「御堂 継」
「けっ、継坊ちゃん? ここどこっすか? ていうか、その槍なんすか!?」
白坂剛志は、トランス状態で武士とアーリエル、メフィストについて語り終えると、自分の意識を取り戻した。
ここまで響いてきた不快極まりない悪魔の笑い声で、無理矢理正気に戻らさた面もあった。
継は北狼の資材に残されていたノートパソコンを起動し、持っていた特別製のスマートホンと繋ぎロックを解除。続けてセキュリティを突破しようとしているところだ。
「正気に戻りましたか、白坂さん。話は後です。ここは、ダムの管理棟。北狼部隊の臨時基地、みたいです」
「い、いつのまにそんなところに……」
「白坂さんが連れてきたんですよ。この槍も、ここにあったのを、白坂さんが私てくれました」
「俺がっすか!?」
「記憶が、ないんですね。……白坂さん」
「は、はい」
「あなたが<白霊刃>の使い手、です」
「……はっ?」
継から唐突に言われた言葉に、目を白黒させる白坂。
「な、なんの冗談っすか?」
「自覚は、ないでしょうけど」
「いやいや、ありえないっすよ、そんな」
白坂は本気で首をぶんぶんと横に振る。
継は構わずに、パソコンの操作をしながら話を続ける。
「白霊刃のこと、知っていますか?」
「九色刃のことは一通り知ってるっす。でも、他の刃朗衆に近い御堂組員と同じ程度っすよ?」
「さっき、森の中で会った、紅葉という兵士。知り合いですか?」
「ああ、あの人は自分がガキの頃に刃朗衆の里で……あっ」
「なんですか?」
「いえ、なんでもないっす。知らない人っす」
いきなり顔中に汗をかき始め、嘘をつく才能がゼロの白坂は継から視線を逸らし下手な口笛を吹く。
「……時間が、もったいないので。僕が、言いましょうか」
「へあっ?」
「あなたが、隠せと言われたのは、幼い頃、刃朗衆の里で暮らした時期がある、という事だけ。それ以外は、本当に何も知らない」
「う、うう……」
「まあ、それ以上知っていたら、白坂さんには隠せてない、でしょうね」
「う、うぐ、その通りっす。でも本当に、俺が白霊刃の使い手だなんてことはないっすよ」
「時々、記憶がなくなることは?」
「そんなことないっす……あ、でも実家に帰るといつも急に眠くなって、気づいたら次の日って事はよくあるっす」
「実家。よく帰るんですか?」
「ばあちゃんに呼び出されるっす。多いときで月に一回とか」
「……なるほど。よく分かりました」
一人で勝手に納得すると、以降は白坂に話しかけることもなく、継は北狼のパソコンの操作に集中する。
「え……? ちょ、それで終わりっすか? 俺は全然わかんないっすよ、継坊ちゃん?」
「後で説明します。……繋がった」
「えっ?」
セキュリティを突破した継は、北狼部隊の強力な電子戦装備、高度にネットワーク化された通信技術、ダムの周辺施設に仕掛けていた監視装置群によって記録されていたデータを、高速で分析していく。
「これが……武士君が、アーリエルの力を顕現させた姿……」
ダム堤体の上での武士たちの戦いも記録されており、飛ばし飛ばしで見ながらも、継は大体の状況を把握した。
「……鬼島首相が、ここに来ている? 狙いは新崎結女……アイツがメフィスト・フェレス……これは……?……零小隊、メフィストに操られてるいるのか?」
そして現在の監視塔前のカメラ映像、および零小隊が装着しているネットに繋がった観測機器情報と、次々と切替ながら継は現状を理解する。
「!! コイツは、麒麟の呉近強!!」
そして、モニターに映った降下部隊の一人の姿を確認し、継は状況が最終局面に至っていることを確信した。
「継坊ちゃん、いったい何が起きてるっすか……?」
同じモニターを後ろから覗きながらも、白坂にはまったく状況が掴めていない。
その彼の横顔を見て、継は思案する。
(どうする……? 白霊刃の管理者、そしてジジイの目的は、白坂さんに予言をさせることだ)
そして、横に置いた黄雷槍を眺める。
(白坂さんは、この槍の在り処を予言した。それは多分、実際にここに来なければ、予言できなかったんだ。白霊刃の予言システムは、いつでもどこでも、無限に未来予知ができる訳じゃない。発動に条件がある筈だ)
だとすれば、御堂征次郎が今回、白坂をこの戦いに同行させた意味は。
(この槍一本を手に入れる為とは考えにくい。……情報を整理しろ、考えるんだ。打つ手を間違えれば、全部が無駄になる!)
