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「アーリエル顕現」

「ダムに飛び込んだとき。私は水底から蒼い光を感じた。みるみる迫ってきたその光は、よく知っている武士の魂でありながら、どこか異なる気配も感じたの。いつの間にか、私は武士に抱きとめられてた。次の瞬間、武士の心に直接触れて、わたしはたくさんの事を知った。……幼い頃に武士を守って死んでしまった、武士のお母さんは、異世界の精霊・アーリエルの転生だったの」


 葵が語り始める。

 転生などというファンタジー小説でしか聞いた事のない言葉にハジメが反応しかけるが、翠にひと睨みされ、慌てて口を閉じる。


 葵は、胸に手を当てて一言一言を噛み締めるように、話しを続ける。


「アーリエルは最初、前世での記憶はなかった。普通に生きて、武士のお父さんと出会い、結婚し、二人の子どもをもうけた。そのうちの一人が武士。ごく普通の家庭で、幸せな生活を送っていた。ある日、まだ武士が幼い頃。ある男が……御堂征次郎が、武士のお母さんに接触してくるまでは」


   ***


「命蒼刃の使い手・九龍直也という英雄が産まれる為には、()は邪魔な存在でした」


 武士は、直也と鬼島の親子相手に語る。

 自らの内に秘められてた母の魂に触れて、初めて知った真実。

 それは武士が語っているのか。

 それとも、精霊アーリエルの言葉か。


「戦争の災禍へと向かうこの国の未来を変える為に、白霊刃の予言が遂行されました。ある日、御堂征次郎はわたし(﹅﹅﹅)に接触し、こう告げたのです。『これから息子さんが、命を落とす危機を迎えることになる。しかし、助けてはならない。これは運命だから。もし運命に逆らえば、この国は戦争の災禍に巻き込まれ大勢の人の命が失われることになる』……」


  ***


『息子さんを助け、運命を歪めた場合の結果は悲惨だ。この国を守るはずだった英雄が産まれなくなり、日本だけでなく世界中が戦争の業火に焼かれ、罪のない人々が大勢死ぬことになる。生き延びた武士君の運命も悲惨だ。咎を一身に背負い、血と争いの世界に巻き込まれ、死による解放もないままに、救いのない苦難だけの人生を進むことになる。どうすればいいか、よく考えるがいい』


 もちろん、武士の母は信じなかった。

 突然現れた見ず知らずの男に、自分の子どもを救えば世界が破滅するなどと言われ、素直に信じる者などいる筈もない。

 しかし、御堂征次郎が去った後で、また別の人物が接触する。

 その人物は年老いた老婆。

 武士の母に、予言者のようにこう告げた。


『明日、お前の息子の武士は死ぬ運命にある。だが安心するがいい、助ける方法がある。それはお前が身を呈することだ。それで息子は救われる』


 言われずとも、親が身を呈して子を守るなど当たり前の事だ。

 もし愛する我が子に危険が迫れば、誰に何を言われようと身を差し出す覚悟はできている。

 老婆は続けた。


『見た瞬間に、走ることだ。〈その時〉の前までに、決めておくことだ。迷いは一生の後悔を生むよ。ククク……』


 ヤクザのような風貌の男に、怪しげな老婆。

 そんな者達の言葉を信じられるはずもなかったが、かといって無視することもできず、武士の母は一晩、逡巡することとなる。


 そして、その時がきた。


『———武士!』


 武士の小学校からの帰り道。

 不気味な予言が頭から離れなかった母は、武士を途中まで迎えに行っていた。

 そこで彼女は目撃する。


『かあさーん』


思いがけない母の出迎えに喜び、駆けてくる愛しい息子の背後から迫る、異常なスピードのトラックを。


  ***


「……予言では、武士さんのお母さんの頭にほんの一瞬、前日に組長から掛けられた言葉がよぎってしまって……駆け出すのが遅れ、助けは間に合わないはずでしたっす……」

「白坂さん……」


 継は黄雷槍を手に、虚ろな表情のまま訥々と語る白坂の言葉に耳を傾けている。

 白坂は継に黄雷槍を差し出した後、武士の過去について唐突に話し始めたのだ。

 継の祖父が、武士の母の死に関わっていたという事実。なぜそんな事を白坂が知っているのか。

 そんなことはもはや自明のこと。彼が九色刃・白霊刃の使い手だからだ。

 問題なのは、それを語らせているのが誰かということ。

 白坂自身に自分が九色刃の使い手である自覚はない。彼はトランス状態で黄雷槍の在り処を予言した。

 能力が本人の意志と関わりなく発現しているのだ。

 継は、朱焔杖の炎盾や熱線が紅華の意志に寄らず、灯太の意志で発現していたことを思い出す。


(白霊刃の管理者が、白坂さんを操っているのか……!)


