【一話完結】「AIがあればパートなんて要らない」とクビにされた私、三日後に物流を止めた上司から土下座で呼び戻される。
「ただの荷札書き」と解雇された水野和香。
しかし彼女の正体は、AIでは処理できない物流の“例外”を解決してきた特級ルート設計士だった。
彼女を失った物流センターは、台風とシステム障害によって全国規模の混乱に陥る。
「たかが荷札を書くだけのパートが、偉そうに口出しするな!」
怒鳴り声が事務所に響いた。私は机の前に立ったまま、黙っていた。
目の前にいるのは、新任所長の猿渡剛。四十代半ばで、物流の経験はほとんどない。本社役員の親戚というだけで、この東日本中央仕分けセンターの所長に収まった男だ。
「聞いてるのか、水野!」
「はい」
「なら返事をしろ!」
「しました」
「生意気なんだよ!」
猿渡が机を拳で叩いた。周りの社員が一斉にこちらを見る。困った顔をしている人もいたが、大半は目をそらした。所長に逆らえば面倒なことになる。この数カ月で、センターにはそういう空気ができていた。
「今日でクビだ。明日から来なくていい。いや、今すぐ帰れ」
勝ち誇ったような顔だった。
「……そうですか」
私は引き出しを開け、小さな段ボール箱に私物を入れた。ペン、手帳、古い腕時計。最後に、一冊のノートを取る。表紙には黒いペンで『例外仕分け管理台帳』と書いてある。
猿渡が鼻で笑った。
「まだそんな落書き帳を持ってるのか」
「落書きではありません」
「似たようなもんだろ。これからはAIが全部やるんだ。お前みたいな古い人間の勘なんて要らん」
「……」
「このセンターは生まれ変わる。最新の自動ルーティングを入れたんだ。仕分けも配車も、全部コンピューターがやる」
「では、私がいなくても困りませんね」
「当たり前だ」
箱を抱えて出ようとしたとき、後ろから呼び止められた。
「水野さん!」
配送管理主任の田辺さんだった。
「所長、それは……」
言いかけた田辺さんを、猿渡が睨んだ。
「何だ。水野がいなくても問題ないんだろう?」
「……いえ」
「なら口を挟むな」
田辺さんは唇を噛んで黙った。私は軽く頭を下げた。
「田辺さん、お世話になりました」
事務所を出ると、背中に猿渡の声が飛んできた。
「明日からは、このセンターもまともになるぞ!」
まともになる、ね。私は足を止めずに思った。このセンターを動かしていたのは、AIでも新システムでもない。それを知っている人は、ここにはいない。
水野和香、三十七歳。肩書きは時給千円台のパートで、仕事は荷札の記入と確認、書類整理、簡単なデータ入力。猿渡が見ていたのはそこまでだった。
でも、それは私の仕事の一部でしかない。もうひとつ、業界でも認定者がほとんどいない『特級仕分けルート設計士』という資格を持っている。通常のシステムでは処理できない「例外」を読み解き、配送経路を組み立てる仕事だ。
同じ町名が全国に何カ所もある。番地が抜けている。旧住所と新住所が混ざっている。マンション名しか書いていない。大型車が入れない細い道がある。地図では通れるのに時間帯規制がかかっている。工事で道が消える。豪雨で橋が使えなくなる。雪で峠が閉まる。祭りの日は町の中心が通行止めになる。
地域の事情もある。この住所は、地図上の入口より裏の農道から入るほうが早い。この集落は午前ならトラックが入れるが、午後は学校の送迎車で道が塞がる。この辺りは大雨のあと、川沿いの道を避けたほうがいい。そういう情報を、私は何年もかけて集めてきた。
きっかけは八年前だ。アトラス・ロジスティクスが全国規模でシステムを刷新し、「AIによる完全自動配送」「人為的ミスをゼロへ」と宣伝していた。ところが稼働初日に、数百万個の荷物が誤仕分けされた。宛先不明、ルートの重複、配車の矛盾。センター間の移動が連鎖して遅れ、物流網全体が詰まった。トラックは行き先を失い、営業所には荷物が積み上がり、苦情が殺到した。ニュースは「国内最大級の物流障害」と報じた。