継は必死で、思考を巡らす。
今、この地には四つの勢力が存在している。
まずは鬼島首相。
北狼部隊を率いるが、今はコントロールを奪われている。
次に麒麟。
武装集団がヘリで唐突に現れたが、おそらく鬼島は彼らの動きを黙認していた。今はトップの呉近強が直々に指揮を取っている。
紅華に派手に暴れさせ、ターゲットの注意を引きつけている間に水面下で着々と準備をしていたのだ。
この二者の目的は、共通している。
はじめは九色刃の奪取かと思われたが、それは陽動でしかなかった。
本来の目的は新崎結女、メフィスト・フェレスの正体を暴き打倒することだ。
残りの二勢力のうち、一つは刃朗衆と御堂組。
それはここにいる自分と白坂。そしてハジメに、葵と翠。
それから、武士のことだ。
アーリエルの力に覚醒した武士だが、トランス状態の白坂から聞いた話では、敵に回ることは無いだろう。なにしろアーリエルとは言ってみれば武士の母親そのものなのだ。
そして最後の勢力は、異世界の悪魔メフィスト・フェレス。
その目的は、世界を混乱させ人間同士を争わせ、愉悦に浸ること。
今は北狼・零小隊をも操り、直接の脅威になっている。
さて、この状況下で自分たちの勢力は何を第一目標とするべきか。
当初の目的は攫われた灯太の奪還だった。それは既に達成している。
であれば、次の戦術目標は全員での戦域離脱となるはずだ。
だが。
(武士君が、メフィストと交戦中だ。アーリエルにとっても因縁のある相手。離脱させるのは簡単じゃないだろう。だったら……鬼島と呉に協力し、メフィストフェレスを斃すか?)
メフィストは日本とCACCの間で暗躍し、戦争に追い込もうとしていた。それを打倒することは、そもそも日本を守る為に戦う御堂組の目的と合致することでもある。
だがそれはすなわち、この国を戦争の災禍に巻き込もうとする存在が鬼島ではなかったということだ。
(予言は外れた、ということだ。英雄は九龍直也ではなく、田中武士。倒すべき敵は鬼島で首相ではなく、異世界の悪魔)
そこまで考えて、ふと継は不確定要素に思い至る。
(九龍直也……!?)
仲間だと信じていた新崎結女を殺されたと思い、逆上して武士に襲いかかった直也。
新崎がメフィストとしての本性を現した今、彼は今後どう動く?
なにより、メフィストの支配がまだ続いているとしたら?
武士の性格を考えて、如何にアーリエルの力をもっていたとしても、武士は直也を殺すことはできないだろう。
その甘さは、場合によっては致命的な弱点になる。
慌てて継は監視カメラの映像を次々と切り替えるが、確認できる位置に直也はいない。
(マズイ……! 細かいことを考えるのは、後だ。まずは武士君を含めて、全員脱出を最優先する! メフィストに麒麟、鬼島は勝手に潰し合っていればいればいい!)
継はパソコンに繋いでいたスマートホンを取り外し、弟に電話を掛ける。
通信機を紅葉に奪われた為、連絡手段がこれしかないのだ。
ハジメたちが麒麟のヘリから身を隠す為、ダムの反対側の森に逃げ込んだことは監視データで確認していた。
「白坂さん、すぐにここ出ます。準備して……もしもし、ハジメ? 今から話すこと、よく聞いて……なんだ、どうした!?」
電話の向こう、ハジメたちの尋常ではない様子に気付き、継は慌てる。
『兄貴、無事か! こっちは今、紅葉とかいう翠たちの師匠が操られて……! なんとかしたら、また連絡する!!』
一方的に叫ばれて、ハジメとの通話は切れる。
「どうしたっすか、継坊ちゃん?」
「そうか……メフィストが零小隊を操れる、ということは」
紅葉という兵士。
一瞬の会話で、翠たちの師匠だと言っていた。刃朗衆の一員であることに間違いはなく、北狼部隊に潜入し、鬼島側の内情を探っていたのだろう。
零小隊のメンバーになってしまったが、神楽の秘術の下でそれでも隙を見て、なんとか動いていたのだ。
だがその秘術の正体は、メフィストが授けたものだった。
今、零小隊は完全にメフィストの手足となってしまっている。
神楽よりも、よほど強固な支配の力に違いない。
だとしたら。
「まずい……あの翠と葵が、かつての師匠相手に、戦えるのか……?」
戦闘のプロを自称しながら、あの少女たちは精神的にとても脆く、甘い。
そして自分の弟にしても、仲間や一般人を害する敵には容赦しないが、操れられている翠たちの仲間を相手に、どこまで非情に戦えるだろうか。
(どうする、僕に何ができる……!? くそっ!)
結局、戦闘面では仲間を頼るしかない事に継は苛立ち、立つこともできない自分の脚に、拳を叩きつけた。




