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めぐりあい②(上の続き。やっぱり旦那様は変態でした)

 ピンポーン

 軽快な音を立てて玄関の呼び鈴が鳴る。部屋の主がこんなにも複雑な気分でいるというのに、玄関の扉を開けるべきか、それとも窓から逃走を図るべきか、悩んでいる間にも呼び鈴はまたピンポーンとその音を響かせた。

「……」

 これ以上悩んだところで以前と同じ展開になるだけだろう。ようやく頼子は重たい腰を上げ、玄関の扉を開けた。と、そこには前回、前々回のスーツとは打って変わって、ジーンズに白いシャツ、それにジャケットを羽織ったラフな格好の瀬名幸也が立っていた。

「あ、おはようございます頼子さん」

 案の定、名前を叫ぼうとしていたのだろう、深く吸いかけた息を一度吐き出し、にっこりと挨拶をされる。

「前回よりも五十四秒早いお出まし、嬉しく思います」

 そして相変わらず、一言多い。

「……はかっていたんですか」

「ええ、なんとなくではありますが」

 好きな相手の情報はどんなことでも知りたがる性質でして。以前言われた言葉が蘇り、ぞっとする。見た目・家柄・その他諸々が優良であるというのに、どうにも性格の方に問題がありすぎる人である。

「さて、用意は出来ていますか? 出来ているのならば、早くでかけましょう。折角の時間がもったいない」

 その、性格に問題大有りな人と、頼子はなぜか今日デートをすることになっていた。

 一体、どうしてこうなったのか。 己でも甚だ疑問に思うのだが、事の発端は先日、彼と二回目に会ったときに遡る。



『来週あたり、ご両親に挨拶に行きましょう』

 瀬名幸也、そして石沢頼子として会ってまだ二回目。前世では夫婦だったらしい二人だが、転生後マトモに会話したのは、この時が初めて。

 だというのに、よくもまあ初対面同然の女に結婚を申し込めるものである。しかも、ご丁寧に『先に言っておきますが貴方のお父上の会社は僕の父の会社の系列に属していましてね……』との脅し文句まで付けて。どんだけ必死なんだ。

『ちょ、ちょっと待って』

 当然の如く、受け入れられるわけがない。

 このままではいかん。暴走する幸也に、本能から危機を察した頼子は、慌てて彼の言葉を遮った。

『なんですか?』

『け、結婚とか早すぎない? 私まだ大学生……』

『ええ、ですから先ほども言いましたが、結婚自体は貴方の卒業を待つつもりでいます。第二希望とはいえ、折角入った大学ですからね』

 ――だから、話していないはずの個人情報を把握しているのはなぜ!

『とりあえずは、婚約まで。ああ、婚約指輪を見に行かなければいけませんね。指のサイズはさすがに把握していないので、近いうちにジュエリーショップにいきましょう。身長・体重までは分かったのですがね……』