当時の私は、ただの現場のパートだった。ただ、システムが間違っているというより、システムが知らないことが多すぎるのだと気づいていた。私は古い配送記録、ドライバーのメモ、営業所の電話記録、事故報告、手書きの地図、道路工事の履歴を引っ張り出し、現場の人たちに話を聞いて回った。そして、この荷物はこのルート、この地域はあの拠点、この道は使わない、この荷物だけ別便、と一つずつ組み直した。三日ほぼ寝ずに作業を続けると、止まりかけていた物流網が少しずつ動き出し、一週間後には全国の遅延はほぼ解消した。
本社のシステム担当者に聞かれた。
「あなたの頭の中には、会社の地図が入っているんですか?」
「いいえ」
「じゃあ何が?」
「現場です」
それ以来、私は例外ルーティングの担当になった。でも肩書きは変わらなかった。私のような人間を正式に評価すれば、システムが人頼みだと会社が認めることになるからだ。私はパートのまま荷札を書き、書類を整理し、人に知られないところで事故を防いできた。それでよかった。荷物が無事に届けば、それでいいと思っていた。
猿渡が来てから、すべてが変わった。
初日の朝、全員を集めた彼はホワイトボードに大きく「AI」と書いた。
「これからは効率化の時代だ。人間はミスをするが、AIはしない!」
田辺さんが小声で「大丈夫かな」と呟いた。
「特にこの手書きの台帳は全部廃止する」
猿渡は私の机を指さした。
「所長」と私は手を挙げた。「その台帳には、システムに登録されていない道路規制や地域の情報があります。AIだけでは処理できないケースが――」
「またそれか。水野さん、あなたは現場のパートでしょう。経営に口を出さないでください」
「経営ではなく、配送事故の話です」
「同じことだ。古い人間は、自分がいないと会社が回らないと思い込むんだよ」
その夜、私は台風の進路予測を見ていた。週末に大型台風が関東を直撃する可能性がある。そうなれば高速道路が複数止まり、橋も危ない。河川沿いの拠点は閉鎖になるかもしれない。私は迂回ルートの案を作って、猿渡のところへ持っていった。
「必要ない。AIが気象情報を取得する」
「道路の状況まではリアルタイムで拾えません」
「あなたの勘より、AIのほうが正確なんだよ」
この人には何を言っても無駄だ、とそのとき分かった。だから、それ以上は説明しなかった。数日後、私は解雇された。
駅へ向かう途中でスマートフォンが鳴った。メガ・マーケットの物流統括本部長からだった。
『本当に解雇されたんですか?』
「ええ」
『アトラスは何を考えているんです。あなたがいないと今週末の大型セールは危ないと、我々は伝えていたんですよ』
「申し訳ありません」
『謝るのはあなたじゃない』
「もうアトラスの社員ではありませんから。これからは、私の判断で動きます」
少し間があって、本部長が言った。
『もし我々があなたを直接お迎えしたいと言ったら?』
「その話は、あらためて」
電話を切り、ホームで天気予報を確認した。台風は予想より東寄りに進んでいて、関東への影響は大きそうだった。間に合わないだろうな、と思った。もう私の責任ではない。
翌日の金曜、午前九時。東日本中央仕分けセンターで、新しいAIルーティングが動き出した。
「見ていろ。今日から完全自動化だ」
猿渡は自信満々だった。バーコードが読まれ、荷物が流れる。最初の二十分は順調だった。
三十一分後、最初の警告が出た。『住所情報不一致』。
「東京郊外の新しい住宅地です。住所自体は正しいんですが、旧住所と新住所が混在していて」
「AIに判断させろ」
数秒後、『判断不能』。別の荷物も『判断不能』。そのうち数百件が一気に並んだ。
「例外処理が増えています。システムが再計算を始めました」
「なら待てばいい」
