それに大ホールでは、列席者の為に食事も用意している。ささやかながらのパーティーだ。
蹄鉄の軽やかなリズムを刻みながら、歓楽街へと向かう。
式もお披露目も済んで、気楽になったのか、皆上機嫌で喋っている。
私とカビアは、後から追いついてきた騎兵隊の隊員からもらった書状を確認している。先程の暗殺者の捕縛状況と現時点での尋問状況が記載されている。
「十六名か。予定通りと言うのは素直と言うか……」
私がぼやくと、カビアも困り顔を浮かべる。
「そうですね。臆されて隠れられると捕縛も難しくなります。今回は僥倖と言う事で良いかと考えます」
今回の捕縛劇に関しては、別に行き当たりばったりで実行したものではない。ロスティー達が訪問する式典と言う事で警護は厳重にしなければならない。ただ、暗殺やテロに関しては、目標が不明な場合もある。その為、かなり前より、諜報の方で手分けして歓楽街の各所の潜伏しやすい場所に張り込ませていた。建設当初から、潜伏しやすいように作った場所と言うべきだろうか。同じく、酒場などでも密会のしやすい隔離部屋を作った。その甲斐あってか、面白いように使ってくれる。まだまだこの世界の犯罪者は擦れていない。予定通り諜報の方で実行犯は割り出せているし、後は現行犯で逮捕すれば良いだけと言う状況だった。正直、計画の段階で捕縛出来た方が楽だったのだが、それだと虚構の妄想と言う言い訳が通ってしまう。なので、実行犯を捕縛し、計画者を芋蔓で捕らえると言う流れになっている。現在、尋問の途中だが、計画者や協力者の方も既に諜報に捕縛を指示している。ロスティー達が帰る頃には、尋問も終わって、もう一段階上の情報も伝えられるだろう。そうなれば、国側から正式に犯罪者として明示してもらえば良い。
「しかし、ユチェニカ伯爵に付いた商家の連中ですか。余裕が有ると言うか、暇と言うか……」
呆れた顔で、カビアが告げる。
「余裕は無いだろうね。元々向こうの商売が、あがったりになったからこそユチェニカ伯爵を唆した訳だし。旗印を失ったら、こんな手しか打てないよ。ただ、ロスティー公爵閣下では無く、新興の私を討って、ワラニカの経済に打撃を与えようとするセンスは悪くないと思うよ。閣下に危害が及んだ場合は、国が黙っていない。逆に最近の経済動向を見ていれば、『リザティア』の消費に景気の浮揚が支えられているのは分かるからね。商売っ気はまだ残っているけど、裏仕事はお粗末なんだろうね」
「ただの商家ですから。その辺りを求めるのは酷かと思います」
この世界、裏仕事は本当に割に合わない。盗賊なんて正しくそうだ。ましてや、暗殺なんて自爆テロレベルの覚悟でやるしかない。生きて帰れない仕事を引き受けるなんて余程の理由がないと無理だ。そんな覚悟のある人間なら、他の仕事が幾らでもある。やりたがる人間なんていないのが現実だ。そんな事をやらせる為に何をしたのかも含めて吐かさないと駄目だなと、ぼけーっと考えていると、歓楽街に入る。
「おー、軍装の人がいっぱい」
確か、近衛の人達は半員休暇の筈なので、昨日の晩とは別の人かな。楽し気に買い物をしたり、酒場に消えていく姿を眺めていると、自然と笑みが零れる。
「きちんと金券は使ってくれているみたいだね」
「そうですね。今朝の報告では、予定よりもかなり大きな金額が動いているようです。このままだと、金券で賄いきれないと考えますが」
「うん。それも計算の内。一回使う事を覚えちゃうと、ね。自分の財布を開いてでも味わいたくなっちゃうしね。まぁ、短い滞在期間だから。偶の贅沢程度に楽しんでもらえれば良いかなって」
そう告げると、カビアが苦笑を浮かべる。
「大きな金額を渡した上で、それ以上にお金を使わせると言う訳ですか……。あまり浪費する事が無いので分かりませんが、まぁ、自分が働かないお金を渡されると使ってしまいそうな気はします」
「うん。それだけ使っても自分の財布は痛まない。それでも尚楽しみたい。なら使った分くらい財布から出しても良いかな。元々使った分もあるんだし。なんて言い訳しながら使っちゃうものだよ、人は。そこまで理性は強くないしね。一回許しちゃうと、ずるずるとね。そうやって初めに心を緩めるのが金券と言う訳かな」
「はぁ……。恐ろしいですね」
「その辺り、お金にだらしない人間は炙り出せるしね。情報の付加価値も上がると言う事で。閣下達に満足頂ける資料になるよう願おうか」
そんな事を話していると、温泉宿に到着する。さて、少しはゆっくり出来ると良いけど。そう思いながら、さっさと馬車から降りて、リズが降りる補助をした。