 怖い。非常に怖い。

『あ、あのう』

『はい?』

『やっぱり婚約も、少し早すぎるかと』

『そうですか?』

 なんでそこできょとんとした顔をするのか。頼子にはそちらの方が理解できない。

『私たち、会ったばかりですし……一応、前世では夫婦やってましたけど、生まれ変わってからはほとんど初対面なわけでしょう?』

『つまり、互いをあまり知らないのに結婚やら婚約やらをするのはどうかと言いたいので?』

『ええ、まあ、そんなところです』

 どっかの誰かさんは一方的にこちらの情報を握っていらっしゃるようですが。

『そんなこと』

 幸也は一瞬笑った後、もって来ていたスーツケースからなにやら分厚い本を取り出した。

『……これは?』

『僕の生い立ちから今日まで、ありとあらゆる情報が記してあります。こちらを読んでいただければ、嫌でも瀬名幸也ぼくという人間が分かるかと』

『だから怖いって!』

 ドン引きである。

『というか、そういう個人情報データじゃわからないこともあるでしょう! お互いの性格とか、考え方や価値観とか、その他諸々』

 現に、ぱっと見た感じ優良物件そうだが中身は大変態という人がここにいるではないか。

 暗にそう言ってのけるも、はたして幸也に通じたか否か。

 けれど、彼は数秒黙った後、『それもそうですね』と頷き、

『では、ご両親への挨拶はしばし延期としましょう』

 と、のたまった。

 “中止”ではないのか。

『その代わり、来週は一緒にどこか出かけませんか』

『はい?』

『お互いを知るには、同じ時間を過ごすことが一番です。では、来週土曜日の午前十時に迎えに来ますので、それまでに準備をして置いて下さいね』

『え、あの、ちょっと』



 ――と、こんな感じで押し切られてしまったわけである。


「……本当に、性格変わりましたよね」

 いや、隠していただけで変なのは前世からだったか。順子は車の助手席に乗り込み、シートベルトを引張りながら運転席に座る人をなじった。

 黒のBMW。さすが、高級車なだけあって乗り心地の良さが半端ない。いっそ嫌みのようだ。

「まあ、前世とは生い立ちその他、あらゆることが違いますからね。お互いに。……ところで、手伝いましょうか?」

 色々な意味で緊張し、上手くシートベルトをしめられずにいる頼子に、幸也が聞く。

 車の助手席なんて、友達や家族の車以外初めてである。その上とんでもない高級車、運転手が誰であれ、緊張するなと言う方が難しいだろう。

「けっこうです……っと、よし」

 ようやくカチリとはまり、装着完了。

「命じてくれれば、喜んで手をお貸ししたのに」

 黙れ、変態。

 物惜しげに言う人を無視して、順子はくるりと前を向く。

「さあ、さっさと出発させて下さい。時間が惜しいといったのは瀬名さんでしょう」

「仰せのとおりに」

 言って、どこか嬉しそうな表情で車を発進させる。

 全く、幸先が不安なことこの上ない。

 

 

 そうして三十分ほど走った末に辿り着いたのは、のどかな校外の川原だった。

「……なぜ川原」

 川原といっても、川の水はほとんど干からびて、申し訳程度に流水が細い曲線を描いている。辺りには、犬の散歩をする人、ジョギングやウォーキングをする人、日向ぼっこする人、キャッチボールをして遊ぶ子どもたちなどがチラホラと見える。

「折角の天気ですから、映画や水族館などの施設よりも屋外にでた方が健康的でしょう? お気に召しませんでしたか」

「いや、そういうわけじゃないですけど」

 むしろ、普段からこういったところをのんびり散歩してみたいと思っていた。実際に自分で行くとなると面倒で、友人たちを誘おうにもあまり乗り気でない反応が返ってくるのが分かっているので、それを実行に移したことは無いのだけれど。

 ――これも調査の上でのことだろうか。

 思わず不審な眼で幸也を見るが、しかし彼はただ柔らかく笑い、「それはよかった」と言って歩き出した。

「いつもオフィスにこもりきりですから、たまには陽を浴びなければと思いましてね。僕の独断でここに。勿論、お気に召さないようでしたらすぐに予定を変更するつもりでしたが」

「大丈夫です。私も、たまには体を動かしたかったので……」

「そうですか、それはよかった」


 その後はお互いに他愛ない話をしながらゆっくりと周囲を歩いた。

 今日の天気のことから始まって、普段の休日の過ごし方だとか、好きなテレビ番組、興味のあるもの、食べ物の好き嫌い。

 話していて、どうしても考えてしまうのは、やはり前世との相違点である。

 甘いものは苦手だったのに今は結構な甘党だとか、前はこんなに思ったことを口に出すタイプではなかったとか(今は素直にものを言いすぎる)、簡単な好みの問題からちょっとした癖や話し方など。彼も言っていたけれど、やはり瀬名幸也と前世の夫とは別人であるのだった。