だが再計算は終わらなかった。一つの荷物のルート変更が別の荷物の計画を変え、それが別の車両の積載を変え、さらに別の拠点の受け入れ予定を変えていたからだ。物流は一本の線ではなく、網になっている。一カ所が狂えば、全体が揺れる。
十時十五分、最初のベルトコンベアが止まった。
「何で止まった!」
「システムが異常停止しました!」
「再起動しろ!」
「できません、ルーティング処理がループしています!」
モニターが赤く染まり、『ROUTE ERROR』の文字が並ぶ。荷物もトラックも動かない。社員たちが走り回り、「この荷物はどこですか」「配車指示は」と叫ぶ。
「田辺さん、どうするんですか!」
画面を見つめていた田辺さんが、顔を青くして呟いた。
「……水野さんなら」
「今、何と言った」
「……何でもありません」
もう遅かった。
午後一時には、影響は全国に広がっていた。ここから出るはずの荷物が出ないので、下流の拠点に届かず、その先の配車も狂う。遅延の通知が送られ、問い合わせが殺到した。
午後二時、台風が関東に近づき、高速道路の一部が通行止めになった。しかしAIは組んだルートを変更できない。
「高速が閉鎖されています!」
「迂回させろ!」
「指示が出ません!」
「手動でやれ!」
「手動変更の権限がありません!」
無線が次々に入る。『三十八号車、高速入口が閉鎖です』『六十二号車、前方が冠水しています』『十九号車、橋が通行止めです。指示をお願いします』
「AIに聞け!」と猿渡は叫んだ。
「……そのAIが止まっています」
現場が静まり返った。
そのころ私は、都内のホテルでメガ・マーケットの幹部と会っていた。テーブルには道路情報、気象情報、拠点の稼働状況、トラックの現在位置の資料が広がっている。
「状況は悪くなる一方です」と統括本部長が言った。
「でしょうね」
私はペンを取り、地図の上に線を引いた。
「このルートは捨てます。こちらも。この拠点を中継にしましょう」
「そこは小さな拠点ですよ」
「だからいいんです。大きな拠点は荷物が詰まりすぎています。小さいところへ分散します。トラックは高速を使わず、一般道も混んでいるので、時間指定の一部は諦めます」
「諦める?」
「全部を時間通りに届けようとすると、全部が遅れます。優先順位をつけるんです。生鮮品、医薬品、時間指定品、高額商品。翌日で済む荷物は後回しです」
私は地図を指した。
「全部を救う必要はありません。救うべきものを、確実に救います」
本部長はしばらく黙っていた。
「これが、あなたの言う例外処理ですか」
「はい。物流は完璧なルートを探す仕事ではないんです。思うようにいかない状況でも、そのときの最善を探し続ける仕事です」
午後五時、メガ・マーケットは私の案で緊急配送に切り替えた。他の運送会社と臨時契約を結んで荷物を分け、小さな拠点を使い、道路状況に合わせてルートを変え、生鮮品と医薬品を最優先にした。おかげで被害は小さく抑えられた。一方のアトラスは、完全に止まったままだった。
夜、アトラス本社で緊急会議が開かれた。
「違約金は五億円になります」
「主要顧客の契約も、複数が見直しの対象です」
「株価にも響いています。SNSでも大規模な遅延が話題です」
猿渡は椅子に座ったまま震えていた。誰かが言った。
「水野さんを呼び戻すしかない」
「今さら?」
「謝ってでも戻ってもらうんだ」
猿渡が立ち上がった。「私が行きます」
会長が冷たい目を向けた。
「君は昨日、彼女になんと言った」
「……」
「ただの荷札書き、と言ったそうだな。ならば自分で頭を下げてこい」
夜十時、私は自宅で紅茶を飲んでいた。知らない番号から着信があった。
『水野さん! 猿渡です。頼む、戻ってきてくれ!』
「……」
『私が悪かった。全部私の判断ミスだ。給料は三倍、いや十倍出す!』
「結構です」
『会社が潰れる。俺の人生も終わりなんだ!』
「猿渡さん。あなたは昨日、私の仕事は荷札を書くことだけだと言いました。AIがあれば私は要らないとも。なら、今もAIに任せればいいじゃないですか」