 白坂は、白霊刃の使い手は語り続ける。

 武士の数奇な運命、そしてアーリエル顕現の真実を。


  ***


 母は駆けた。迷いはなかった。

 初めから世界と息子を天秤にかけてなどいない。

 どちらに傾くかなど分かり切っていたことだから。

 一晩逡巡していたのは、生き残った武士が世界を滅ぼす罪を背負い、救いのない苦難の人生を歩むと言われたからだ。

 もちろん不審な男や怪しげな老婆に言われたことを信じていたわけではなかったが、仮定の話として彼女は考えた。

 もし事実だとしたら、自分はどういう決断をするのか。


(たとえ世界中が、大切な息子を世界の破壊させた悪魔として憎んだとしても。わたしが必ず、ずっとずっと、この子を守ってみせる!)


 母の救いの手は間に合わず、薬物を使用していた運転手による暴走トラックが幼い少年の命を奪う。

 その運命は、覆された。

 母の命を代償として。


『かあさん! かあさん!!』


 泣いている。

 大好きな、わたしの子が泣いている。

 どうして? あなたは助かったのよ?

 そう。代わりにわたしが死にそうなのね。

 死ぬ?

 わたしが?

 なら、誰がこの子を守るの!?


 全身を強く打ったショックで、もはや呼吸もままならず、死にゆく彼女の心は壮絶な恐怖に襲われる。

 それは不可避な自らの死に対してではなく、愛する我が子を守れないことへの恐怖。


 嫌だ!

 嫌だ嫌だ嫌だ!!

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!

 守りたい!

 守らなきゃいけない!

 お願い守らせて!!

 世界よりも、愛するこの子を選んだのはわたしなんだ!!

 それなのに、この子が罪を背負わなくてはならないというの?

 そんなのは絶対に!! 絶対にダメ!!

 わたしは死んでもいい!


 死んでもいいから!

 お願い


 それでも

 守らせて

 お願いだから


 だれか


 ――わかった

 誰?

 ――わたしは、あなた

 わたし?

 わたしはアーリエル

 アーリエル? 

 ああ、わたし

 そうだ、わたしだ


 死にかけて、まともに映らない視界の端に、氷のように冷たい微笑みを浮かべ、愉しげに事故現場を見ている魔女の顔が映った。


 ――――メフィスト・フェレス!!


 忌まわしき、人がもがき苦しむ様に快楽を覚える下賤な魔女。

 魂に刻まれていた前世の記憶が甦り、その正体を思い出す。


 この世界に生まれ変わって

 前世のことなんか忘れて

 大好きな人間たちと

 人間として生きていくつもりだったのに


『母さん!』

 タケシ。ごめんね

『いやだ! 死なないで!』

 ごめんね、タケシ。わたしは、悪魔の声に耳を貸して

 世界よりもあなたを選んだ

『え?』

 そのせいで、タケシ。わたしのかわいい子。あなたには辛い運命を歩ませる

『そんなのいいから! 母さん、死なないで!』

 だからせめて、わたしの力を

 わたしの力も、あなたの中に

『母さん!』

 あなたも、大好きなものを守って

『母さん!!』




  ***


「武士のお母さんは死に際して、武士を守る為に前世の力を呼び覚ました。精霊とは意志を持つエネルギー体。お母さんの体は死滅したけれど、世界を超えて魂に宿っていたその力は、武士の中に隠された。武士が戦うことになる未来で、守る力になるために」


 一息にそこまで語ると、葵は苦しげに息を吐き出した。

 葵に、母の記憶はない。

 しかし、武士の魂とともにアーリエルの魂に触れ、同じ女性としてその溢れんばかりの我が子への愛の深さに触れた。

 どれだけの思いだっただろう。

 子を想う母の愛は、世界の壁を越えてその魂の力を呼び覚ましたのだ。

 葵はその切なさに、身を震わせていた。


「……なるほどね。あいつが目の前で人が死ぬを極端に嫌うのは、母親を目の前で亡くしてるからか」


 ハジメがボソリと呟く。

 鬼島大紀の私邸で直也と戦った時に、武士は叫んでいた。


『僕は嫌なんだ、誰かが死ぬのが』

『もう誰も、僕の前で死んでほしくない』

『母さんが、死んだんだ』

『僕のせいで、死んだ』

『だから僕は、もう目の前で、誰も死なせたくない。誰も、誰もだ! あなただって!』


 武士の必死さ、九色刃など関係なく誰かを守る為に発揮される彼の力の理由を、ハジメは理解できたような気がした。


「けど……アーリエル、ねえ……?」


 ハジメはまだ半信半疑だったが、とはいえ武士が命蒼刃のスペックにない能力を発揮し、あの常識外の力を発揮した姿を実際に目にしては、信じないわけにはいかなかった。


「葵お姉ちゃん」


 紅華に介抱されながら話を聞いていた灯太が、呼びかける。


「アーリエルと巫婆フーポウ……メフィスト・フェレスは同じ世界の存在なんだね?」


 葵は頷いた。


「メフィストは転生ではなくて、この世界に転移してきている。この世界で、姿を変えながら何十年、あるいは何百年もの間、人間同士を互いに争わせ、苦しませ、その姿を見て愉悦に浸っていたんだ」