「十一時半……少し早いですが、そろそろお昼にしますか?」

「そうですね」

 けれど、一方でやはり彼は彼なのだとも思う。

「この近くに喫茶店を兼ねたベーカリーがあるんですが、お茶をしがてらなにか食べに入りますか」

「はい」

 穏やかに笑う。笑い方は昔の彼にとても似ている。

 こうして、私が彼を観察しているように、おそらく彼も私を観察しているのだろう。ふと気がつくと、こちらを窺うように見る彼の瞳とぶつかる。

 この間、彼は言っていた。

 愛しい人、ずっと探していたのだと。

 このように私と時を過ごし、そして以前との違いを感じ、それでもまだ彼は私を愛しい人だというのだろうか。

 自分で言うのもなんだけど、私は前世とは大分変わったと思う。

 そもそも、生まれからして全く異なるのだ。大商人の家に生まれた彼女と、一般市民の私。両親はサラリーマンとパートタイマーで、特別お金に困っているわけではないが、かといって裕福なわけじゃない。

 前世のような我が侭三昧は許されなかったし、私自身も、どうして前世はそんなに欲しいものがあったのかと不思議に思うほどである。


「……美味しい」

 昼食は、やきたてベーカリーのホットサンドと百パーセント果汁のオレンジジュース。瀬名幸也は、頼子と同じホットサンドとブラックコーヒー、それにサラダを一つ頼んだ。

「初めてきましたが、中々」

 どうやら、彼のお口にもあったらしい。どことなく機嫌よさそうに目を細める。

 席は陽の当たる窓際で、そこからは先ほど二人が歩いてきた川原がよく見通せた。

「あそこに植わっている樹は桜ですかね」

 道沿いに等間隔で植林されているそれらを見ながら言うと、コーヒーを飲みながら「だと思いますよ」との言葉が返ってきた。

「春に来れば、おそらく絶景だったでしょうね」

「ですねぇ」

 今は初夏。空は気持ちいいくらいに晴れ渡り、歩いていると少し汗が滲んだが、丁度良い具合に吹き付ける風が心地良かった。



「のんびり過ごす休日もたまにはいいものですね、今日は付き合ってくれてありがとう」

 夕方。行きのときのようにマンションに横付けされた車の中で、幸也は言った。

 あの後、二人はまた散歩を続け、近くの雑貨屋さんへ寄ったり、川原のベンチでぼんやり話をしたりして時を過ごした。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 車から降りて、振り返りながら言う頼子に、彼は意外そうにこちらを見上げてくる。

「思っていたよりも、楽しかったです。今日」

「そうですか、それは良かった」

 言って綻ぶような顔で笑う。

 ――今日一日で彼のこの顔を何度目にしただろう。

「私、最初よりは瀬名さんのこと嫌いじゃなくなったかもしれません」

「え?」

 思わぬ言葉だったのか、幸也はしばしの呆けたような表情を浮かべた。

 しかし、それも一瞬で幸也はすぐ我にかえり口を開き、

「それではすぐにでもご両親に挨拶を……」

 嬉々としてスケジュール帳を開いた。

「ちょ、調子に乗るな! ……最初よりはマシになくなったというだけで、べつに愛情が芽生えたわけじゃありませんよ」

「……そうですか、全くもって紛らわしい」

「むしろ、どうしてすぐそっちの方へもっていこうとするんですか」

「それは、貴方が好きだからに決まっているでしょう」

「っ……! きもい!」

 そのまま、踵を返しマンションの部屋へと直行する。

 後ろでまだなにかいっているような気がするけれど、無視をした。

 ――顔が火照っているような気がするのは、きっと散歩中に日に焼けたから。

 相手がどんなにかっこよかろうが、騙されてはいけない。あれは性格に大問題アリ、の男なのだ。

 散歩中、不覚にも何度かときめいてしまったのは、おそらく前世の記憶、彼を愛していた彼女の記憶が心を揺らすからだろう。

 その日は早々にベッドへ入り眠ることにした。

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