猿渡は何も言えなかった。
「私にはもう、新しい仕事があります」
『……メガ・マーケットか』
「失礼します」
『待ってくれ!』
私は電話を切った。その番号からは、二度とかかってこなかった。
翌週、私はメガ・マーケットと正式に契約した。役職は『特級ロジスティクス顧問』。報酬は以前の何倍にもなったが、いちばん嬉しかったのは金額ではない。契約書の業務内容に「現場判断を尊重すること」と一文あったことだ。
「これなら働けます」と言うと、本部長も笑った。
「我々は、ただ指示してほしいわけじゃありません。一緒に新しい物流を作ってほしいんです」
署名したとき、ようやく自分の仕事が自分の名前で評価されたのだと思えた。
それから三カ月、メガ・マーケットでは新しい物流システムを作っている。私はAIを捨てなかった。平時の最適解はAIに出させ、例外は人間が見る。現場から上がってくる情報はすぐに反映し、道路が変わればルートを変え、天候が変われば計画を変え、荷物の重要度が変われば優先順位を変える。人間とAIの、両方の長所を使うということだ。
若い社員に聞かれたことがある。
「水野さんは、どうしてそんなに細かいことまで覚えているんですか?」
「覚えているというより、現場の人たちに教えてもらったことを、忘れないようにしているだけです」
窓の外では、たくさんのトラックが走っている。一台一台にドライバーがいて、その先には荷物を待つ人がいる。物流は機械だけでは完結しない。最後には必ず人がいる。
アトラス・ロジスティクスは、その後大きく傾いた。違約金、主要顧客の離脱、信用の低下、営業停止、社内調査。猿渡は懲戒解雇になり、会社から損害賠償を請求されたという。「パートのくせに」と言っていた社員たちも、次々と辞めていった。東日本中央仕分けセンターの看板は外された。
ニュースを見ても、私はそれほど何も感じなかった。最初のうちは、少しだけいい気味だと思ったかもしれない。でも時間がたつと、残ったのは別の気持ちだった。悔しさでも怒りでもなく、「ちゃんと仕事をしていてよかった」というだけのことだ。誰にも認められなくても、肩書きがなくても、給料が安くても、手を抜かずにやってきた。その仕事が、最後には私を新しい場所に連れてきてくれた。
ある夕方、新しいオフィスの窓から、夕日に照らされた道を走るトラックを眺めていた。どれも予定通りだ。でも明日にはまた何か起きるだろう。台風か、事故か、突然の工事か、システム障害か。それでもかまわない。問題が起きること自体は悪くない。大事なのは、起きたときに「もう無理だ」と投げ出さず、「じゃあ次はどうするか」を考えることだ。それが私の仕事だから。
机の上には新しいノートがある。表紙には『未来物流・例外対応設計』と書いた。私は一ページ目に、こう書いた。
――物流とは、荷物を運ぶことではない。誰かが待っている時間を、正しくつなぐ仕事だ。
もし今、「ただの荷札書き」と私を呼んだあの人に会っても、怒らないと思う。ただ、こう言うだろう。
「荷札一枚にも、意味はあるんですよ」
ノートをめくると、新しい依頼が届いていた。全国規模の物流再編だ。私は少し背筋を伸ばして、ペンを走らせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後までお読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白かった」「スカッとした」と思っていただけたら、
ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から【評価】&【ブックマーク登録】をお願いします!
応援頂きますよう、よろしくお願いします!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