「それでそのメフィストがどこにいるか、誰なのか、田中武士は突き止めたんだな?」

「はい」


 紅葉の問いかけに、葵は答える。


「そして、ついさっき。武士が突き止めたメフィスト……新崎結女を、鬼島大紀が撃ち殺しました」


  ***


わたしぼくを見捨てさせて、御堂征次郎は戦争を止める予言の英雄を誕生させようとした。けれど、メフィストの甘言を受けたわたし(﹅﹅﹅)は、()を守ってしまった。結果として予言の運命は違え、わたし(﹅﹅﹅)という異物を含んだまま()は命蒼刃の力を手にすることになった」

「それが今の君の姿……九色刃の仕様に無い、命蒼刃のオーバースペックの正体か」


 鬼島の問いに、武士は頷く。


「何百年もの間、この世界を乱してきたメフィスト・フェレス。それが新崎結女さんの正体です。九龍先輩を予言の英雄にしない為に、僕を生かそうとしたんでしょう。それがまさか、わたし(﹅﹅﹅)の力を顕現させることになるとは思いもしなかったでしょうね」

「……」


 直也は黙って、武士の話を聞いている。

 しかし手にした刀の切っ先は、常に武士に向けて構えられたままだ。


「九龍先輩。メフィストはあなたの横で、ずっと嘲笑っていたんです。芹香ちゃんを病気から救う為に、先輩が僕や葵ちゃんを殺そうとしたこと。苦しみながらした先輩がしたその決断も、メフィストがあなたを苦しめて愉しむ為にやらせていた事なんです!」

「……黙れ」

「目を覚まして下さい、先輩。新崎結女なんて人間はいないんです! 異世界の悪魔が、僕たち人間を玩具にしていただけなんだ!」

「……騙しているのはお前だ!! 作り話もいいかげんにしろ!!!」


 直也が武士に斬りかかった。

 鋭い斬撃が襲いかかり、武士は再び霊波天刃で弾き返す。


「やめてください先輩!」

「悪魔? 精霊? 転生? なにが異世界だ、バカバカしい!!」


 嵐のような連撃が繰り出される。

 一振りの霊波天刃で受け切れなくなった武士は、やむを得ずアーリエルのオーラで直也を体ごと跳ね飛ばした。

 直也は数メートルを吹っ飛ばされるが、地面を転がりすぐに体勢を立て直し立ち上がる。


「悪魔はどちらだ! 怪しげな力を使っているのはお前だ、結女さんじゃない!」

「九龍先輩!」


 武士の言葉は届かない。


 ガァン! ギィン!!


 銃声と、金属音が響いた。

 鬼島が発砲し、直也が弾いたのだ。


「いいかげんにしろ。見苦しいぞ、直也」


 銃を構えたまま、直也に歩み寄ってくる鬼島。

 直也は憎々しげに父を睨みつける。


「あんたもこんな戯言を信じるのか。こんな妄想を信じて、結女さんを撃ったのか」

「確かに荒唐無稽な話だ。だが現実として、田中君は九色刃と異なる超常の力を使い、あの女は政界の闇で暗躍し戦争の火種をばら撒いていた。証拠なら得ている。それをお前に見せるのはやぶさかではない」

「そんなもの、あんたならいくらでも偽造できる」

「そうまでして新崎を殺す理由はなんだというのだ」

「うるさいうるさい! もういい! もう結女さんは死んでるんだ! 俺は仇を討つ。お前達二人を、殺してやる!」


 直也の全身から、魂から、爆発するように憎悪の感情が噴き出した。

 そして。


 カカカカカカカカカカカカカカカカカカ!

 カカカカカカカカカカカカカカカカカカ!

 カカカカカカカカカカカカカカカカカカ!


 つんざくような大音響が響き渡った。


  ***


「――!!」

「なんだ!?」

「なにコレぇ!!」


 突如響き渡ったその<音>に、ハジメ達は耳を塞ぐ。

 本能的に怖気が走るその音。

 聞く者に強烈な生理的不快感を掻きたてる音。

 ガラスを引っ掻いた音の方が一億倍マシだろう。

 葵はこの異常な気配に、武士との感覚リンクを再開する。


  ***


「……バカな」


 驚愕する鬼島。

 武士は直也に背を向けて、<音>を発しているそれ(﹅﹅)に振り返った。


 それは悪魔の笑い声。

 すべてを侮蔑し、嘲笑い、卑しめ、愚弄する忌まわしい音。


 新崎結女の死体の背より、巨大な漆黒の翼が噴き出すように現れていた。



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